002. 低姿勢すぎる神様を質問攻めにした件

神子かみこ様、いきなり転生させてしまい申し訳ありませんでしたぁぁああ」


 目の前には上下真っ白な服を着て土下座をする金髪の男性がいた。土下座しているため男性の顔は分からない。何もない真っ白な空間。俺の体は幼児トール・アレスのままだ。


 おそらくこいつは俺をこの世界に転生させた神なのだろう。神子様と言ってヨイショするあたりなんだか親近感が湧く。俺は神の子供で神子か。確かに合っているかも知れない。神様から全ての生命が生まれたのだとしたら人類はみな神の子供だ。


 さて、突っ込みどころ満載だ。悪質なドッキリに引っ掛かって気絶したばかりなので、情報を整理し切れていない。自分の推理と合わせて神様に色々と聞いていこう。


「いくつか質問させて頂きます。あなたは神様で私を生まれ変わらせたのですか?」


「おっしゃる通りでございます。私はこの世界の創造神です。神子様は生まれ変わりました。異世界転生というやつです。神子様の世界と別の世界にトール・アレスとして転生したのです。突然のことで本当に申し訳ございませんでした。」


 この世界の創造神だと言う男は土下座したまま返答する。



 ・・・いや低姿勢すぎるだろ!!



 創造神と言えばもっと偉大な神様のイメージだが目の前にいるコイツは真逆だ。すごい力を持つ存在のはずなのだが、逆に心配になってきたぞ。


 とにかくここは地球ではないらしい。


 質問を続けよう。


「次の質問ですが、私は堺徹として元の世界に戻れるのでしょうか?」


「大変申し上げにくいのですが堺徹様に戻ることはできません。本当に申し訳ありません。こちらをご覧ください。」


 真っ白な空間に現れた黒い画面。徐々に画面が明るくなり研究室の風景と俺の姿が映し出された。


 見慣れた光景だ。俺は週5でここに通って研究をしていた。映像が映し出されてから約10秒後、画面の中で爆発が起きた。


 爆発がおさまった後には散乱した研究室と黒コゲの死体が残っていた。


 はっと思い出す。研究所の爆発事故に巻き込まれた記憶がフラッシュバックする。あの時俺は死んだのか。


「神子様の肉体はすでに存在しません。魂をトール・アレスの肉体に収めることで神子様は生まれ変わったのです。」


 死んだという衝撃の事実にショックを受けた俺はしばらく放心状態になった。俺にはもう帰る場所がない。


「ちなみに本来のトール・アレスは神子様が転生する直前にひっそりと病気で亡くなっておりました。魂の無い肉体だけが残っている状態だったのです。創造神のくせに助けることが出来ず本当に申し訳ありません。」


 土下座する頭が床にめり込み始めた。床がミシミシと音を立てている。


 それにしてもトール君が可哀想だな。言い方を変えれば、死んだあとの肉体を別の人間に乗っ取られてもてあそばれている状態だ。


 倫理的に良くないことなのは間違いない。この土下座神は倫理観の狂った邪神か、それとも切羽詰まってどうしても何か解決してほしいことがあるのか。


 先ほどからの創造神の様子を見る限り、後者だと思う。神様が一般人に土下座をするなんてどれほど危機的な状況なのか。気づけば頭が半分くらい床に埋まっている。痛そう。


「創造神が土下座をするとは何か私に"やってほしいこと"があるのではないですか?」


 ―ガバッッ


 創造神は床から顔を引き抜いた。意外にも青年のような幼い顔だった。どこか浮世離れした雰囲気がある。顔は傷だらけで鼻は潰れていたが。


「こちらの意を汲んでいただき感謝至極でございます。そう、神子様にはこの世界の文明を進歩させて頂きたいのです。」


 そう言って創造神はまた土下座を始めた。さっきできた穴に頭をすっぽりと埋めこんでいる。



 ・・・は?文明だと??無理ゲーだろ!!



 よし!丁重にお断りしよう!!


「大変申し上げにくいのですが、私のような凡人に文明を進歩させることができるとは思えません。他にもっとふさわしい方を探してください。創造神様のお手伝いは遠慮させて頂きたく存じます。」


「そこをなんとか!!!」


 土下座する頭が穴にどんどん入っていく。え、え、胸のあたりまで埋まってるけど大丈夫か。呼吸できてる?というかそれは土下座なのか?もはや地面の掘削なんじゃないのか?


 俺はツッコみたい気持ちを抑え、もう一度頭の中で神様からのお願いを反芻はんすうする。いやどう考えても「この世界の文明を進歩させる」なんてスケールが大きすぎるだろ。もっとマシなお願いにしろよ。流石に文明を進歩させるなど俺の力だけでは不可能だ。



 ・・・よし、神様にも責任をとってもらおう。



「先ほども申し上げましたが、私の力だけでは文明を進歩させるのは流石に不可能です。何か凄いアイテムとか力を下さい。また何か見返りも下さい。」


 ―グリッグリッ


 創造神は腰まで地面に埋まった体を引き抜きはじめた。地面を掘削しすぎだ。低姿勢もそこまでいくと図々しいぞ。


「おお流石は神子様だ!それではこの世界の文明を進歩させて下さるということで間違いないでしょうか?」


 体を引き抜き終えた神様はボロボロの服と顔でそう言ってきた。創造神の威厳とは。


「まあそういうことにしておきましょう。どうせ地球で死んでいるので帰る場所もないでしょうし。もう諦めました。完全な奉仕とは言えませんがとりあえず神様のお願いを受けてみることにします。」


「左様でございますか。ではまず神子様には【固有職ジョブ】を授けたいと思います。そうですね神子様の資質をお見受けする限り、上級職の【六元素シックスエレメント魔法陣師・サークルマジシャン】が良いと思いますが?」



 ・・・はい、固有職ジョブとかいう意味の分からない言葉来ました!!



 俺はずっと科学の世界に生きてきたのだ。当然のようにジョブが~とか言われても意味が分からない。課長とか社長とか会社の役職かな。詳しい説明がほしい。この情報はこれから異世界を生きていくのに大事なことだろう。



 俺は創造神に根掘り葉掘り、質問攻めにした。



 固有職ジョブとはこの世界の特別なシステムであり、血筋や個人の努力によって得られるものらしい。条件を満たした人間が教会で祈りを捧げることで固有職ジョブを得られる。固有職ジョブを得た人間は創造神から魔力が送られる。供給された魔力によって超人的な身体能力や物理法則を無視した魔法が発揮されるとのことだ。


 固有職ジョブには一般職、中級職、上級職、神職の4階位があり、位が上がるにつれ神様との繋がりが強まって魔力の供給量が増える。神職は創造神の半分の力を得られるらしい。なるほど固有職ジョブというのは魔力供給のパイプみたいなもののようだ。それが個人の資質と繋がって能力を発揮する。


 なお固有職ジョブを持っている人は世界全体の5%であり、その中でも上級職は13人しかいないとのこと。神職に至っては1人もいないということが分かった。


 固有職ジョブの説明中に"魔力"というワードが頻出したので神様に質問してみた。しかし魔力については神様も良く分かっていないようだった。挙句の果てに「この世界はそんな世界なのです」と適当なことを言い出す始末だった。


 これでも俺は科学者の端くれだ。解明されていないことは気になってしまう。俺はこの"魔力"に興味を持った。ここまでの話の全てに魔力が関わっている。研究のしがいがありそうだ。


 俺は他にもこの世界の暮らしや言語、社会について尋ねた。質問するにつれてこの世界は地球における中世ヨーロッパくらいの文明レベルだと判明した。



「ふぅ。ではそろそろ神子様、固有職ジョブを授けたいと思いますがよろしいでしょうか?」


 創造神が尋ねてきた。質問攻めで疲れたのか額の汗を拭っている。


「色々と質問してお手数をおかけしました。では先程の【六元素シックスエレメント魔法陣師・サークルマジシャン】を頂きます。神様が選んでくださった上級職ですし良いものであることを願います。」


「ではこの世界の6大元素、火・風・水・土・光・闇を魔法陣で自由に操る固有職ジョブを授けたいと思います」



 ・・・はい、また意味不明な言葉が来ましたぁああ!!



 質問が終わったと思えばこれである。俺はシックスエレメントって言うから元素周期表から6つ選んで下さいってことだと思ったのに火・風・水・土・光・闇ってなんだよ。分かってはいたがファンタジーすぎるだろ!


「あのー、神様、その6つの元素って他のものに変えることできますか?」


「え?世界の元素ってこれ以外のものがあるのですか?」


「ええ、同じ宇宙で物理法則が同じであれば100種類以上の元素が存在しますよ。【六元素シックスエレメント魔法陣師・サークルマジシャン】とおっしゃったので6つだけ選ぶ職業かと思ったのですよ。」


「ふむふむ、神子様の言うことなら間違いないでしょう。確か神子様の宇宙もこちらの宇宙も始まりは同じだったはずだから物理法則とやらも同じでしょう。」


 何やら神様がぶつぶつ言っている。俺は予め決めていた6つの元素を神様に伝える。


CHONPSチョンプスですか、初めて聞きました。Cが炭素、Hが水素、Oが酸素、Nが窒素、Pがリン、Sが硫黄。ちょっと待って下さいね、そのように設定できるか試してみます。」


 そう言ってしばらく神様は目をつぶり、ぶつぶつと何か呟き出した。



「神子様!!設定できるようです!」


 もはや神秘性や権威性のカケラも感じない金髪の創造神が嬉しそうに近寄ってくる。気づけば顔の傷や服の汚れが綺麗になくなっている。床の穴ぼこも消えている。フォンタジーだなぁ。


「ありがとうございます。では固有職ジョブを授けて下さい」


「はい。この世界に存在するCHONPSチョンプスを魔法陣で自由自在に操ることができる固有職ジョブ、【六元素シックスエレメント魔法陣師・サークルマジシャン】を授けましょう。」


「ありがたく頂戴いたします。」


 俺の体が光りだした。これが神様と繋がる感覚か。波のように魔力が流れ込んできて力が湧いてくる感じがする。それと同時に今まで全く知らなかった魔法陣のイメージが湧いてくる。魔法陣の理屈が感覚的に理解できる。


 神様への質問から推測されるこの世界の文明レベルと、【六元素シックスエレメント魔法陣師・サークルマジシャン】の力があれば、あるいは本当にこの世界の文明を進歩させることができるのではないだろうか。


 下手をすれば俺が元々いた地球よりも高度な文明を築くことができるのではないか。そう俺は考えてしまうくらいにこの固有職ジョブがすごい力であることを確信する。それに加えて"魔力"の正体に迫ることができれば研究者として最高の結末だなと夢を膨らませる。


 そのためにまずは今トール・アレスが置かれている状況を上手く利用して立ち回らなければならない。どうせ俺にはもう帰る場所はない。ならば今俺が置かれた状況で最善を尽くす。これしかない。俺は固く決意した。


「では神子様、ご両親が心配なさっていますのでアレス家に戻って下さい」


 そうだ俺は気絶した後にここに来たんだっけ。早く戻らないとまた両親が泣いてしまう。ってあれ?あの2人が両親であることを自然と受け入れしまっているような。これが神の力なのか?


 俺の体が透け始めた。もうこの真っ白空間に長くいられないようだ。


「色々お世話になりました。私はこの世界の文明を進歩させることを誓います。ジョブの力と知識があればなんとかなりそうです。ただし"魔力"の研究も同時並行でやらせてください。そして文明を進歩させたあかつきには何か報酬を頂きたいと思います。これで問題ないでしょうか?」


「本当にありがとうございます!神子様は私の命の恩人だ!!」


 神様は再び土下座という名の掘削を始める。本当にこの創造神は最後の最後まで低姿勢だったな。


「あ、そうだ、最後に神様の名前を聞かせて下さい」


「ん、私はゼウス様と呼ばれていますよ」



 ・・・あれ、何か聞いたことがある気がするぞ?



 また質問したくなってきたが、俺の体はもう消えかけている。


「ではゼウス様、お世話になりました。お元気で」


「はい!神子様のご活躍を祈っております」



 ――俺は白い空間から消えた


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る