第3話 feature/cosplayer
「え? マジ?」
呆気にとられている俺をよそに、鶴崎と稙田は速攻で視界から消えてしまった。
目的のものがあるのかわからないが、はじめてきた人間をこの会場に放置するとか鬼畜すぎないか?
高校生だし、迷子にはならないが……連絡手段があるから最悪の場合は呼び出してでも回収してもらおう。
俺は気持ちを切り替え、会場の方へと足を進め始めた。
エントランスへ移動した俺は、メインの会場をみてまわるためスマートフォンを起動し地図を表示する。
目的のサークルや企業ブースがあるわけではなく、同人即売会に来てみたかったというレベルなのでどこを回ろうかと判断に悩む。
地図によると、同人即売会は西展示棟・南展示棟と、青海展示棟で別れている。
そのため、今の場所では西展示棟と南展示棟しか回れないことになる。
西展示棟経由で南展示棟へ行く感じで流してみよう。
人の流れ的にもその方面が正解に近いと感じた。
鶴崎が事前に大宮で購入してくれていたリストバンドを提示して、エントランス奥へと移動していく。
エントランスホールに入り、前を移動する人の後ろをピッタリとついていく。目的地が同じで人混みの中を歩くのはこれが1番楽だ。
話には聞いていたが、じわじわと暑さが体を蝕んでいく。適宜水分を補給しないと熱中症になりそうだ。その辺は注意しておこう。
いざとなったらデイパックに入っている経口補水液を飲むつもりでいる。
背負っているデイパックの重みが頼もしく感じられた瞬間だ。
西展示棟につくとエントランスホールにいた人数の何倍もの人がそこにはいた。
展示棟は広いはずだが、とても狭く感じる。それだけ人が溢れていた。
ここを見て回るのか……これだと今日一日ですべて回るのは無理だなと感じてしまう。
それでいて、翌日は違うサークルへと入れ替わるのだ。目的なく参加するのは良くないなと反省する。
とりあえず考えることを破棄した俺は、適当に見て回ろうとスマートフォンをポケットにしまい込み歩き出した。
1時間くらい歩き回っただろうか? かなり汗をかいている。
タオルを取り出し、汗を拭う。
一息つけそうな場所を見つけ、デイパックからほうじ茶の入ったペットボトルを取り出す。
一気の飲み干さないように少しずつ口に含み、喉を潤す。
冷やしているわけではないのでぬるいが、汗で失った水分を補うには気持ちの良い感覚だ。
ほうじ茶をデイパックへと入れて、ポケットからスマートフォンを取り出す。
鶴崎と稙田が言っていた時間まであと1時間ほどだ。
どこに行ったかわからないが、西展示棟では遭遇しなかった。
まぁ、いいや。
再び西展示棟を見てまわろうと思い姿勢を整えた俺の目の前をコスプレイヤーが歩いていった。
あー、そういえばまだ見てなかった。
どこにいるんだろうか?
エントランス付近にいるのはパッと見で確認していたので、いったんエントランスへ戻るように歩み先を変える。
さっきと違い、人の流れに逆らう形で移動をする。
この時間になってもまだエントランス方面から人が流れてくる。
なんとか地上への出口を見つけると、そのまま扉を出た。
来た道と違うが、同じ建物だ。なんとかなるだろう。そう思ったのが甘かった。
目の前にはバスターミナルがあり、地上へのエスカレーターは人だかりができていた。
来た時よりも人が多い。所狭しと人が溢れている。
後ろに戻ろうにも、後ろから人が来ているため戻るのは困難だ。
進むしかなくなってしまったので、なるべく人と接触しないように移動する。
とは言うものの、この状況で人と接触しないで進むのは無理である。
時折接触する汗ばんだ肌が、なんとも言えない感覚に襲われる。地獄だ。
やっとの思いでエスカレーターを登りきり、エントランスへ戻りると少しは楽に感じられた。
エントランスからコスプレゾーンへ移動する。
おぉ……。これは感動だ。
はじめて見るコスプレイヤーや、カメラを構えた人たちの仰々しいまでの資材装備にこれが同人即売会か! と一際感動する。
さきほどまでの不快な感覚が嘘のように晴れた。一瞬だけ。
その光景に感動してぼーっと立っていた自分が悪いのだが、人が多いのか平気でぶつかってくる。
その瞬間、脇腹に鈍い痛みが走る。カメラか何かがぶつかったのか。
周りを見るも誰がぶつかったのかわからない。
人の動きも決まった方向性がなく、あたかも縦型洗濯機に突っ込まれた感じがするように右へ左へと翻弄される。
翻弄されるがまま自分の現在地を把握できず、気がつけばコスプレ会場の隅っこの方にいた。
隅っこの方は、中央に比べて人の流れが若干落ち着いていたのもあり、また、コスプレイヤーの人たちも休憩を兼ねているのだろう。
日陰ができている場所にはコスプレをした人たちが若干名集まっていた。
ようやく落ち着いてコスプレイヤーを見ることができる。
と思っていたら、やはり休憩中は見てほしくない人が多かったようで、じっと見るのは憚られた。
しょうがない。移動するか。
そう思い、移動をしようとすると一人のコスプレイヤーが休憩しているわりには顔もあげず微動だにしないのをみかけた。
寝ているのか? 周りの人もそう思ったのだろうか、あまり気にかけている様子ではなかった。
大丈夫なのだろうか? この暑さだし。
しかし、休憩中だった場合邪魔しちゃ悪いしな……。
どうしていいかわからず、モヤモヤする。
考えてもしょうがない。ここで声をかけないで何かあったら問題だし、邪魔なら邪魔と言われたほうが楽だ。
一抹の不安を拭いきれない俺は、声をかけることにする。
「あの……大丈夫ですか?」
俺の声掛けでそのコスプレイヤーはビクッと肩を揺らす。
やはり寝ていたのか。相手の反応を待つ。
「……」
なにか言っているようだが、聞こえない。
もう一度、聞いてみる。
「体調が悪いとかないですか?」
「……少し頭が痛い……です」
か細い声が返ってきた。頭が痛い――ということは、熱中症の初期症状の可能性もあるか?
体育の授業やテレビでやっていた受け売りの知識をフル動員する。
「水分は取っています? 良かったらこれ飲んでください」
デイパックから経口補水液のペットボトルを取り出し
「開けてないので。新品です。変なのとかは入ってないです」
若干緊張しつつペットボトルのキャップをひねる。
カチッというペットボトルキャップの開栓音が響く。
「どうぞ」
キャップを若干緩めた状態でコスプレイヤーへと差し出す。
かろうじて頭を上げたコスプレイヤーはペットボトルを受け取り、キャップを開け中身を口へ含む。
コクッコクッと喉の鳴る音が、雑踏の中でも聞こえてくるようだった。
二口ほど飲んだところで、一息を入れるため口からペットボトルを離す。
しばらくしてもう一度、経口補水液を飲んでいく。
「甘いですね……これ」
うーん。これはアウトくさい。
経口補水液はほとんどの人が塩っぱく感じるはず。
このコスプレイヤーが甘く感じるということは、やはり熱中症の初期症状に近いのだろう。
「熱中症の可能性があるかもですので、救護室へ行くことをオススメします」
同人即売会には救護室があり、同人好きな医者や、看護師などが待機していたりするのはネットのニュースでも見たことがある。
熱中症かどうかの判断を素人がしていいわけないので、然るべき人に見てもらうほうが良いだろう。
もっと重症の場合もある。
「知り合いの方とか、来ていないのですか?」
コスプレイヤーは小さく首を横に振る。
「歩けそうですか?」
もう一度静かに首を振る。
「微妙かもですが、これで涼んで体調が少し良くなったら救護室に行きましょう。救護室まで付き添います」
経口補水液を渡して、はいさよならは人としてどうかと思った俺は、首にかけていたモバイル扇風機をコスプレイヤーに手渡した。
「すみません……ありがとうございます……」
モバイル扇風機を受け取ったコスプレイヤーはそう言い、ペットボトルを傾け中身をもう一度静かに口に含んだのだった。
マージ! コンフリクト?! 古代羊 @AncientSheep
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