第2話 feature/comic-market
夏休みという期間は課題をするためにあるわけではないはずだ……。
嫌というほどの課題の量を、毎日こなしていく。
幸い、まだ一緒に遊ぶような友だちがいるわけではないので、この孤独な状態は夏休みの課題に集中できるという意味ではとても良いことなのだろう。
貴重な1日を犠牲にして、課題のページ数を減らす形で夏休みの前半が過ぎていった。
◇
盆に差し掛かろうという週に入り、連絡をすると言っていた鶴崎から連絡が来た。
同人即売会興味ある? 興味あるなら行かない? 埼京線に乗れる最寄り駅はどこ? という内容だった。
同人即売会ときたか。これは願ったり叶ったりだ。
地方ではハードルが高すぎた同人即売会への参加も、距離が近いと可能になる。
しかも、一人で参加するには全然勝手がわからず、どうしようかとも考えていたところだった。
まぁ、なによりも驚いたのは、鶴崎から同人即売会のお誘いがあるとは思ってもいなかったことだ。
埼京線の駅はと……嬉々としてノートパソコンを開き検索する。
家からだと中浦和と武蔵浦和が近いようだ。
学校へは浦和駅を使ったので、これらの駅ははじめて使うことになる。
検索していて驚いたのだが、浦和という名前のつく駅は全部で8つもある。
浦和を筆頭に、東・西・南・北・中・武蔵そして浦和美園。とても地方では考えられない。
家を中心に地図で見ると、中浦和と武蔵浦和、距離的にどちらも徒歩で20分強かかりそうな距離がある。
20分強歩くのは問題ないが、他に移動手段はないかと乗り換え案内を調べる。
すると、浦和駅から京浜東北線で南浦和に行き武蔵野線へ乗り換えて武蔵浦和に行くか、バスで中浦和か、武蔵浦和近辺まで行くという検索結果が出てきた。
しかし、どれも所要時間は同じような感じだった。
とりあえず、興味あるし行ってみたいという旨と、埼京線の駅だと中浦和か武蔵浦和が最寄り駅というメッセージを送った。
しばらくして鶴崎から、
なるほど。だったら武蔵浦和駅の埼京線ホームに朝9時集合で良いか? と、時間と待ち合わせ場所を指定されたメッセージが来た。
間髪入れずに、モバイル扇風機とかスポーツドリンクなどの暑さ対策グッズは忘れないようにとのメッセージも追加で送られてきた。
了解スタンプを送り、同人即売会必需品で、検索をかける。
時間もないので即日配送可能な通販や、買い物に行かなければうちにはない。
が、大きめのリュックや雨具など、すぐに用意するのは大変そうなものが出てくる。
初の同人即売会。
どういうのがあるのかわからないが、予算的に軽めの水筒とスポーツドリンクは必要最低限用意し、モバイル扇風機などを追加で購入してこよう。
後は、小銭を用意する必要がありそうだ。
遠足前の小学生みたいな気分で同人即売会必需品を眺めてはリストを作成しクラウドに保存した。
翌日、俺は父に頼んでリストにあるものを注文してもらった。
◇
同人即売会当日朝、いつもより少し早起きをし財布の中身をしっかり確認して、少し大きめのデイパックを背負い家を出た。
昨晩、親には同人即売会に行ってくると伝えた。両親はその辺の理解がある方なので、気をつけてと楽しんでおいでと返ってきた。
理解があるというか、自分の趣味が親の影響を多少なりとも受けているので、否定されることはなかっただろう。
武蔵浦和へは、同人即売会前にむだな体力を使うことを避けるため、浦和駅から京浜東北線に乗り、南浦和経由で武蔵浦和駅までのルートにした。
運賃は変わらないので、この方が合理的と考えたためだ。
南浦和で乗り換えに時間はかかったたが、無事武蔵浦和駅の埼京線ホームへとたどり着くことができた。
武蔵浦和のホームでは鶴崎だけではなく、稙田も居た。
「おはよう。稙田もなの?」
「ッス。おうよ。こう見えて何度も参加してるんだよな」
稙田は鶴崎を見て、ニヤリとする。
「中学時代から鶴崎とはよく行ってたりするんで、まぁ、そういうことだ」
なるほど。
中学時代から同人即売会とか……都会人は良いよなぁ。
なんて羨ましく思っているところに、りんかい線直通電車の到着するアナウンスが耳に入ってきた。
「こいつに乗るよ」
鶴崎が教えてくれた。
アナウンスを数回繰り返した後、電車がホームへと入ってくる。
通過する先頭車両付近の窓越しに見える車内は、盆の週末とはいえスーツを着た人が多く所狭しに立っていた。
これが噂の満員電車か……。
ゲンナリした表情で車両のドアが開くさまを眺めていると
「今日は盆前なのと遅い時間帯だからか、比較的空いてるな」
稙田の少し嬉しそうな声で思わず振り返る。
「はぁ?! これで空いてるの?」
スーツ着てる人も多いから、この人たちが全員同人即売会ではないだろう。
車内に乗り込むと、見た目以上にはスペースがあり高校男子3人固まっても問題ない感じだった。
しかし、その快適とも言えたスペースが赤羽駅で地獄に変わる。
これ以上無理だというのに、さらに人がなだれ込んでくる。
「ぐおっ……苦しい……」
思わず口にしてしまう。
鶴崎と稙田はそんな俺をニヤニヤしている。
まだかなり余裕があるように見える。都会人はどれだけ頑丈なんだ?
「まぁ、池袋から渋谷辺りまでで、少しずつ減るんじゃないかな?」
これが少しづつ緩和するなら、まぁ少し我慢するか……。
窓の外に映る景色を眺めつつ、背中に来る圧迫感と格闘しながら電車は進んでいった。
鶴崎と稙田の言ったとおり、車内の込具合は池袋や新宿、渋谷と経由するたびに緩和されていく。
ここが地獄のゾーンだったか。俺は少し余裕ができた車内で、どうにか深呼吸ができる状態にまでなった。
電車はやがて大崎駅に到着しようとしていた。
車内から見るとホームには人だかりができている。何かあったのか? もしかして、これは全員乗り込んでくるやつか?
電車が停止し、ドアが開く。
正解だった。ホームに待機する人が一斉に乗り込んできたのだ。
赤羽駅で経験した以上の人数が車内に押し寄せてくる。
「ぐは……」
肺の空気が押し出される。キツイなんてもんじゃない。
これは、やはり国際展示場に向かうのか?
さすがにこの状況にもなると鶴崎と稙田も、苦痛で顔を歪めているようにも見えた。
「やっぱ慣れねぇな……」
鶴崎が苦しそうに呻く。
「こんなのまだマシな方だって聞いたぞ。週末の終電の京浜東北線とか舞空術使えるらしいぜ?」
稙田が何かを言っている。
本気で何を言っているんだ。
「あー、体が浮くってやつだよな……。下手すると肋骨折れるとかも聞いたことあるわ」
鶴崎の言葉でゾッとした。
「まじか……満員電車怖すぎ……」
無理やり体をよじり、力を逃げやすいようにする……が、この車内ではあまり意味をなさないようだ。
しかし鶴崎や稙田の助力もあり、なんとか態勢を整え、呼吸ができるような状態にはなった。
ドアが閉まり、電車は動き出す。
この後、国際展示場駅につくまで、額にはかなり汗が光るようになっていた。
電車は国際展示場駅へと到着すると、何かを吐き出すように人が電車から出ていく。
鶴崎と稙田に補助を受け、なんとか駅のホームへと降り立った俺は、少し新鮮な空気を吸えたことに感謝した。
少し時間をおいて回復した後、地上へ出るためにエスカレーターへと向かう。
エスカレーターに乗り、地上に向かう途中の壁面のアニメイラストが同人即売会に来たんだなと実感させる。
あの満員電車を経験したから、一際感動が強い。
改札を抜け、改めて新鮮な空気を肺いっぱいに取り込む。
駅周辺からも熱気が溢れている。感動だ。
二人はそんな俺のことはどうでもいいようにひたすら目的地へと歩きはじめていた。
置いていかれては困るので、感動を抑え込み二人に追いつくように早足で追いかける。
やがて二人が立ち止まるとそこには色々なサイトや漫画・アニメなどで見かける有名なオブジェクトが見えてきた。
おぉ、これが有名な……。はじめてみる光景に感動ひとしおな状態の俺。
そんな俺を見て、
「んじゃ、解散な! 集合はいったん13時くらい。みんなで戦利品報告を兼ねて昼食を取ろう。時里はスマホの電池残量に気をつけろよ。連絡が取れないと大変だからな」
鶴崎と稙田はそれだけ言うと、慣れた様子で会場に向かってバラバラに歩き始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます