マージ! コンフリクト?!
古代羊
第1話 feature/tokisato-sousuke
「
教壇横に立ち、ぐるりと教室内を見回した俺は、挨拶をして頭を軽く下げた。
明日から夏休みという日。
こんな日に転入してくるのかと、ざわざわとした声が教室内に溢れかえる。
どういった理由で転校してきたのか? なんで今日なんだ?
人の心は読めないが、大概そういことを聞きたいのだろう。
俺もなんでこうなっているのか、まだあまり納得はしていない。
◇
「悪い。急なんだが転勤することになった」
晩飯を食べ終え、さぁ期末試験勉強だ! と気合を入れるフリをして自室に戻ろうとする矢先、父が告げてきた。
「はぁ? え? なに? いきなり? え? え? 転勤?」
どういうこと? 俺の高校受験勉強は何だったんだ? 突然のことで思考が停止し、動揺する。
「仕事都合だからしょうがないんだよなぁ。というわけで、すまん。転勤先での高校は、ここにリストアップしておいたからよく選んでおいてくれ」
選択拒否権はない。そんな感じだ。
そう言いながら、父は数冊の高校案内の冊子を俺に渡してくる。
「丘上高校と同じくらいの偏差値だし、まぁ……もう一度試験にはなるが大丈夫だろ。入試からまだ3カ月しか経ってないし」
丘上高校は県下トップの進学校だ。
地方の高校のトップで、全国的に見ても決して劣っているわけではない。むしろ全国的にも、いい線を行っているレベルだ。
もちろんトップクラスの進学校とかと比べることはできないが……。
それでも中学から必死に勉強だけはした。そして合格できた。
その必死の勉強をもう一度やれと? 全身から血の気が引き、気力が失われていく。
そんな俺の様子を申し訳なさそうに見て自室に戻っていった父が去った後、手に持った冊子をパラパラと眺める。
単身赴任っていう選択肢はないんだろうなぁ……。
はぁ……。深くため息を吐く。
手に持った高校案内の冊子をめくるも気分が乗らない。乗るわけがない。
それでも選択肢がない以上はどうしようもなく、気力を振り絞り覚悟を決める。
自室に戻り、父の
そんな日を数日続けているうちに7月へと入り、いよいよ余計なことを考える時間はなくなりつつあった。
俺は、転入試験を受けられる学校を2校に絞った後、2校の試験を受けに2週連続で埼玉へと向かった。
結論はというと2校ともに合格した。
複数合格した場合、先に合格した方へ転入が決まってしまうのだが、最初に合格が決まったのは第一志望の方だった。
さいたま新都心駅から徒歩で10分程度の場所にあり、アクセスは悪くない。
埼玉はというか、都会は基本的に歩くことが多い。10分2o分は平気で歩く。
自宅から電車の乗り換え回数も少なく、自転車でも行ける範囲の学校を選択した。
それに丘上高校と同じような偏差値のだったし、制服も学ランで、外見上は大きな違いもなく新たに買い換える必要もなさそうなのも理由の1つだ。
そうして試験も無事に終わり、後は引っ越しの段に入った。
結局、引っ越し業者との兼ね合いから今日になってしまい、
職員室へ訪れると教頭、学年主任から担任となる先生を紹介された。
二学期からよろしくおねがいしますと、挨拶をしてさて帰ろうとした時、少しでも早く顔を覚えてもらったほうが良いという担任のアイデアで、こうやって挨拶をする羽目になってしまったのだ。
◇
「時里の席は1番後ろにあるが……視力は問題ないよね?」
担任の
綺麗にウェーブしている髪を大きめなバレッタで止めている。大人の女性な雰囲気が感じ取れる。
色香に惑わされた男子高校生が出てきてもおかしくはない。
「はい。問題ありません」
初日から担任に見惚れていてはいけない。
「では、あの席に座っててくれるかな?」
そんな俺の視線に気がついたか気が付かないか、宇佐先生は窓際付近の最後尾席を指差した。
ちょうど1つだけ空席があり、すでに用意さていたのか? と思うような感じであった。
「終業式には参加しなくて良いので……とりあえず、この
俺は頷き、教壇を降りて指定された席へと移動を開始する。
「よろしく」
挨拶は大事だ。
今後3年弱は何かしら関係がある人達に、初っ端からぶっきら棒な態度をとるようなことは愚の骨頂だ。
そう思って丘上高校も入学式以降、毎日挨拶は欠かさなかったのだが、転校でその努力も徒労に終わった。
しかし、だからといってここで挨拶をしないわけにはいかない。自称省エネ系ではあるが、最低限のコミュニケーションは必要だ。
指定された席へと移動する間、ただひたすら左右の席へと笑顔を振りまき挨拶をしていく。
やがて最後尾の空いた席へ到着し、椅子を引き腰を下ろす。
と、同時に
「
前の席の男子が振り返り、自己紹介をしてきた。
短髪の似合う、いかにも爽やかな体育系だ。
が、その肌はあまり日焼けをしていない。室内競技をやるのだろうか? それとも日焼けケアは怠らない派だったりするのだろうか。
都会の高校生はスキンケアも怠らないと聞くし。
そんな風に考えつつも、稙田に小さく
「よろしく」
と、返事をする。
稙田はにっかりと笑い再び前を向いた。
「
間髪を入れず、左隣からも小声で挨拶された。
こっちは少しインドア派な雰囲気を醸し出しているのがなんとなく感じとれる。
「こちらこそ、よろしく」
鶴崎にも軽く挨拶をして、前を向く。
宇佐先生が話しを始めたそうな雰囲気を察知したためだ。
そんな俺の状況を察したのか、コホンと軽く咳き込み終業式の説明と
説明は正味10分程度だっただろうか。
その間にも、窓ガラスを通じて噂に聞いていた以上の暑さがじわりじわりと全身を攻めてくる。
さすが日本一暑いと宣言する市が存在する県だ。
微妙に更新されたりして、実際どこが日本一暑いかというのは覚えていないが、都心部はとにかく暑いというのは父から聞いていた。本当に暑い。
教室内にエアコンはついているようだが、この暑さでは焼け石に水なのか、はたまた省エネ重視なのか。
あまり冷房の効果は感じられず、
◇
ようやく
こんな時期に転入する理由やどこから来たのか? などだ。
親の都合でというありきたりな答えを何人かに繰り返したところ、取り囲んでいた人はしだいにバラけていった。
「はいはい。さっさと移動するように~」
人数もまばらになった時、宇佐先生の体育館への移動を促される声で、完全に質問攻めから開放された。
さて、と。
一息ついてようやく帰宅しようとした時
「ちょっと良いかな?」
まだ体育館へ移動をしていなかったのか、右隣の席から声がかかってきた。
席へ座る際に見ていたが、髪をうしろ頭で1本に束ねていて、漫画なんかに出てくるいかにも委員長な眼鏡をかけた感じの女子だ。
「
「ありがとう。困ったことがあったら遠慮なく聞くよ。二学期からよろしく」
社交辞令的に返事をし、教室を出るために立ち上がろうとすると、今度は稙田と鶴崎から声をかけられた。
「折角だから連絡先くらい教えてくれよ」
いきなり? これが都会のリア充なのか?
少し驚きつつも、拒否する理由はないなと鞄からスマートフォンを取り出しスクリーンロックを解除する。
「電話番号? メールアドレス? それともMINEのID?」
「あー、MINEで良いでしょ。QRよろ」
スマートフォンを操作し、MINEのQRを表示させる。
「これで良いかな? あまり頻繁には見ないので返事遅かったり、しないこともあるけど……良い? めんどくさがりなんで」
いつ終わらせていいかわかりづらい流れになるやり取りがぶっちゃけ面倒だ。
対応に時間を取られる上に、スルーしていると会話の雰囲気が悪くなる。
どうでもいいことを延々と聞かされるのが嫌だから、時折スルーするのだが、それが原因で後日問い詰められることが過去に数回あった。
苦い思い出とそれを回避すべく、先んじて牽制しておくのも経験からくる流れだ。
「俺もそんなにがっつり使ってるわけじゃないから返事ができるときに返事してくれたらで良いさ」
意外。ガッツリ使っていて返信しないと怒るタイプかと思っていたが、稙田はそういうタイプの人間ではないようだ。
心の中で謝っておこう。すまん。
「俺もそんな感じだ。二学期が始まったらクラスのグループにも招待されるだろうけど、とりあえず登録させてもらうよ」
鶴崎もQRを読み込み、登録の確認が完了したようだった。
そろそろ良いかな? そう思ってスマートフォンを鞄にしまおうとしたとき、思ってもいなかったところから声がかかる。
「私も登録良いかな?」
大南がスマートフォンを手にこちらを覗き込んでいた。
「え? あ、あぁ……? 大丈夫……です」
ダサい。なんて返事をしているんだ、俺は。挙動不審な行動をしてしまう。
不意をつかれたとはいえ、なんたる失態。
落ち着きを取り戻し、表示してあったQRをそのまま大南の手元のスマートフォンへと差し出す。
「うん。登録できたみたい。ありがとう。夏休み楽しんでね」
QRを読み込み、登録ができたことを確認した大南はそのまま体育館へと移動するため教室を出ていった。
その場に残った俺と残りの二人はなんとも言えない感じの状況になってしまった。
沈黙を破り
「意外だな」
鶴崎が一言つぶやく。
「あぁ」
鶴崎の一言に呼応するように稙田が頷く。
なんだこれは。
どういうキャラなんだ? 大南は。
というか、どういう状況だ、これは。
俺はこの空気の場にいることが苦しくなってきた。
「ま、まぁ……。また夏休み明けに」
微妙な空気感から逃げるように席を立ち、教室の扉まで移動する。
そんな俺の背中に向かって
「夏休み、盆前になったら連絡入れるわー」
と、稙田が大きな声をかけてきた。
盆前? なにかあるのか?
よくわからなかったが、振り返り了解の意味を込めて手を振る。
「お? おぉ……。よろしく?」
うまく切り抜けたかわからない感じだが、なんとか初日を乗り切った感で教室を出た。
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