第8話 ハルカの実家

 ローズマリー一行は昨夜ゆっくり休み、今はホテル内にあるレストランで朝食を食べていた。


 アオバ都市にはハルカの実家があり、ユイとコウもハルカと同じくアオバ都市の出身者でもある。

 今日はハルカ、ユイ、キョウコの三人はハルカの実家を訪れる予定で、キョウコは街を出発する夜にハルカの実家の話を聞いてからずっと行きたがっていた。

 ユイとハルカは幼馴染で良く一緒に遊んでいたから、ハルカの実家を訪れるのは久しぶりだった。


 チサト、ヒロミ、サトミはアオバ都市より南にある第一南都市の出身ということもあり、第一南都市のハンターは良くアオバ都市を行き来していたので、この三人も久しぶりに都市を歩けると楽しみにしている。


 マイは資金が貯まると、第八北東農園都市では買えない強力な武装を買いに来ていたくらいなので、ゆっくりとアオバ都市を観光でき、ゆっくり買い物が出来ると喜んでいた。



 朝食を食べ終わり、ユイ、ハルカ、キョウコが早速ハルカの実家に向かって歩いて行く。


 ホテルから出て、少し歩くと空中には、大小たくさんの車両が飛び、立体映像を流す大きい気球のような看板も飛んでいる。地上の道路にもたくさんの車が走っている。商店の看板も立体映像化していて、看板の中から人が飛び出してくるようにも見える。

 

 街を歩く住民の姿は、第八北東農園都市では見たことが無い綺麗でお洒落な女性が歩き、ハンターと見られる人は強化服なのだろうけど、キョウコが知っている強化服より生地面積が少なく、肌を多く露出させて歩いている。


 第八北東農園都市では見られない光景に、キョウコは目を丸くしてキョロキョロ周りと見渡しながら歩いていた。


 ホテルからハルカの実家は遠いので、駅に向かい地下鉄に乗って行く。


 始めての都市、初めて見る景観、初めての地下鉄にキョウコはキョロキョロして落ち着かない様子が危なっかしいので、ユイが手を繋ぎ歩いていた。


 地下鉄は都市中央に向かっているが、ハルカの実家はその途中にある駅近くにある。そこの駅で下車をして少し歩くと、ハルカの実家に到着した。



 ハルカの実家には大きな看板に『アヤノ刀工房』と書かれている、大きな作業工場と鍛冶場がある工場店だった。


 ハルカはキョウコを工場の方へ案内して、ユイは鍛冶場の方へ足を運んだ。

 案内されたキョウコは、工場の中でハンター用の装備兵装をカスタムしていたり、民間企業の頼まれた金属類、機械類を製作していた。中でも工場の別室で最新の車両をハンター用にカスタムしていることに驚いていた。


 ユイは鍛冶場の方へ足を運んだ。


「こんにちは~。おばさん~。元気してる~」


 鍛冶場の奥から、初老の女性がユイの元へ来た。ハルカの母親だ。


「あらら、ユイちゃん~、久しぶり」

「おばさん、お久しぶりにしてます」

「ユイちゃん、話は聞いているよ。街が襲われて大変だったね。

 早速だけど刀と薙刀見せてごらん」


 ユイは刀と薙刀をハルカの母親に渡して見せ、柄から刃を抜き刃先を見た。


「ん~。ハルカは刀匠の腕を上げているようだけど…

 まだまだだね~。

 サイクロプスごときで刃こぼれしているようじゃ~

 まだ代は引き継げない」

「私には刃こぼれしているように、見えないですけど…」

「まぁそうだろうね… いいかい」


 おばさんは、太古の昔から続く刀匠家系で『アヤノ刀工房』の棟梁であり社長でもある。ハルカは刀匠家系で令嬢でもあるのだ。


 ハルカの家系は、旧世界より以前、太古の時代には百五十三代まで家宝の伝承記に示されていたが、旧世界に入ってからは○○代と示さなくなるようになり、おばさんは今何代目なのかわからないが、代を引き継ぐと言う事で自らを当代と呼んでいる。


 そんなおばさんが奥から棒金を持ってきて、刀を振り下ろし棒金をスパッと切り落とした。

 棒金が割れると同時に、金属が割れる乾いた音がして、刀が真っ二つに折れた。


「どうだい。その棒金はレアメタルで出来ている硬いものだけど、一振りでこれじゃダメだ」

「でも、今まで斬れていて問題なかったですよ」

「ユイちゃんあの事件でサイクロプスをどれだけ斬ったんだい?

 私が聞いた噂では五百はくだらないって聞いたけど…」

「はい、大体そのくらいです」


「あはは、相変わらずだね、だからハルカの腕はまだまだなんだよ。

 いいかい。ユイちゃんにとって刀は命と一緒だよね。もしモンスターとの戦いの際中に折れたら、ユイちゃんの命はなくなっちまう。

 私が棒金を切ったのは、この刀に最後の試練を与えた訳。

 でも、その試練にこの刀は答えられなかった。これがどういう意味か知っているよね」


「はい」

「なら、これを持って行きな」


 おばさんから新しく刀を渡された。


「この刀は、アオバ都市の管轄にある遺跡から持って来られた旧世界の金属で造ったものだよ。

 ハルカが造った刀を何本も持っていればいらないかも知れないが、この刀は刀匠当代にとって一番出来が良い品物さ。

 刃先の波紋を見てごらん。

 桜の花びらが咲いているように見えるだろう…

 五尺一寸の大太刀、その波紋から名付けて『桜華刀』とわたしゃ呼んでいるよ。 

 …まぁ売れば、一億くらいにはなるだろうけど…モンスター相手に斬ってかかる奴はいないからね。観賞用以外では買う奴がいないってもあるけど…

 私の刀匠の技術について来られるのは、ユイちゃんが唯一だからね」


「桜華刀 …本当に綺麗な波紋している… 

 おばさんの刀匠はある意味、伝統技術ですもんね」

「あははは、そう言われてしまうと返す言葉がないけど、ユイちゃんもそうでしょ」

「あははは、御もっともです」

「わたしゃ、伝統的技術者の娘二人が出会って、代を引き継げて行く。このことがとても嬉しくてね」

「はい。今でも父と母に感謝しています」

「これから、墓参りかい?」

「はい。私がまだ都市に居て資金に余力があった頃はお墓ありましたけど…今は墓所を変えて形だけでもあるのでそこに行きます」


「うん、そうしな。あの頃のユイちゃんは見てられなかったけど、今こうして元気な姿が見られて嬉しいよ。

 久々の再会だ。うちの店に有るものは何だって持って行きな。遠慮しちゃいけないよ」


 奥からオイルまみれの男がやってきた。


「おいおい。当代。何でも持っていけって…」

「なんだい? 文句でもあるのかい? 

 どうせハルカにも私と同じこと言っているのだろ! 

 甘やかせすぎて、ちっとも刀匠の腕が上がっていないよ!」


 ハルカの父親だ。刀匠のおばさんも工場の仕事もできるが、今はおじさんに全て任せていた。


「刀匠の事は分からんけど、メカニックの方は確実に腕を上げているぜ! 

 俺の教育の方が正しかったな。

 それにしても、その刀、ユイちゃんにあげても大丈夫なのか? 

 それクライアントに頼まれて造ったんだろ」


「はっ! 素人ごときが何がわかるって言うんだい! 

 この大太刀は観賞用ではなく、しっかり使いこなせるユイちゃんにこそ相応しい品物だよ。

 クライアントにはそれらしい物を造れば良いさ!」


 一通り工場の案内を終えたハルカとキョウコもこちらに入って来た。


「ちょっとお母さん! 仕事と私情はしっかり分けないとダメよ!」


「ハルカ、何言っているんだい! あんたがしっかり品物を造れないのが悪いんだ。

 そもそも何だい、サイクロプス五百ごときでこの有様は! 

 刀匠として恥ずかしいと思わないのかい?」


 ユイは久しぶりにハルカの家族談義をニコニコしながら見ていたが、初めて見るキョウコは、ハルカ家族の会話を恐れ入って見ていた。


「あっそうだ! 

 おばさん、防御障壁って知っている?

 ハルカが造った反衝撃式障壁とキョウコちゃんが造った衝撃吸収式障壁を交互に何重も展開すると、刃が立たなくて斬り落とせないんだ。

 だから、しっかり斬れるものを造って欲しいな、何て思ったりするんだけど…」


「その子、衝撃吸収型障壁を造れるのかい… 

 ふん~… なるほどね~…

 ユイちゃん、その障壁を斬るのは難しいかも知れない…

 しかし、その合わせた障壁を光刃に造り変えることが出来るなら、斬れると思うけど…

 まぁ、ユイちゃんの頼みだ。今すぐには取り掛かえられないけど、しっかり造ってあげるよ。

 本来ならハルカの仕事なんだけど、ハルカはまだそこまで腕がないからね。私が責任を持って造ってやる。

 お代金は、また元気な顔を見せてもらえれば、いいからね~」


「お母さん! どうしてユイには甘いのよ! 光刃なら私だって造れるわよ」


「ハルカ何言っているんだい! 刀匠の仕事は刀を使いこなす人の要望にきっちり応えなければいけないのだよ! なんちゃっての観賞用に何て意味が無いんだ。

 わかるかい!

 あんた達はハンターなんだろ。ハンターの武器は命とも言える。

 その武器に少しでも不安があるのなら、その不安を取り払い満足できる品物を仕上げるのが鍛冶の仕事だ。

 それを忘れちゃいけないよ」


「そんなことわかっているわよ」


「仕方ねぇな…

 ハルカ、キョウコちゃんもうちの店で使えるものは何でも持っていけ!

 これはそうだな… 

 まだ未熟なローズマリーカンパニーに投資だ。将来、投資した分、還ってくることを期待する」


「おじさん、ありがとう!」


「おばさんの言葉すごく勉強になりました。私、今まで物を造るのが好きでやっていましたから…」


「キョウコちゃんとやら、メカニックならそれで良いよ。メカニックは誰も使わない刀なんて作らないだろう。 

 ハルカは私から見てもメカニックとしては腕が良い方だと思うけど、刀匠の跡継ぎでもあるからね。

 それに… ユイちゃんはうちと一緒で、太古から続くシンガキ流剣術の家柄もあってね。本来ならまだ二人ともまだ修行中のはずなのに…」


「おばさん。私はきちんと基本は教わっていて、伝承記もあるし、あとはどれだけ自分が経験を積むか、だから。父も最後に言っていたし… 

 ハルカも良い素材を見つけては、しっかり刀匠の技術磨いていますよ」


「ユイ!」

「そうかい。ユイちゃんにはつらい昔を思い出させちゃったね。ゴメンよ」

「ユイちゃん、昔に何があったのです」


「キョウコちゃん。それは後で本人に聞きな。

 今のキョウコちゃんに必要なのはローズマリーの一員として、これからどういう武器が必要なのか、これからどういう武器を造らないといけないのか、どういう車両が必要で、どういう改造をしないといけないのか、今作業しているところや店の品物をじっくり見ながら考えな。いいね」


「はい! ありがとうございます!」


「じゃぁ、私はあの車が欲しいわ」

「ハルカ! そんなんだからちっとも腕が上がんないのだよ。刀匠なら車くらい造りな!」

「もしかして、腕の良いメカニックは刀匠にならなといけないんです?」

「あはは。キョウコちゃん気にするな。あれは只の親バカだ」

「あんた!」


 ハルカの実家、アヤノ刀工房は刀鍛冶の他に、ハンターの武器をオーダーメイドで制作改造、ハンター向けの車両販売、オーダーメイドでの制作改造などハンター向けの仕事をしながら、民間の仕事も請け負っている。


 その中でも注目すべきことは、大企業アイタ自動車工業の仕事を請け負っていることだ。アイタ自動車工業はアヤノ刀工房に、ハンター向けの最新カスタム車を依頼していた。


 この仕事はアイタ自動車工業のハンター向けカスタム車のコンテスト用なのだが、アヤノ刀工房はコンテストに参加していなく、アイタ自動車工業は各カスタム社の技術競争を促すために、多額の金を払いながらも、技術力が高い老舗アヤノ刀工房も加わってくれと、アヤノ刀工房が作成しているところだった。

 このことはカスタムスペックのデータが、アイタ自動車工業に渡ることから企業秘密になっており、工場の中の別工場で作成していた。


 その作業をおじさんはハルカとキョウコに見せていた。


 最新の車両は、旧世界の技術と今世界の最新技術をふんだんに使っており、キョウコにはさっぱりわからない技術ばかりで興味深そうに見ていた。

 ハルカは伝承記を読んでいるので旧世界の技術を知っているが、最新の技術となると、また別の技術になるからハルカも勉強をしていた。


 アオバ都市のハンターは、第八北東農園都市のハンターより断然にレベルが高い、中には全身旧世界の技術で造った装備を装着しているハンターもいる。旧世界の技術は、地上と宇宙で戦争をしていた時代の技術なので、現世界技術より遥かに高い技術だ。価格も跳ね上がる。

 旧世界の技術と最新の科学技術と融合させると、さらに価格は跳ね上がる。そういった装備をアオバ都市のハンターは購入するのだ。キョウコはそれらを興味深く見る理由もわかる。


 おじさんは二人に詳しく解説して教え、特にキョウコには良く教えていた。キョウコのセンスに気付いたからだ。次第にキョウコは高い技術を理解し始め、作業を手伝うまでに至っていった。


 ユイは鍛冶場でおばさんとお茶を飲みながらおしゃべりして、遠くで二人の様子を見ながら微笑んで見ていた。


「じゃぁ、おばさん。また明日来ます」


「またおいで。美味しいお菓子を用意して待っているよ」


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