第112話
季節は初夏を通り過ぎて
芳樹は今、厨房内で開店前の仕込み準備をしている。
すると、ホールの方から元気な声が飛んできた。
「芳樹―! 紙ナプキン足らないんだけど、どこにある⁉」
「レジ上の棚に入ってると思うから、そっちを確認してくれ」
「わかったーってうわぁぁぁ!」
「どうした⁉」
慌てて芳樹が厨房からホールへ出ると、レジロールが大量に上から振ってきたらしく、梢恵の身体が床に倒れ込んでいた。
「あはははっ……詰め込みすぎちゃったみたい」
「ったく、発注ミスで頼みすぎたから、残りは倉庫に置いておけって言っただろ」
「いやぁ……沢山ストックしておいて損はないと思って」
相変わらず、梢恵の家事能力は皆無だ。
「ほら、立てるか?」
芳樹は梢恵に優しく手を差し出す。
「うん、ありがとう」
梢恵は芳樹の手を掴むと、ゆっくりと起き上がった。
「ほら、開店まで時間ないんだから、早く準備する」
芳樹は身長を生かして、レジ上の棚に置いてある紙ナプキンを取り出して、梢恵に手渡す。
「ありがとう……いやぁー助けられっぱなしでごめんね」
「謝らなくていいよ。お互い様だって言ったろ?」
「うん、そうだね……つい昔からの癖で」
梢恵は恥ずかしそうに頭を掻いている。
そんな芳樹と梢恵の距離感は今も変わらない。
付かず離れず、お互いに居心地の良い関係性。
結果として、芳樹は女子寮の管理人を辞めるという決断を下した。
そしてここは、四月末で閉店した元実家である食事処『霞』の跡地。
今日からここで、新店舗。食事処『
母が祖父の農家を継ぐことになり、祖父の地元で作っている野菜を使用した健康的な自然食を提供するお店を営むことにしたのだ。
もちろん、両親の築いてきた店を守るという選択肢もあったけど、芳樹は新しいお店をオープンする形で、自分のやりたいことを見つけた。
梢恵もまた、地元で芳樹と一緒に過ごしたいという気持ちは一緒だったので、以前まで働いていた会社を退職して、芳樹についてきてくれたのだ。
最後に女子寮を後にするとき、他の住人達は二人を
それはもう、これでもかと。
「梢恵っち。よっぴーとそりが合わなかったら、いつでもココに戻ってきていいんすからね⁉」
「芳樹さん、梢恵ちゃんとお幸せにね。もし梢恵ちゃんに不幸な思いをさせるようなら、今度は私があなたを更生しにいくわ」
「向こうでも、私の出演する番組。全部チェックしなさいよね」
「芳樹さん! 大学卒業したら、私もそこで雇ってもらいますから、よろしくお願いします」
「芳樹君。今まで本当にありがとう。あなたは本当に素晴らしい管理人だったわ。梢恵ちゃんと末永く幸せに」
盛大に見送られ、戻ってきた地元。
芳樹と梢恵はこうして地元のために新たな事業を始めたのだ。
そして、お互いの薬指にはリングが
「梢恵」
「ん、なぁに?」
芳樹はレジロールを片し終えて、梢恵をレジに呼び出すと、梢恵の手をぎゅっと握り締めて、もう片方の手を腰へと回す。
「えっ……何急に……ヤダッ……こんなところで……」
頬を染めながら、何かを期待するように上目遣いに芳樹を見つめる。
開店前だったので、してもいいかと思ったのだけど、梢恵が目を閉じて唇を差し出してきたのを見て、少々恥じらいが生じてしまい、腰に回していた手を離してポンっとチョップをかましてやった。
「いった⁉ 急に何⁉」
いきなり頭頂部にチョップをかまされたのが不満だったらしく、梢恵は頭を押さえて睨み付けてくる。
そんな幼馴染の妻に対して、芳樹は朗らかな笑みを
「これから色々迷惑かけると思うけど、末永くよろしくな」
すると、梢恵は予想外だったのか、唖然とした表情を浮かべる。
けれど、すぐにぱっと表情を和らげて、頬笑みを湛えた。
「うん、私もたくさん迷惑かけちゃうと思うけど、こちらこそよろしくね」
お互いに微笑み合い、芳樹はふぅっと息を吐く。
「よっしゃ。気合入れて行こうか」
「うん!」
迎えた開店時刻。
お店の扉をガラガラと開き、二人の新たな歴史を刻み始めるのであった。
終わり
「ブラック企業から女子寮の管理人に転職したら、住居人が全員美人だった。しかも気づいたら俺への好感度が上がっているのだが!?」
これにて無事に完結です!
今まで読んでいただいた方、本当にありがとうございました!
カクヨムコン6で中間通ることが出来たのは、本当にみなさんのおかげだと思っております。
感謝しかありません。読者の皆様、本当にありがとうございます!
これからも、もっと皆さんに読んでいただけるような面白いラブコメ作品を書いて、書籍化という目標を達成したいと思います!
ちなみにですが、今週は他の住人と結ばれるIFルートの物語もアップしていきます!
まあ、マルチエンドっていうやつですね。
やっぱり愛情込めて書いてきた作品ですから、全員を幸せにしたいじゃないですかー!
ってことで、明日から他の住人達と結ばれたルートを更新してまいりますので、もう少々お付き合いの程、よろしくお願いします。
さばりん
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