第111話 芳樹の決断

 翌日、芳樹は背負っていた荷が軽くなったおかげで、いつも通り住人達と接することが出来ていた。


「おはようございます霜乃さん、いつも朝食作り手伝っていただき、ありがとうございます」


 朝食の準備を霜乃さんと一緒に行い。


「梢恵、早く起きろ。遅刻するぞ」


 寝坊した幼馴染を叩き起こしにいってやったり。


「いってらっしゃい、瑞穂ちゃん」


 瑞穂ちゃんをいつも通り駅まで送り届けてあげて。


「うん、エントリーシートは完璧だよ。あとは合否と面接対策をするだけだね」


 かっしーに就職活動のアドバイスをしてあげたり。


「新しい大学の雰囲気はどうだったつくしちゃん?」


 新入生のオリエーテーションから帰ってきたつくしちゃんを出迎え。


「お疲れ様です一葉さん。お仕事お疲れ様です」


 仕事で多忙な一葉さんを玄関でいつも通りに出迎えて、ねぎらいの言葉を掛けてあげた。


 仕事をてきぱきとこなし、助けを求められたら手伝ってあげたりと、日々の管理人業務を遂行する。


「戸締り確認よしと……」


 最後の業務である女子寮内の戸締り確認を終えて、いつものように管理人としての一日の業務を終えて、管理人室へと戻る。


 自身のベッドに寝転がろうとした時、ふと辺りを見渡した。


「ここにきてもう五か月か……」


 殺風景だった管理人室も、プライベート部屋を兼ねていることもあり、生活感が溢れるレイアウトになっていた。

 今こうして考えると感慨深い。

 半年前、ブラック企業で社会のどん底にいた芳樹を、取引先である一葉さんが女子寮の管理人へ転職すること提案してくれたことから始まったのだ。

 いざ管理人になったら、そこにいる住人達が現役女優、訳アリ人妻、ナンパから助けた大学生と十人十色。

 さらに言えば、彼女たちの人生を管理人になる前から芳樹が知らぬうちに関わっていることも多く、様々な問題に直面してきた。

 幼馴染引っ越し案件、ファン一号事件に元上司かちこみ事件、不動産経営取締役からの直々の退職推奨

 思い返すだけで切りがない。

 さらに、瑞穂ちゃんから受けたファン一号約束。霜乃さんからのお色気攻撃。一葉さんから受けた告白。かっしーからの同棲願い。越してきたつくしちゃんからのキス。

 本当に恵まれている環境に今いると思う。

 けれど、そんな状況にも終止符を打たなければならない。

 芳樹の覚悟はもう決まっていた。

 大丈夫。もう何も恐れない。

 だって彼女たちは、例え芳樹が誰を選ぼうと、心の底から芳樹の幸せのために応援してくれる素敵な女性たちなのだから。

 もちろん、裏では悲しんだり泣いたりすることはあるかもしれない。

 それでも、彼女たちは新しい幸せな人生に向けて羽ばたいて行けると思う。

 そう確信していた。


 ちらりと時刻を目を向ければ、夜の十一時を回ったところ。

 寝る支度、勉強、明日の準備、趣味の時間、各々好きなことをしているのだろう。

 芳樹はそのまま立ち上がり、管理人室を後にする。

 気付かれぬよう忍び足で階段を上っていく。

 二階の廊下の電気も消えており、各部屋から明かりが漏れ出ている。

 芳樹はふぅっと一息つくと、とある人物の部屋へと歩みを進めた。

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