第84話 霜乃さんの膝枕の助言

 芳樹はソファに寝転がり、そのまま霜乃さんの太ももの上に頭を乗せた。

 瞬間、霜乃さんの柔らかい太ももの感触がダイレクトに伝わってきて、芳樹は頭の中で感動を覚えてしまう。


「どうかしら、私の膝枕は?」

「さ、最高です……」

「ふふっ、その口ぶりはお世辞じゃないようね」


 くすくすと笑って、霜乃さんは芳樹の頭に手を置いてで始める。

 芳樹は完全に霜乃さんの手の内で転がされていた。

 こうなることもすべてお見通しと言わんばかりに、芳樹の頭を優しく撫でてつつみ込む。

 霜乃さんに優しく頭をなでられていると、心地が良くなってきて不思議と気分が落ち着いてくる。

 芳樹はその心地よさに身を任せ、ただリラックスするように霜乃さんの膝枕を堪能してしまっていた。

 恐らく、顔もだらしなく緩み切っていることだろう。

 目を開けたら、また霜乃さんにからかい混じりの視線を向けられることは分かっていたので、芳樹は瞳を閉じたまま、今は霜乃さんの太ももに顔をゆだねる

 一定の心地よいリズムで頭をなでられていると、頭の中がぽわーっとしてきてしまう。


「随分と悩んでいたのね。よしよし。今はリラックスしていいからね。もし心地良かったら、そのまま寝てしまってもいいのよ?」

「流石にそれは……申し訳ないのでやめておきます」

「あら残念」

「でも……ちょっと霜乃さんにご相談というか、話したいことがあります」

「あらっ。何かしら?」


 霜乃さんは、芳樹が悩んでいることを聞き出すために、膝枕を強要してきたのだろう。

 芳樹が悩みを打ち明けやすいように、霜乃さんは配慮してくれたのだ。

 だから芳樹は、その策略に乗っかることにする。


「その……こんなことしている時に他の住人の話をするのも申し訳ないのですが……」

「加志子ちゃんのことよね」

「……はい」

「何か言われたの?」

「まあ、その……非常に言いづらい話ではあるのですが。『一緒に同棲して欲しい』と告白されまして」

「あらあら。芳樹さんは随分と住人からモテるのね」

「まあ……はい」


 事実なので、ここは素直に認めておく。


「それで、ふと感じてしまったんです。俺は住人のみんなに幸せな人生を送って欲しいと思っているけど、もしみんなにとっての幸せが、俺と付き合うことなのだとしたら、全員が幸せに暮らせる未来なんて見えないんじゃないかって……」

「自分の理想と相手の理想で、板挟みになってしまったのね」

「まあ……そんな感じです。複数人から好意を寄せられているとか自意識過剰で、贅沢な悩みであることも分かっているのですけど……」


 芳樹は自分の心の内を吐露すると、霜乃さんは芳樹の頭を両腕でぎゅっと抱きしめる。

 優しく包み込んでくれる霜乃さんの温かさが伝わってきた。

 頬に霜乃さんの柔らかい胸が当たり、思わずごくりと生唾を呑み込んでしまう。


「芳樹さんは、深く考え過ぎよ。もっと気楽に考えていいと思うわ」


 芳樹の耳元で、そうささやいてくる霜乃さん。


「気楽に……ですか?」

「そうよ。別に、芳樹さんが負い目を感じることは全く無いの。芳樹さんは芳樹さんの思う通りに行動すればいいのよ。例えその結果、誰かの幸せを叶えられず、傷つけることになってしまったとしても、仕方ないことなのよ」


 彼女達から好意を寄せられてしまった時点で、誰かを傷つける結果になることは目に見えていたのだ。

 芳樹はその事実から目をそむけていたのかもしれない。


「それにね。幸せの定義って色々あるでしょ? 芳樹さんが今悩んでいるのは恋愛での幸せ。でも、自由とかお金とか社会的地位とか。人それぞれ幸せのベクトルがあって、その一つでも芳樹さんがサポートしてあげられて、彼女たちが幸せになれるのなら、私はそれでいいと思っているわ」

「霜乃さん……」

「まっ、加志子ちゃんの場合は、幸せのベクトルが今は恋にまっしぐらって感じだから、今は傷つけちゃったように見えているだけよ。だから、彼女がこれからの未来で色々な幸せを手に入れるために、芳樹さんは芳樹さんの思った通り、加志子ちゃんに人生が幸せになるものを提供してあげればいいと思うわ」


 人によって幸せは人それぞれで、価値観かちかんも違う。

 だから、芳樹の信じる幸せに人生を送って欲しいという幸せのベクトルを、それぞれの人によって考えてあげればいい。

 霜乃さんの言葉を聞いて、芳樹は頭の中で渦巻いていた悩みが吹っ切れたような気がした。

 ふいに、芳樹の頭を撫でていた手が止まり、芳樹はソファから起き上がる。

 そして、すっと立ち上がって、霜乃さんの方を振り返った。


「霜乃さん、ありがとうございます。俺はかっしーのために、今できる最大限のことを尽くします」

「えぇ、そうして頂戴」


 心なしか、芳樹の意識も既に、次にすべきことへと向いていた。

 かっしーが将来を含めて幸せに人生を送ってもらうために、芳樹がやるべきこと。

 それは、今の時点で一つしかない。

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