第69話 とっておきの秘策

 夜、静まり返った共同リビングにて、芳樹は昼に起きた一連の出来事を、一葉さんへ報告した。


「なるほどね。そんなことがあったの」

「はい……母の反応から見るに、恐らく二人の間に何かあったことは間違いないかと」


 昼間、芳樹が実家へ連絡した際、母が八雲さんの名前を出した途端にみせた、機嫌の変わりよう。

 反応からかんがみて、芳樹は確信に近い結論を頭の中で導き出していた。


「多分、八雲さんの好きな人は、俺の母だったのかもしれません」


 そう自身の見解を述べると、一葉さんは考え込むようにして顎に手を置いた。


「ということはつまり、パパは芳樹君のお母様と恋人関係にあったということかしら?」

「そこまでは分かりません。俺も母の色恋沙汰を詳しく聞いたことはないので」


 父との馴れ初め程度は聞いたことがあるけれど、親の過去の恋愛事情を聞く人など、相当な勇者じゃない限りいないだろう。普通の人なら、抵抗すら覚えてしまうような話題だ。

 しばらく一葉さんは顎に手を置いたまま黙り込んでいたけれど、何度か納得するように頷いて、ぱっと視線を芳樹へと向けてきた。


「仕方ないわ。こうなったら、真実を暴くしかないわね」

「真実を暴くというと?」


 芳樹が尋ねると、一葉さんは優しい表情で首を傾げてくる。


「芳樹君、今週末、時間空けれるかしら?」

「えっ……まあ、特にこれといった予定はありませんけど……」

「なら、私と一緒に出かけるわよ!」


 そう言い切る一葉さんの表情は、どこか決意に満ちていた。

 その一葉さんの顔を見て、芳樹は不安を覚える。


「もっ……もしかして、俺の実家に行くとか言い出しませんよね?」

「ふふっ、ご名答よ」


 どこか嬉しそうに笑う一葉さん。


「いやいやいやっ……何考えてるんですか!? 無理ですって! というか、俺は母の過去の恋バナとか聞きたくないです」

「仕方がないじゃない。これしか方法が無いのよ。我慢して頂戴」

「いやいやっ、それなら一葉さんが直接、八雲さんから聞き出せばいいじゃないですか!」

「それが出来てれば、今頃こんなまどろっこしいことはしていないわよ」

「た、確かに……」


 一葉さんの指示で、芳樹は八雲さんの秘書からこっそり盗んだ行動履歴のデータを閲覧してヒントがないかと探し当てたのだ。

 簡単に話せる間柄なら、そもそもこんな面倒くさいことをせずに直接聞いてしまえば済む話である。

 それが出来ないからこそ、一葉さんは芳樹の母にターゲットを向けたのだ。


「でも、母は結構気難しい人ですから、いきなり押しかけても、真実を直接聞きだすのは難しいかと……」


 芳樹は、一葉さんに対してやんわりと作戦中止を促す。

 けれど、芳樹の説得虚しく、一葉さんは胸を張ってドヤ顔を浮かべた。


「安心して頂戴。私にとっておきの秘策があるの!」

「秘策、ですか?」


 芳樹が首を傾げる中、一葉さんはにっこりと微笑み、まるで遊園地前日で浮足立うきあしだつ子供のように楽しそうな口調で言い放った。


「芳樹君の恋人として、私を紹介してもらうのよ!」

「はい……?」


 一葉さんから放たれた言葉に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう芳樹。

 頭の理解が追いつかず、芳樹は意味を理解できぬまま、そのままの意味で言葉を受け取って返事を返してしまう。


「ごめんなさい。一葉さんは確かに素敵な女性ですが、まだ俺達お付き合いしてるわけでは……」

何真なにまに受けてるのよ! 演技よ、演技!」

「演技?」

「そう! 芳樹君がお母様に連絡をして『紹介したい人がいるから、今度の休日時間くれる?』って頼むの。そして、紹介されるのが私。もちろん、芳樹君の恋人としてね!」


 作戦を楽しそうに説明する一葉さん。

 ようやく作戦の意図を理解した芳樹。

 つまり、一葉さんが芳樹の仮の恋人をよそおい、母に挨拶しに行くというシチュエーションを作り出して、八雲さんとの関係を探るという計画らしい。

 しかしそこで、芳樹に純粋な疑問が浮かぶ。


「でも、一葉さんが俺の仮の恋人になる必要ってあります?」

「もちろんよ! 実の息子が連れて来た彼女が昔何かしらあった男の人の娘さんだったら、絶対に何かしら反応を示すでしょ?」

「まあ確かに……」


 一葉さんの見解にも一理ある。


「恋は人を動かすものよ。私を信じて頂戴」


 自身の胸に手を当てながら、自信満々に言ってくる一葉さん。

 どこか、この状況を楽しんでいるふしすらある。

 まあでも、芳樹が尋ねても口を開かなかった母のことだ、それくらいの劇薬げきやくがないと真実を話してくれなさそうなのも事実。


「分かりました。一葉さんの作戦に今回は乗っかりますよ」

「ふふっ……芳樹君ならそう言ってくれると思っていたわ」


 そう言って微笑む一葉さんの表情は心なしか、緩んでみえるのは気のせいだろうか。

 まあとにかく、これで作戦は決まった。

 次こそは絶対に、母から八雲さんの有益な情報を得られることを願うばかりだ。

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