第五章 試された社長令嬢

第64話 謎の男

「たっだいまー!」

「お帰りなさいかっしー。どうだった帰省は?」

「うんー! 久しぶりに地元の友達と会えて楽しかったよ」

「それなら良かった」

「でも、両親に成績表見られてこっぴどく叱られた。『あんた、本当に卒業できるんでしょうね!?』って」

「あらら……それはご愁傷様」


 正月三が日を終えて、帰省を終えた住居人が続々と帰ってきた。

 土浦芳樹つちうらよしきが管理人をしている女子寮小美玉じょしりょうおみたまには活気が戻りつつある。

 今は帰省から戻ってきた大学生のかっしーこと鹿島加志子かしまかしこちゃんを玄関前で出迎えたところだ。


「あら、加志子ちゃんおかえりなさい」

霜乃しものさん! ただいま戻りましたー!」

「ふふっ、元気そうで良かったわ」


 そう言いながら、おっとり笑顔を浮かべるのは女子寮小美玉の住居人である下妻霜乃しもつましもの

 彼女はつい先日まで、元夫である鉾田から身を隠すため、この女子寮にかくまう形で住居していた。

 しかし、今は無事に離婚も成立し、霜乃さんも晴れて自由の身となり、芳樹の手伝いを継続して手伝ってくれている。

 ただ、一つ大きな問題が起こっていた。


 霜乃さんは、ごく自然に芳樹の隣に立つと、突然腕を絡めてきたのだ。


「そういうお二人は、何かありました?」


 腕を組む霜乃の様子を見て、かっしーは疑問の視線を芳樹へ向けてくる。


「あーっ! 霜乃さん、また抜け駆けして!」


 すると、二階の階段から降りてきた一人の少女の声が響き渡る。

 女子寮小美玉の住居人にして、現役JK女優として活躍する水戸瑞穂みとみずほちゃんだ。

 彼女は昔、母親から叱咤されているところを芳樹が助けてあげたことから関係が始まった中である。

 そんな瑞穂ちゃんは、駆け足で芳樹の元へと近寄ってくると、霜乃さんとは反対側の腕に抱きつくように絡みついてきた。


「んん!?」


 その様子を見て、さらにかっしーは驚愕の声を上げた。


「よっぴー!? これはどういうことっすか!?」

「あはははっ、ちょっとかっしーがいない間に色々とあって……」


 事の発端は、年末の大晦日に遡る。

 瑞穂ちゃんと霜乃さんの二つの要望に応えるため、芳樹は管理人室のベッドで三人一緒に昼寝を敢行したわけなのだが……。


「ちょっと霜乃さん。そんな芳樹にベッタリするのは反則です」

「瑞穂ちゃんだって、芳樹さんの上に顔乗っけているじゃない」

「そうじゃなくて、その……胸とか押し付け過ぎって意味です。顔も近いし」

「これくらい普通じゃないかしら。ねえ、芳樹さん?」


 あはははっと苦笑いをするしかない芳樹。

 二人の密着具合は凄いもので、まるで腕を木の幹だと思ってしがみ付くなまけもののようだ。

 そんな昼寝騒動以降、二人は隙あらば芳樹へのスキンシップを頻繁に行ってくるようになった。

 どちらも譲ることなく、芳樹を奪い合うかのように今日こんにちまで繰り広げられてきたのである。

 そして他の住居人が帰ってきてからも、スキンシップは収束することなく、むしろヒートアップして熱を帯びていた。


 かっしーは玄関前で呆然と立ち尽くしていたけれど、正気を取り戻したのか、芳樹を憐れな目で見つめてくる。


「よっぴーも、罪な男っすよね」

「いやっ……むしろ俺はこの場合被害者だと思うんだけど……」

「まっ、自業自得っすね。せいぜい頑張ってください」


 かっしーは、まるで他人事のように話を終えると、キャリーケースを持ち上げて、スタスタと二階へと上がって行ってしまう。


「あっ、ちょっとかっしー!?」

「さ、芳樹さん。一緒に夕食の準備をしましょ」

「私も手伝います!」


 こうして、芳樹が少し気を許してしまったせいで新たな問題が発生する中、女子寮史上最大のピンチが訪れようとしていることなど、この時誰も予想などしていないのである。




 瑞穂ちゃんも加わり、三人で住居人たちの夕食の用意をしていると、共有のリビングへ帰省から帰ってきた住居人たちが続々と入ってくる。


「んんーいい匂い。久しぶりに芳樹のご飯食べるかも」

「お疲れさん梢恵こずえ。荷ほどきは終わったか?」

「バッチリ! 面倒くさいから衣類はまとめて全部洗濯かごに入れておいた!」

「分かった。あとで洗濯機を回しておくよ」

「よろしくー」


 彼女は幼馴染の神崎梢恵こうざきこずえ

 芳樹に身の回りの世話をしてもらうため、わざわざこの女子寮小美玉へと越してきた干物女である。

 その干物っぷりは相変わらず健在で、帰省して返ってくるなり、荷ほどきが出来ずに部屋を散らかす有様である。


 まあ恐らく梢恵のことだ。

 洗濯物をかごに入れておいたと言ったけれど、下着やセーター、コート類全く分けずにまとめて全部洗濯籠に突っ込んだのだろう。

 あとで仕分けしてから種類別に選択しないとね。

 そんなことを想っていると、今度はかっしーがリビングに入ってきた。


「これ、買ってきたお土産です! 皆さんで食べてください」


 かっしーがテーブルの上に置いたのは、地元の有名な銘菓のお饅頭だった。


「やったー! ありがとうかっしー! てか私、お土産買って来るの忘れちゃった」


 自らの失態に気づき、頭を抱えてしゃがみ込む幼馴染。


「ありがとうかっしー。夕食食べ終えた後にでも頂くことにするよ」

「うちの地元では有名なお菓子なんで、是非食べて欲しいっす!」


 そんな、お土産トークに花を咲かせていた時だ。

 玄関の扉が開く音が聞こえ、最後の住居人が帰宅してくる。


「ちょっとごめんね」


 芳樹は断りを入れてから、夕食準備を霜乃さんと瑞穂ちゃんに任せて、玄関へと出迎えに向かう。


「おかえりなさい、一葉さん」

「ただいま、芳樹君。ごめんなさい、出迎え早々申し訳ないのだけれど、ちょっと車まで来てくれるかしら」


 笠間不動産次期社長候補。

 この女子寮のオーナでもあり、芳樹を女子寮の管理人にスカウトした張本人でもある笠間一葉かさまかずはさんは、少しやつれた様子で芳樹を手招いていた。

 帰省から戻ってきた直後にも関わらず、スーツ姿に身を包んでいる。


「はい、わかりました」


 芳樹は何の気なしに、適当にサンダルを履いて外に出る。


「何か重い荷物でも持って帰ってきたんですか?」


 そう声を掛けると、一葉さんはふるふると首を左右に振った。


「あなたにどうしても会いたいって聞かなくて……」

「会いたい? 誰がですか?」


 芳樹が首を傾げながら、一葉さんの愛車であるプリウスへと近づいていくと、助手席の扉が開き、一人の白髪の男性が出てきた。

 芳樹は、見覚えのない男性の姿を見て、さらに首を傾げてしまう。

 その白髪の男性は、丁寧にお辞儀をすると、すっとした表情で芳樹を見据えた。


「君が、土浦芳樹君かね?」

「は、はい。私が土浦芳樹と申します」


 野太い声で話しかけられ、思わず腰を低くする芳樹。

 白髪の男性は一つ咳払いをすると、突如にっこりとした笑顔で言い放った。


「単刀直入に言わせてもらう。今すぐこの女子寮から出て行きなさい」

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