第8話 思わぬ救世主!?
芳樹は角を曲がり、トイレへと続く廊下へと足を向ける。
その時、廊下を塞ぐようにして若い金髪の男と一人の女性店員が、道を塞いでいるのが見えた。
嫌な予感を感じた芳樹は、すっと身を隠して角からチラリと様子を窺いながら聞き耳を立てる。
よく見れば、店員の女性を金髪の男が壁際に追いやる形。そしての女性の方は、先ほど芳樹のことをまじまじと観察してきた、アルバイト店員の『かっしー』だった。
一方、金髪の男は『かっしー』のことを見つめて、ぱっと明るい表情を浮かべている。
「加志子ちゃんだよね? 俺のこと覚えてる? ほら、この前合コンで一緒だった」
「せ、先日はどうもーっす……」
『かっしー』は加志子ちゃんという名前らしい。
名前で呼ばれた加志子は、明らかに困惑した表情を浮かべている。
「こんなところで会うなんて奇遇だね。アルバイト中?」
「まあ、そんな感じっすね」
「へぇーここでバイトしてたんだ! 俺よくこの店来るんだよ」
そんなことを言いながら、男の人は楽しそうに語っている。
一方の加志子は、笑顔を張り付けて相槌を打っていた。
「そのぉ、先ほどはぶつかってしまい申し訳ありません。こちらの不注意で……」
「いいって、いいって! 気にしないから! あっ、そうだ! じゃあその代わりと言っちゃなんだけどさ、今度一緒にご飯でも食べに行かない!」
「えっ? ご飯っすか?」
「そうそう! ぶっちゃけるとさ、合コンのときから加志子ちゃんのこと、ちょっといいなーって思ってたんだよね!」
どうやら、加志子と金髪の男は、合コンで出会ったらしい。
知り合いにしては、加志子の態度があからさまに距離を置いているように見えたので、そう言うことかと芳樹は納得する。
「そ、それはどうもです……。まあ、いずれ機会があればって感じで……」
遠回しにうまい立ち回りで断りを入れる加志子。
しかし、金髪の男は加志子に再び出会えたことが嬉しいらしく、加志子の遠回しの断りに気づく様子もなく、興奮した様子で加志子に詰め寄る。
「本当に!? ならさ、連絡先交換してよ! この前はできなかったし、いいでしょ!」
「あぁー連絡先っすか? ごめんなさい、うち今アルバイト中で、スマホはロッカーに置いてあるんすよ……」
苦笑いで頭を掻きながら、遠回しに連絡先交換を避けようとする加志子。
「それなら、今ちょっくらロッカーからスマホ取ってきてよ! ねっ!」
「いやっ、さすがにそれは店長に怒られるんで……」
「なら、加志子ちゃんがアルバイト終わるまで待ってるよ! 俺はこの後暇だし。なんなら、この後バイト終わりに一緒にご飯食べに行くでも全然オッケーだし!」
どんどんと加志子への選択肢を潰していき、ぐいぐいと加志子に迫る金髪男。
加志子はついに困り果てたようにあたふたし始める。
その加志子の様子を見て、金髪の男が一瞬ニヤリと口角を吊り上げたのが見えた。
やはりそうだ……男の表情から察するに、加志子ちゃんの容姿や話口調から判断して、押せばイケるチョロい女だと思っているらしい。
プライベートなら適当にあしらえばいいけれど、今はアルバイトとお客さんという立場。さらに、話の流れから憶測するに、加志子が金髪の男性に不注意でぶつかってしまったことも起因して、上から出ることが出来ないのだろう。
まさに、客という立場を上手いこと逆手に取った男。
幼気な女の子を毒牙に掛けようとしているのを見て、芳樹は何か助け舟を出せないかと辺りを見渡す。
すると、丁度お客さんが注文を頼もうと店員をきょろきょろと探しているのが見えた。
行動するなら今しかないと思い、芳樹はとっさの判断で、上着を脱ぎ捨ててネクタイを外して、近くの空いている椅子の腰かけにそれを投げ捨てる。
そして、近くのテーブルがまだ片づけ終えられていない状態のまま残っている食器を両手に持ち、その状態でトイレ前の通路を横切る振りをした。
芳樹はちらりと通路の方を見て、加志子を見つけたふりをして、声をかける。
「加志子ちゃん、取り込み中にごめんね! お客さんが呼んでるから、オーダーお願いできる?」
声を掛けられた加志子と金髪男が、ぱっとこちらを振り向く。
芳樹は縦縞の入ったYシャツに黒のズボンを身に着け、両手で食器を持っている。
お店の社員だと思われてもおかしくない格好をしていた。
呼ばれた加志子は、本来客であるはずの芳樹がなぜ食器を両手に持って仕事しているのかを理解できず、ポカンと呆けている。
「加志子ちゃん?」
芳樹が首を傾げると、はっと何かに気が付いた様子で、加志子が我に返る。
「は、はい! 分かりました。今行きます!」
芳樹にそう声をかけた加志子は、もう一度金髪男の方へと振り向き、ぺこりと頭を下げる。
「すいません、今は仕事中なので食事はまたの機会に。それでは失礼します」
そう言って、加志子はくるりと踵を返して、芳樹の方へ早足に向かってくる。
芳樹は加志子に店内で呼んでいるお客さんの方を顎で示す。
そして、加志子は芳樹の元を通り過ぎる際、小さな声で――
「ありがとうございます」
と、お礼を言ってきた。
芳樹は軽くウインクをして、アイコンタクトで礼を返す。
「よろしく」
そう演技で加志子へ言葉をかけ、加志子はオーダーを取るためお客さんの元へと、芳樹は金髪男のいる厨房の方へと向かって行く。
その場に取り残された金髪の男は、じぃっと芳樹を睨み付けている。
芳樹は気にする様子もなく、にっこりと微笑みながらぺこりと一礼して、男の前を通り過ぎていく。
「ちっ、タイミング悪いな」
そんな独り言を零しながら、金髪の男はポケットに手を突っ込んで不貞腐れたように店内へと歩き出した。
男とすれ違い角を曲がったところで、芳樹は踵を返して金髪男の動向を確認する。
どうやら、もう退店する直前だったらしく、男はレジの横を通って出口へと向かっていた。
「ありがとうございましたー」
小声でそう口にしながら、芳樹は加志子の危機を見事な立ち回りで救って見せたのだった。
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