第7話 見定める

 芳樹が久しぶりに幼馴染との晩酌を楽しんでいる頃、バックヤードから芳樹の様子をまじまじと観察する、一人の店員の姿があった。

 先程、芳樹たちのオーダーを取った店員である『かっしー』こと、加志子だ。


「あの人、やっぱりこの前写真で見た、新しい管理人さんだよね……?」


 それは以前、新しい管理人さんが決まった際、一葉さんから見せてもらった写真に写っていた男の人。

 今まさに、その写真に写っていた芳樹本人が、偶然にもアルバイト先に現れたのだ。

 しかも、見知らぬスーツ姿の美人な女性を連れて……。

 確か名前は、土浦芳樹……だったっけ?

 連れている女性は同僚? それとも彼女?


 色々と疑問が浮かぶ加志子。

 その時、ふと加志子は気づいた。実際どういう人なのか見定めるにはいい機会なのではないかと。


 一葉さんからの評価は高かったけれど、本当にいい人なのだろうか。

 新しい管理人となる芳樹が一体どういう人なのか。

 そして、今連れている女性とはどういう関係なのか。

 

 女子寮の管理人として住み込みで働くに相応しいかどうか見定めるためにも、加志子は芳樹の様子をじっくりと観察することにした。





 ◇




 その頃、新しい女子寮の住居人に監視されているとも知るはずもなく、幼馴染との宴を楽しんでいた芳樹。

 話題は新しい職場の話へと移っていた。


「ところでさ、その寮の管理人ってどういう感じの仕事なの?」

「うーん。まだ詳しい内容は聞いてないけど、基本的な家事全般と掃除、出迎え、備品の買い出しとかそんな感じじゃないかな」

「ふぅーん……寮の住居人にはもう会ったの?」

「いや、まだだよ。ってか、女子寮の管理人だから普段は男子禁制だし」

「はぁ!? 女子寮なの!?」


 梢恵は、立ち上がらんばかりの勢いで大声を上げ、身を乗り出してきた。

 近くに座っていたお客さんの視線が、芳樹たちのテーブルへと集中する。


「ちょ、声がでかいって!」


 小声で梢恵を嗜めると、周りの視線に気が付いたのか、身を縮こまらせながら席に座りなおす。


「女子寮……管理人」

 

 それから梢恵は、何やらぶつぶつと独り言をつぶやきながら、神妙な表情を浮かべて一人考え込んでしまう。

 そのタイミングで、頼んだ料理が運ばれてきた。


「お待たせいたしました。軟骨のから揚げ、イカの塩辛とキュウリのキムチ和えでございます」

「ありがとうございます。適当においてください」


 芳樹に言われて、アルバイト店員『かっしー』は、テーブルの空いたスペースに二人が注文した料理を置いて行く。


「お済のグラスおさげしてもよろしいでしょうか?」

「はい、よろしくお願いします。あ、あと、生追加で2つお願いします」

「かしこまりました!」


『かっしー』は器用に片手でグラスを持ちながら、片方でハンデイーを操作して、注文を厨房へ飛ばす。

 その間にも、『かっしー』の視線は、ちらちらと芳樹へと注がれる。

 芳樹は、金髪のアルバイト店員の子が妙に自分の様子を窺ってくることを疑問に感じた。

 目を合わせて優しく笑みを浮かべてどうかしたのかと首を傾げてみると、『かっしー』は、ぱっと芳樹から視線を逸らしてしまう。


「そ、それではごゆっくりどうぞ」


 直後、くるっと踵を返してバックヤードへと戻っていく。

 その間も、梢恵は眉をひそめたままずっと無言で何やら考え込んでおり、こちらのやりとりには気づいていない様子。


「梢恵、料理取り分けたよ」

「へっ!?」


 芳樹が運ばれてきた料理を取り分けて声をかけると、梢恵はようやく我に返ったようで、目をぱちくりとさせている。


「あっ、ありがと!」


 取り繕うようにして箸を手に持ち、取り分けてもらったお皿に盛られたつまみを頬張る幼馴染。


「ちょっとお手洗い行ってくる」

「はーい」


 梢恵は、軟骨のから揚げを食べながら返事を返してきた。

 考え事は終わったらしく、今はいつもの梢恵に戻っている。 

 その様子を確認してから、芳樹は立ち上がりトイレへと向かうのだった。




 ◇




 その頃、アルバイト店員の『かっしー』こと加志子は、バックヤードへ戻りながら、芳樹のことを考えていた。


「うち、変な人って思われたかな?」


 料理を運んでいった際、芳樹を見過ぎてしまい、視線に気づかれてしまった。

 向こうは優しく微笑み返してくれたけど、もしかしたら変な店員だと怪しまれたかもしれない。


 すると加志子は、奥の廊下にあるトイレの方から客席へと戻ってくるお客さんとすれ違いざまにぶつかってしまう。

 バックヤードへ戻りながら芳樹のことを考え込んでいたせいで、前方不注意になっていたらしい。


「おっとっ!?」


 肩がぶつかった男性客の若い男性は、酔っぱらっているせいか一瞬よろけてしまう。


「あっ、申し訳ありません!」


 加志子は急いで謝り、お客さんの男性へ声をかける。


「平気、平気。って、あれ? 鹿島さんだよね?」


 男性客が顔を上げて加志子の方を見た瞬間、何かを思い出したように目を輝かせた。

 加志子も記憶を辿るようにその男性の顔を見つめていると、とある記憶にたどり着く。

 それは以前、友達に無理矢理合コンへ連れて行かれたとき、嫌々参加した加志子にグイグイ話を聞いてきた男の人だった。


 思わず眉をピクっと動かし、警戒してしまう加志子。

 正直に加志子にとって、苦手なタイプの男性だった。

 まさかこんなところで出会ってしまうとは……。


 しかも、加志子の方が考え事をしていたせいでぶつかってしまったので、店員として失礼のないよう対応しなければならない。

 合コンの時みたいに、適当に相槌を打って愛想を振りまくわけにもいかないわけで……。


 新しい管理人さんのことを観察していたら、思わぬ面倒事に巻き込まれてしまった。

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