第5話 幼馴染との再会

 待ち合わせ場所の駅前に到着すると、改札は帰宅する多くのサラリーマンでごった返していた。

 雑踏の人混みの中で、芳樹は辺りを見渡す。

 すると、改札口の向かい側の壁際に、待ち合わせていると思わしき人影を見つけた。

 芳樹が早足で近づいていくと、向こうもこちらに気がついたようで、にっこりと微笑んで手を振ってくる。


「久しぶりー芳樹! 元気してた?」

「久しぶり。まあぼちぼちな」

「大学卒業して以来だから、1年半ぶりくらい?」

「そうだな。もうそんなに経つのか、早いな」


 そんな調子で芳樹と挨拶を交わす女性は、幼馴染の神崎梢恵こうざきこずえ


 今は都内の保険代理店で働いているOLだ。

 久しぶりに見た幼馴染は、メイクの変化もあるだろうが、ちょっぴり大人になっていた気がした。

 ピシっとした紺のスーツを身に着け、黒ストッキングでその白くて健康的な太ももを隠し、黒のヒールを履いて145cmと低い身長をカバーしている。

 軽くウェーブのかかった柔らかい感じの肩まで伸びる茶色の髪からは、今にもふわっといい香りが漂ってきそうだ。


 そんな幼馴染は、一年半ぶりに再会した芳樹の姿をまじまじと観察している。


「なんか、しばらく見ないうちに老けた?」

「久々に会った感想がそれかよ……」

「だって、明らかに前よりやせ細ってるし……。ちゃんと食べてる?」

「少なくとも、梢恵よりは健康的な食事を摂ってる」

「失礼な! 私だって気を付けてるっての!」


 頬を軽く赤らめて、自分のお腹周りを確かめる幼馴染。


「冗談だよ。梢恵は今のままで十分スタイルいいから気にするな」

「もうっ! 最近運動不足で気にしてるんだから!」


 ぷくっと拗ねたように頬を膨らませる梢恵。

 こうして気兼ねなく軽い冗談が言い合えたり、砕けた口調で話せるのも、昔から知っている仲だからこそである。


「ってか、そんなデカイ荷物もってどうしたの? 今からエベレスト登頂にでも行くわけ?」

「ちげぇよ。着替えとか日用品とか、荷物が色々入ってるんだよ」


 芳樹は今、ビジネスリュックを手に持ち、さらに登山リュックを背中に背負っていた。

 明らかに不釣り合いな組み合わせの格好が面白かったのか、梢恵はぷぷっと笑いながら肩を震わせている。


「なんで……? はっ、もしかして……私を酔わせた後、そのまま家に上がり込んで既成事実を作り、そのまま同棲に持ち込むための下準備!?」

「はい?」

「いやーんっ! そういうのは私達にはまだ早いっていうか、私にも心の準備ってものがっ……!」


 一人で勝手に妄想を膨らませ、両頬に手を当ててもじもじする幼馴染。


「変な想像をはかどらせているところ悪いけど、そういうのじゃないから」


 芳樹が呆れた様子で言うと、またもや梢恵は何やら思いついたようで、今度は先ほどとは打って変わり、青ざめたような顔で手をアワアワと動かしている。


「えっ……もしかして……嘘でしょ……? ちょ、やめてよ? ほんとに芳樹がいなくなったら、私泣くよ?」

「別に、いなくなったりはしないよ」

「嘘! だってその格好……」

「この格好がどうかしたか?」


 なんだろう? なんか、壮大な勘違いをしている気がする。

 梢恵はビシっと芳樹のリュックを指差した。


「明らかに今から首つり自殺しに行く格好じゃない!」

「違うわ!!」


 梢恵が思った通り盛大な勘違いをしていたせいで、芳樹にしては珍しく、公共の場にもかかわらず大声で突っ込んでしまった。


 辺りの人たちの視線が一斉に二人に注がれる。

 芳樹は周りの視線に耐えられず、すぐさま顔を下げて俯いた。


 しばらく黙り込んでいると、カップルのじゃれ合いだとでも認識したのか、大衆の視線はすぐに消えていく。

 ようやく落ち着いたところで、芳樹は一つ咳ばらいをしてから顔を上げ、梢恵を軽く睨みつける。


「明日から一週間実家に帰るから、その荷物が入ってるだけだよ」

「なーるほど、そういうことね! てっきり私、芳樹が人生に疲れて遂に我慢できなくなったのかと……」


 梢恵は頭を掻きながら恥ずかしそうに頬を染めた。


「ったく、梢恵は相変わらず想像力だけは豊かだよな」

「えへへっ、恐縮です」

「褒めてないから……」


 久しぶりに再会した幼馴染は、見た目が大人びただけで、中身は昔のまま何も変わっていなかった。

 それはそれで、どこか安心したような、将来が心配で不安なような複雑な感情が芳樹の心の中に入り混じる。


「立ち話もなんだし、そろそろ行こっか!」

「そうだな」


 梢恵に促され、駅前から飲み屋街の方の出口へと歩き出す。

 横に並んで歩いていると、梢恵は再び視線を、芳樹の背負っているパンパンに荷物の詰まった登山リュックへと向けてくる。


「それにしても荷物多くない? 一週間帰るだけなら、そんなに必要ないよね?」

「今日付けで社宅寮から追い出されちゃったから、帰る家がないんだよ。荷物が多いのはそのせい」

「えっ!? どういうこと!?」

「まあ、そのあたりも飲み屋についてから全部説明するよ」


 そう言って、芳樹と梢恵は近場の居酒屋へと向かうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る