エピローグそして彼が引き金を引く理由
私は黒いドアをノックした。
久しぶりにヒールを履いているような気がする。
「どうぞ」
男の低い声だった。
「失礼します」
私は男が座っているデスクの前に立った。
「お疲れ様。早速で申し訳ないのだが報告を君の口からお願いしたい」
「わかりました。遠隔汎用型サイボーグの戦地での移動は概ね問題ないと思われます」
「そうか、次回からは実際に武装させ戦地で運用することにしよう」
「はい。ただ、もしもまた死神のような敵が現れた場合には…、おそらく太刀打ちは無理かと…」
「問題ない。その際には再びエンジェルをぶつける。相手が死神をぶつけてきたのと同様にな」
「ちょっと待ってください、エンジェルと死神は相打ちになったはずです!この目で…サイボーグを通して見ました」
「そうだな、君の知っているエンジェルは死んだ…。だがなエンジェルは死なないのだ」
おそらく死神もな…、男は付け加えた。
「どういう意味ですか?」
「エンジェルというのはデータなんだ。昔、我が軍にいた最強のスナイパーのデータなんだよ。幼少期に大きな孤独を抱えた人間に偽りの記憶とエンジェルの人格を上書きする。孤独が大きければ大きいほど心の空洞に偽りが入り込む」
「そんなことをして良い訳がない…」
「良い訳がない…か、お前を含め私たちの仕事は人を殺すことだ。そのことに関してどう思っているんだ?人殺しはして良いことなのか?」
「それは…、それが私たちの仕事だから…」
「これも仕事だ」
「しかし、これは人権を著しく侵害しています。自分を捨てさせるだなんて」
「本人の許可は貰っている」
男はデスクから一枚の紙を取り出した。
そこにはおそらくエンジェルだった者の実名と指印が押されていた。
「そんな…」
男は立ち上がり私に背中を向けた。
「そういえば、エンジェルになる前に彼が言っていたことがあるんだ」
男の背中は少し寂しげだった。
『あともう少しで本物の人間が戦地に赴くことがなくなりますね』
「どういう意味だ?」
『だって、これからは遠隔でサイボーグを動かし、僕のように幸せになれない人間が偽りの記憶から大義名分を得て戦地へ赴くことになるのだから。大昔のように幸せな家庭に赤紙を送る必要がなくなる』
「君自身は幸せになろうとは思わないのか?」
『僕のような人間はダメです。何が幸せなのかわからない。その分、幸せの根本を知りたくなってどうしてもそれを分解してしまう』
彼は一体どのような気持ちでそんなことを言ったのだろう…。
私には一生かかってもわからないことなのかもしれない。
彼は幸せになること、そして最後には命すらも諦めた。
「三ヶ月後に新たなエンジェルと武装したサイボーグで部隊を組もうと思うが遠隔操作のパイロットとして君は参加してくれるか、柊」
私は黙って頷いた。
エンジェルは死なない @show_key
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