第5話戦場の匂い
戦場の匂いの方が公園より独特だ。本来、土地というのはその土地の固有の匂いに包まれている。しかし、そこに火薬の匂いが加わってしまうことで『火薬の匂いと混じった森林の匂い』や『火薬の匂いが混じった雨の匂い』のように全ての表現に『火薬の匂いが混じった~』と一括りに表現が出来てしまう。最初はこんな匂いは嫌いだったが今ではそんなに悪い気がしない。なんなら一週間ぶりのこの匂いは僕に懐かしさを感じさせていた。
そうだそうだ、ここが僕の居場所だ。
この匂いに僕の身体は呼応していた。
僕の乗っている軍用車は前の任務と同じメンバーに一人の補充が入り、再び六人になっていた。出発前のブリーフィングではじゃがいも男は「奴が来た」とゆっくり言った。その瞬間、部隊の空気が張り詰めた。
『奴』というのは僕たちの軍では「死神」と呼ばれているスナイパーのことだ。実力は死神と呼ばれているだけあってかなりのものらしく、僕と同等かそれ以上らしい。僕はあまり彼?とは対峙したことはないが僕が参加していた任務の敵側にいたということを後に聞かされることは何度かあった。
「休暇はゆっくりと過ごせました?」
僕の隣の座席に座っているヒイラギが言った。
「うん。ゆっくりと過ごせたよ。君はどうだった?」
少し攻めた質問をした。
「私も穏やかな日々を過ごすことができました」
「そう、それは良かったね」
「そういえば皆さんが装着している強化外骨格の人工筋肉には遺伝子操作を施した鳥類の筋肉が用いているようですね。どうして鳥類なんですか?」
ヒイラギは乗車している全員に投げかけた。
「あー、それはね」僕が最初に反応した。「筋肉というのは大まかに速筋と遅筋の二種類に分けられる。速筋は瞬発的な力を生み出すことができるがスタミナがない。人間で例えるなら短距離走に向いている筋肉だ。一方で遅筋というのはパワーは出せないが一定の力を長時間発揮できる。水泳するときやランニングに向いている。鳥は速筋より遅筋の割合が高い。強化外骨格はあくまで僕たちの補助として歩行などの疲労減少のため存在する。であれば長時間使用できることが求められる。その為、速筋より遅筋の割合が多い鳥の筋肉が用いられている。加えて鳥類の筋肉は大きさのわりに哺乳類の筋肉よりパワーが出ると言われている」
「へぇ~、さすがエンジェル物知りだなぁ。チキンには遅筋が多いんだ」
僕の後ろの座席に座っているサイガが言った。
僕には面白さがイマイチ分からなかったが僕とヒイラギを除く四人は面白がった。サイガは張り詰めた空気を一度和らげたかったのだろう。指摘はしなかったが、実のところニワトリのような飛べない鳥は遅筋よりも速筋の割合の方が多い。ちなみに僕たちの強化外骨格に使われている鳥はツバメだ。
「では、介護を目的として作られている一般向けの強化外骨格はどうして鳥類ではなくゴムなのですか?」
ヒイラギは僕に向かって言った。
「多分、採算が取れないだけだと思うよ」
僕が言った。
「それでは戦場では採算が取れるのですか?」
また一同が笑った。これには僕も声を出して笑った。
採算など取れるはずがない。
むしろ赤字だろう。
それなのにどうして戦争をするのだろう?
そんなことが僕の頭を一瞬だけよぎったが、そんなことにはあまり興味が湧かなかった。
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