(5)

 宿敵、結城依織とのフリスビー対決は二勝二敗のままもつれ込んだ。

「なかなかやりますね……」

 肩で息をする依織、かなりの投擲数を重ねたこともあり疲労困憊のようである。

「そっちこそ、小っちゃいくせにやるじゃない……」

 こちらも腕が痛くなってきた。こんな激しい運動をしたのは初めてかもしれない。


「二人とも今日は暗くなってきたしもうこの辺で……」

 伸治が止めに入ったが、

「まだやれる」

 依織の闘志は潰えていない。

「私もよ」

 意地になる早紀。自分にこんな負けず嫌いの性情があったのかと驚く。

「みんなー」

 美奈が呼びかけてきた。


「夕食の準備ができたから、今日は終わりにするようにってお姉ちゃんが」

「……仕方ないね。藍染さん、この勝負は預けておきます」

「フフ、いつでもいらっしゃい……」

 とりあえず、引き分けることとなった。

「それにしてもずいぶん長居しちゃったわね、保護者の方にも……保護者……?」

「藍染さん……?」


 あ……。


 自分がなにしにここにやってきたのか、ようやく思い出した。


 な、なにやってんの私⁉


 こんなしょうもない遊びにかまけている場合ではないはず、美奈に振り向いた。

「あ、あの……美奈ちゃん」

「はい、芽衣子お姉ちゃんが藍染さんもよろしかったお夕飯どうぞって」

「え?」

「ああ、姉ちゃんたち帰ってたのか。紹介しますよ」

 瞬がフリスビーをまとめて重ねて袋に詰めた。

「あ……」

「いいよね依織?」

 伸治が依織に訊いた。


「いいでしょう……。戦いが終わればのーさいどです」

「え、えっと……私は」

「ささ、どうぞ藍染さん。綜士兄さんもいますから」

「へっ⁉」

 なんという間抜け振りだろうか。自分が、円盤遊びに熱中している間に標的は既に帰宅していたのだ。


 ど、どうしよう……。


 向こうはもうこちらの姿を確認しているはず。どのように認識されたのか皆目見当がつかず思考が四方八方に錯綜する。

「どうしたんです? 綜士兄ちゃんに話したいことがあるんじゃないんですか?」

 怪訝な視線を向ける瞬。

「ははーん……」

 依織が不敵な笑みを見れば、冷や汗が出る。

「さては、臆したんですね。君とはもう終わった、とか言われるのが怖いんですね?」

 どうもこの少女は猜疑心から思い違いを重ねているような気がした。


「へ、平気よ、行ってやろうじゃない……!」

「それじゃあ、こちらにどうぞ」

 敵の本城にいよいよ上陸である。


 気を強く持つのよ……。


 果し合いに臨む武士の心境だった。



 夕食の焼き魚を並べ終わると、

「綜士、これもお願い」

 芽衣子がもう一皿、キッチン台に用意した。

「……? もう七人分置いてあるけど?」

「お客さんが来るの、今ロビーで待ってもらってるけど」

「外で遊んでたあの人……?」

 芽衣子がそういう誘いをしていたのは聞いていたが、まさか夕食まで一緒に食べる気になるとは、思わなかった。


「大丈夫? なんか……変じゃないあの人」

 今日、出会ったばかりの小学生と遊んで、その家の晩餐にまで乗り込んでくるとは尋常な精神の持ち主ではないように思える。

「大丈夫、ちょっと挨拶してくるね」

「うん……」

 リサがこちらに目を向けていたのに気づいた。お互い目線で、どうするか、意思を疎通させる。

「まあ、女の人だしそんな警戒することもないだろ」

 と思いたい。

「ああ、なんなんだろうなあの人……」

 リサも困惑しているようだった。




 階段前ロビーのソファに落ち着かない心地で、待機する。桜庭綜士は、あちらのダイニングと思しき部屋にいるのだろう。今頃、自分をどうシメるか算段を整えているのかもしれない。今になって踏み込んだのは軽率だったかもしれないと思い始めていた。


 大丈夫、大丈夫……。


 自分自身に言い聞かせる。

「あ……」

 とっくに門限を過ぎている。門限破りなど今まで一度もしたことはなかった。


 今さら引きかえせないし……。


 メールで澤村さんにクラブの用事で遅くなると連絡しておく。両親の事後承諾が得られるかやや不安だが、ここまで来て撤退という選択肢は既にない。


 あ……嘘ついちゃった……。


 嘘をつく、というのをやったのも初めてな気がする。


 耐えるのよ……瑞樹のために。


 彼女のことを想えば猛獣の住処でも気を強く保てる。手を固く握りしめた。ダイニングのドアが開かれ、誰かがやってくる。

「こんばんは」

「こ、こんばんは……」

 この間も少しだけ見たカチューシャの女性、年は自分と同じくらいに見える。


「今日は、依織たちと遊んでくれてありがとうございます。私、ここアルクィン聖霊館の寮長を務めております西羽芽衣子と申します」

「い、いえ、私こそ、ずいぶん楽しませてもらいました。藍染早紀です……嶺公院高校二年の」

「嶺公院の……。ご丁寧にどうも、私は、セントアンナ教学舍高等部三年です」

「え……?」

 セントアンナ教学舍、汐浦にあるミッション系の中高一貫の女子校と知っている。


「藍染さん、ご両親にはご連絡しました?」

「え、ええ、大丈夫です」

「それでは、こちらにどうぞ」

 芽衣子、という女性の後に続いて、ダイニングへと足を踏み入れた。


「……ッ!」

 敢然と辺りを見ると、ロングテーブルに六人ほど腰かけている。先ほど会った児童四名、そして、

 驚きでかすかに息を漏らす。西洋風の容貌の金髪の少女がこちらをじっと見ていた。瞬きしながら、早紀を見つめるその少女に、なんとなく気圧された。さらに、もう一人男性がいる。

「うん……?」

 ごく普通、といったイメージの同い年くらいの男。見たことがない顔だった。

あの桜庭綜士、という火傷痕のある男がいないか辺りを見渡すもこれで全員のようだ。


 もう帰ってるはずじゃ……この場にいないの……?


「さあ、そちらの席にどうぞ藍染さん」

「ええ……」

 奇しくも宿敵、依織の隣に座ることになった。

「それじゃ、食べながらお話ってことでいいでしょうか?」

「は、はい、私なんかに気をつかわないでください」

 そこで食事となった。

 楽し気に学校の話をする小学生をよそに、男と金髪の少女は言葉を発しないまま箸を動かしつつ、こちらの様子を窺っている。


 どうしたものか……。


「あのー」

「はい!」

 大声になり過ぎた。正面の芽衣子が目を丸くする。

「ご、ごめんなさい……」

「い、いえ」

 話しかけてきたのは金髪の少女だった。

「藍染さんでしたっけ? オレ、リサっていうんですけど」

「ええ、リサさんですね」

「今日は、どこで依織たちと会ったんです?」

「それは……」

「ここに来たんだよ、綜士お兄ちゃんに用があるんだって」

 逡巡していると、美奈があっさり答えてしまった。

「え?」

 向かい側右にいる男性が反応を示した。



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