(4)
「あら?」
向かいの椅子に依織がどすんと腰を落とした。
「見張らせてもらいます」
「フフ、どうぞ」
むっすり顔だが、こうしてみると、なかなか可愛げがある。
「依織ちゃん、だっけ? ここには何人で住んでるの?」
「今は、七人です」
「へえ、あまり多くはないのね」
「ええ、九月にお兄ちゃんが来て七人に……って! さりげなく情報を聞き出すなんてずるいです!」
「そんなつもりじゃ……」
とはいえ、意外な事実であった。あの男は、九月にここに来たばかり。元柳の住民だったはずだが、なぜこんなところに来たのだろうか。
「えっと、みんなは姉妹兄弟ってわけじゃないんだよね?」
「そういう血のつながりみたいなのはないですけど……家族です」
「そう……」
やはり訳ありの家なのだろう。
家族……ね。
本来、他人であった者同士が一つの家で暮らすために、そういう紐帯で結ばれているのだと思える。
「あの……、こちらどうぞ」
美奈がトレーに紅茶を入れてきてくれた。
「ありがとう、いただくわ」
叫んだこともあり、喉をよく潤してくれる。依織もカップを手に取った。
「どうですか?」
「美味しいわ、キャンディね」
「はい」
「ああ、お礼にどうぞ」
バッグから、購買で買ったお菓子を取り出した。
「ありがとうございます」
「あなたもどう?」
依織に向かって呼びかけるも、ジト目で睨まれてしまった。
「懐柔しようったってそうはいきません」
「難しい言葉知ってるのね」
クスリとわらう。
「あの……」美奈が控えめな態度で尋ねてきた。
「なに?」
「藍染さんは、綜士お兄ちゃんとどんな関係でいらっしゃるのですか?」
「ごめんなさい、私も会ったことはないの」
「ほんとぉ?」依織がいつのまにかお菓子を口に入れていた。
「ほんとだって……あ、そう言えば……一度だけ会ってるわね」
「また騙したんですね⁉」
「ちょっと勘違いしただけだって……それにろくに話していないのは事実だし」
軽く咳ばらいをした。
「その……桜庭綜士くんは、どんな人……かな?」
「……やさしい人です」
「そう……」
それを額面通りに受け取るわけにはいかない。人間誰しも裏の顔がある。
「家のためにいつも一生懸命になってくれて……お兄ちゃんもとてもひどい目にあったのにがんばれるすごい人だと思います」
「え……?」
ひどい目、とはなにを指しているのだろうか。
「そうだよね……。ずっと眠っていて、両親も死んじゃったのに……」
「……⁉ どういうこと……?」
「知らないんですか? 綜士、お兄ちゃん去年の元柳のお祭りで大怪我をして、こんすい……状態だったんです」
唇に氷が張りついた。あの日宮祭のテロ事件のことと見ていいだろう。
「それで、目が覚めた時には、ご家族の人たちもみんないなくなって、一人ぼっちになっちゃてて……」
「……」
「ちょっと美奈!」
「あ……ごめん」
あの男にも辛い過去があったのだろう。だが、そうだからといって瑞樹への執着を認めるわけにはいかない。
手前の草むらで、男の子二人がなにかの準備を始めた。塀の内側に数字が記入された的を設置し、取り出したのは円形の物体。
「あれ、フリスビー?」
「そうみたいですね」
依織が席を立つ。
「二人とも宿題は終わったの?」
お姉さん気取りの言い様に頬が緩んだ。
「ばっちりだって。依織もやるか?」
瞬が、フリスビーを投擲する。きれいな弧を描いたフリスビーは見事的の数字を貫いた。
「ほ……」
自分の家ではああいう遊びはさせてもらえなかった、と思った。
「美奈も来いよー」
チラリとこちらの様子を窺う美奈。どうぞ、と顎を振ってみせた。
しばらく持ってきておいた小説を読んでいたが、あの男はまだ戻らないようで、段々暇になってきた。
「やっぱり今日は帰るか……キャア!」
円盤が、テーブルに不時着した。
「あ……ごめんなさい……」
美奈が頭を下げる。盛大に暴投したようだ。
「い、いいのこのくらい……」
「お姉さんもやりませんか?」
伸治が呼びかける。
「……」
ちょっとやってみたくなった。腰を上げる。
「これを投げてあの的にぶつければいいの?」
「ええ、五枚投げて得点差を競うんです」
「よし……」
要領は呑み込めた。ボール遊びは得意ではないが、これは軽いから大丈夫だろうと思って、
「えい!」
投げた円盤は大きく的をそれて壁にはじかれた。
「あ……」
「アハハ、お姉さん運動はダメダメなんですね」
依織が得意顔で笑いながら煽ってくる。こちらもムキになってきた。
「見てなさい……!」
一意専心して、指先の神経に意識を集中させる。
「ふん!」
普段の装った自分を解き放って、本能的感覚のままに投げたフリスビーは、見事中央の的を射抜いてみせた。
「やった!」
「おお!」
子どもたちが感嘆の声を上げる。
「フフッ……」
依織に流し目を送ってさっきのお返し。依織がぐぬぬと悔し気に口元を歪める。
「お姉さん、私と勝負です! 私が勝ったら綜士お兄ちゃんのことは諦めてください」
「へえ、じゃあ私が勝ったら……なにかくれる?」
「美奈がチューしてくれます」
「い、依織ちゃん」
悪くないわね……。
と判断した。
結城依織とのフリスビー対決の幕が上がった。
公会堂から車で帰路についた綜士と芽衣子。聖霊館が見えてきた。手前で停車すると、シートベルトを外してドアを開けた。
「正門、開けてくる」
「うん、お願い」
鍵を回して門を開けようとしたら、リンリンとベルの音がした。向こうから自転車がやってくる。
「お……」
ちょうどリサも返ってきたようだ。自転車かごには大きな段ボールが収まっている。
「ただいまっと」
リサが自転車からひょいっと降りた。
「お帰り、ずいぶん大きいけどなにもらったんだ?」
「出張先で手に入れた乾物やらお菓子やらだって」
「そうか、今度お礼言いに行かないとな」
「うん」
門を開いた。
「ただい……あれ?」
庭の奥の一画がなにやら騒々しい。依織たちがなにかの遊びで盛り上がっている。
「……?」
目を凝らす。知らない客人と思しきロングヘアの女性が一人いる。
「なにやってんだあいつら?」
「さあ……」
なにかの円盤、フリスビーだろうがそれを投げる試合のようなことをやっている。とりあえず車をガレージまで誘導することにした。
「見た⁉ 二枚同時よ! 同時!」
「甘いです、総合点ではまだ私の方が上です!」
依織と壮烈なバトルを繰り広げている謎の女性。瞬と伸治も白熱した様子で賑やかしていた。
「お帰りなさいお姉ちゃんたち」
美奈が駆け寄ってきた。
「ただいま、あちらの子はお友達?」
「うん、さっきからそう」
「……」
沈黙する三人。子、という年齢でもない気がする。綜士や芽衣子と同じくらい、高校生ほどの年に見えるが、年の離れた友達だろうか。かなり熱中してフリスビーで依織と勝負しているようだ。
「ふーん、楽しそうだな、ずいぶんおっきなお友達みたいだけど」
リサがなんともいえない声で述べた。
「ああ……あの人って小学生……じゃないよな」
「さっき知り合ったの」
たまたま知り合った小学生と意気投合して、遊んでいると解釈していいのだろうか。
「まあ、邪魔しちゃ悪いし、私たちはお夕飯の準備にしましょう」
「そうだね……」
どうにも気になるが、火花を散らす二人の戦いに水を差すこともないだろう。こちらに気付く気配もない四人を横切って本館へと入った。
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