(5)
月曜日、結城依織は五限の体育を終えると更衣室で着がえて、教室へと戻った。これから委員会となる。依織は飼育委員会に属しており、ウサギや鶏の世話をすることになっている。
喧騒の絶えない小学校の廊下を歩きながら、あの件での進展を瞬たちが教えてくれないのが気になっていた。今朝がたも、美奈へのいじめへの方策を話し合おうと呼びかけたが、ちょっと忙しいと断られた。不人情だと憤ったが、今は少し別の方向で嫌な予感を感じている。
瞬たち、ひょっとしたら……。
自分には知らせないまま、事態の対処に当たるのではと疑い始めている。瞬が同盟という組織みたいなものに属していることはしっている。ただ女の子は入れないようで、内部でどんな話しをしているのかは、間接的にしかわからない。
彼らについては、穏やかならぬうわさもある。同盟の子どもをいじめた相手を徹底的にリンチにかけるなどして何人か転校に追い込んだだの、悪い意味で昔気質なところなどである。
施設の子どもというだけで自己防衛意識が高いのはわかるが、聖霊館は家族が暮らすところと依織は考えている。瞬には、あまり似た境遇であるというだけで同盟内輪の結束を持ってほしくはない。
教室の戻ると、それぞれの委員会に向かう。この日は帰りのホームルームはなく、各自の委員会が終わればそのまま下校となる。
「……?」教室を見回す。
瞬と伸治がいない。鞄もない。既に委員会に向かったのだろうか。
先ほどの予感が依織の心の中で膨れ上がっていく。クラスメイトに尋ねてみることにした。
「ねえ、瞬たちしらない?」
「一橋と清水? 今日は体調悪いから、委員会休んで帰るって。まあ、サボりだろうけど」
ゲラゲラ笑う男子、一方で依織はますます焦燥を募らせた。よく見ると瀧清秀の鞄もない。彼は同盟のリーダーとうわさされている。
「瞬……!」
教室を飛び出して、知り合いの蓮華園の女子に当たってみることにした。
「あの!」さっそく一人見つけた。
「おわ、依織ちゃん? どったの?」
「今日……なにか聞いてない?」
「なにかって?」
キョトンとする女子。
「蓮華園の男の子たちでなにかやるとか……」
「ああ……なんか言ってたな。昨日もうちの大部屋でなにか話してたし」
もう確定と見ていいだろう。
「ありがとう!」
そのまま5年生の教室に向かって疾走した。
「美奈!」
美奈の教室のドアを開くや、叫んでしまった。何人の下級生があっけに取られていた。
「ど、どうしたの依織ちゃん?」
美奈が駆け寄ってくる。取りあえず姿は確認したが、冷静に考えて、瞬たちがあの岡部とかいう男子に制裁を加えるなら美奈に知らせるはずがない。迂闊な真似をしたと歯噛みした。
「えっと美奈……」
「なーに?」
「ちょっと廊下に出てて……」
「なんで?」
「いいから出る!」
「わあ!」
強引に美奈を引っ張り出すと、こちらを見ていた男子一人に詰め寄った。
「ねえ!」
「は、はい!」
驚かせてしまったようだ。
「え、えっとね、岡部って子はまだいる……?」
「……ああ、あいつならもう帰りましたよ」
吐き捨てるような声音だった。クラスでも白眼視されていることがもうわかる。
「まっ委員会なんであいつが出るわけないですけど」
「そう……。ありがとう」
教室を出ると、美奈がわけがわからないという顔になっていた。
「依織ちゃん、なにか……あったの?」
「う、ううん……。私、ちょっと体調悪いから今日は先に帰るね」
これで体調が悪いなどよく言えたものだと思う。しかし、瞬たちはもう動き出している。早く追いついて止めなければならない。
「それじゃ……」
身を翻して、昇降口へ向かおうとしたところ、
「待って!」
美奈に手を取られた。
「み、美奈」
「私も行く……」
はっきりとした声音で美奈はそう言った。
聖霊館前では17名ほどの子どもたちが集合していた。ほとんどが汐浦南小学校の生徒であり、卒業生である中学生も何人か応援に来てくれた。
「俺たちはあくまで後方支援、つーか横やりが入った場合の保険だ。直接手は出さないつもりだが、ヤバい時は頼ってくれ」
蓮華園の中学生はそう述べた。
「わかりました、ありがとうございます」
あんな雑魚を片づけるのに援軍などいらないが、手下ともども恐怖と絶望を植え付けるには人手がいる。自分たちが組織であることを思い知らせねばならない。
「偵察隊から連絡が入ったぞ、ゴミが学校を出たそうだ。10分くらいで処理場に来ると思う」
清秀が携帯を見ながら話した。
「よし、そろそろ……」
行くかと、言いかけたが思わぬ人物が開けっ放しの門の向こうからやってきた。
「瞬……?」
綜士がやってくる。伝えられていた時刻よりも早いが、空の暗雲を見て洗濯物を取り込むために早めに帰ってきたのかもしれない。
「綜士兄ちゃん、お帰り」気取られないように普通を装った。
「ただいま、えっと、あの子たちは……?」
「友達……俺たちちょっと出かけてくるから」
早く出た方がいいと、目で伸治に合図を送った。
「……うん」
伸治の様子を確認しないまま歩き出す。
「夕飯にはちゃんと間に合わせるから」
踵を返して、外に向かった。
「あの人は?」
清秀が伸治に問いた。
「あのお兄さんはここに来たばかりなんだ」
話したところで止められるに決まっている。
「わかった」
道路に出ると全員が集まってきた。清秀が大きな声で号令をかけた。
「よーし、タマ取りに行くぞ!」
「おお!」
開戦のウォークライを上げてから、戦地への一歩を踏み出した。
美奈の手を握りながら、聖霊館へとひた走る。瞬たちが岡部をやっつけに行ってしまったらもう探しようがない。出る前になんとかして捕捉しなくてはならない。
「美奈、大丈夫?」
息を切らしながら、握った手の先の主を見る。
「平気、いそご」
結構苦しそうだ。お互い運動はあまり得意じゃない。
ようやく聖霊館前までやってきたが、人の気配はない。
「うそ……遅かった……?」
あるいは自分の勘違いでは、思いかけたが、
「依織ちゃん、瞬たちに電話してみたら……」
なぜそれを思いつかなかったのか、即座に携帯を出してコールしたが、
「ダメ、電源が切られてる」
ということはやはりである。伸治のほうにもかけてみるが、マナーモードになっていた。
「ああ……」
これではもうどこにいるかもわからない。
「瞬と伸治……危険なことしに行ったんでしょ……」
美奈が泣き出しそうな顔になった。
「だ、大丈夫だよ……」
なんの根拠もなしにそんなことを言ってしまった。
「みんなに伝えないと……」
「……そうだね」
もう躊躇っている場合ではない。ドアを開けて靴を確かめた。まだ芽衣子もリサも帰ってはいないようだ。ただ、
「綜士お兄ちゃん……いるみたいだね」
「うん……」
この家に来たばかりの彼にこんなことを相談しても困らせるだけではないだろうかと、右顧左眄する。
「私、瞬たちを止めるよう頼んでくる」
美奈の方が自分より決断が早かった。
「わかった……」
正直なところ彼の顔を見ると緊張からまともに話せなくなってしまう。
二階まで駆け上がり、綜士の部屋を思い切ってノックした。
「……そうしくん! ぞうしくん!」
手が痛くなるほどの力を込める。
「はい!」
綜士の声が室内から飛んできた。ドアが開かれる。
「依織ちゃん?」
外着のままで帰って来たばかりのようだ。
「ど、どうしたの?」
「い、今家に、お姉ちゃんもリサちゃんもいなくて……! そ、それで……そ、ぞうしくん! 大変、大変なんです!」
「お、落ち着いて……」
両肩をつかまれ、綜士の顔が近づいた。申し訳ないが怖い。
「しゅんが……! 瞬が……」
「瞬が……なに?」
言葉がまとまらないうちに美奈が一歩踏み出した。
「瞬たちを止めてください!」
絶叫する美奈、綜士も大変な事態になっていることを認識したように見受けられた。
「止めてって……?」
「実は……」
これまでの経緯をかいつまんで説明した。青ざめる綜士。
「そ、それで、みんなはどこに?」
「わからないんです!」
美奈が涙声で叫ぶ。依織も焦りと疲労で意識が遠のきそうだった。
「携帯は?」
「瞬は切ってて……伸治も出てくれなくて……」
綜士が自分の携帯を取り出した。
「ここは……」
口元を押える綜士、ピンと来たといった顔になった。
「二人は河川敷の辺りにいるみたいだ、行ってくる」
「な、なんでわかるの?」
「以前、入院していた時にGPSで見つけてもらったことがあってね」
その手があったか。伸治は電源を入れているんだから、わかるだろう。
「ただ今は戦争のジャミングで精度が怪しくなってるから急がないと……!」
階段を下る綜士を追いかける。
あまり期待してなかったが、存外頼れる男なのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます