3 登場
高弟の一人が道場の神棚の右にある陣太鼓を叩いた。
どーんという音(ね)に導かれ、林太郎の祖父がゆっくりと道場に入って来た。神棚の前の式台に上がり胡座をかいた。
その前を開けて左右に並ぶ十数人の高弟達が、胡座を正座に直し親指と中指を合わせ輪の様にした形で指を突き、礼をする。爪甲礼(そうこうれい)の一種で新陰流独特の戦の陣中での礼法だ。凛とした厳しさが道場を支配した。
林太郎の祖父は、柳生新陰流の祖、柳生石舟斎(一五二七~一六〇六)も斯くあったろうと思うほど威厳に満ちていた。
道場の入り口から、林太郎がしずしずと出てきた。剣道の丸袖の蒼い胴着と、綿のこれまた蒼い折り目がきっちりと付いた袴を履いている。現代剣道とは異なり、袴の腰帯の下には幅が細めの角帯を三重(みえ)に巻いている。腰の後ろ帯を丸めて背中との間に袴の腰板止めを刺すので、腰板の下の袴の後ろが盛り上がり、お尻が突き出ている様に見える。さらに背中を反るように伸ばしているので、林太郎のその姿はキュートで女性的だ。
高弟達の視線が一斉にあいつを刺した。
俺の横の連中からほおという溜め息が上がった。カメラマンが腰を上げて、いざって高弟の列の最後部に近づく。
「おい、まさか・・・本人が出てくるとはな!」
記者達が小さい声で囁き合った。
新陰流の印可授与があると嗅ぎつけて来たこの連中は、師範代の老人が、サッカー界で活躍し、その後ハリウッドに行って大スターになった柳生林太郎の祖父であることは知っている。しかし、まさか、あいつが印可を受ける本人とは思わなかった様だ。
「やったぜ!これは・・・武道雑誌なんかより女性誌に高く売れるぜ!ひっひっひ!なんちゅうラッキーだ!」
撮影はビデオは許可されず、一眼レフのカメラだけだった。
古武道は、修行者以外は一切、稽古内容を明らかにしないのが幕末までのしきたりだった。しかし、世の中が武道を必要としなくなった現在は、後継者の問題が常に深刻について回る。特に四百年の歴史を誇る新陰流はその教えを後世まで伝えるために、敢えて稽古や奥義を公開する様になった。
しかしその技は、依然としてたゆまぬ修行と高度な身体動作を要求するものであり、物まねをしても会得は出来ないのだ。
入門して十年でやっとその入り口に立てると言われている。
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