2 道場にて
かくして俺は湘南の長沢にあるあいつの祖父が経営する道場を訪れた。
林太郎はカリフォルニアから一週間前に帰っていて一心に祖父から技の全てを教えられていた。そして十二月二十三日にその技を披露して印可を受けるのだ。ただ、まだ二十歳そこそこの若い林太郎は仮師範代として、道場に定住はしないとしていた。
林太郎の祖父は、まだやりたいことがある青年の夢を絶つ様な堅物ではなかった。『屋根の上のバイオリン弾き』の老主人公の様に時代の流れを受け入れているタイプの人であった。
当分は四十代、五十代の高弟達が師範代となり、名古屋の主家と連携する。
だが、納得していない者も中にはいる。
林太郎は印可を受けるには若すぎるという意見だ。あいつは、何十年も修行している剣の男達を納得させなければならないのだ。
俺はこの状況を林太郎から聞いていたが、道場に居並ぶ一部の剣士達の目つきを見て心臓がどきどきしてきた。
(こ・・・これはとんでもない所に来ちまった!この緊張感はまるで真剣勝負だ!)
古来、道統を継ぐという事は並大抵の事ではない。剣を極めるということも大変なことだが、その技を他人に伝えるということはどんなに困難なことか。
人それぞれには個性がある。
それと同じように太刀を振る動作にしても各人、癖がある。最初に正しく教えられても、それが時間が経つ内にどんどん変化して最初の振り方と全く違うものになってしまうことは良くある。
この時、それを矯正し正しい形に戻す事が出来る能力が、印可を受けた師範代には求められるのだ。
そして師範代自身が常に正しい振り方をやってみせなければならない。武道は口で幾ら言っても駄目なのだ。やって見せてなんぼの世界なのだ。
道場の下(しも)には俺の他に剣道関係や武道雑誌の記者とカメラマンが数人いた。そして地元の剣道少年らしい子供達と教師も数人正座している。始めはニコニコしていたが、高弟達の殺気を感じて少し緊張気味だ。
老武道家が後継者に印可を授けるという行為は特に公表した分けではないが、現代では珍しいことである。どこから漏れたか知れぬが、地元の彼らに伝わったのだ。
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