第17話 獣の本性
拳にフィンガーグローブを嵌めて、軽く拳同士をガンガンと打ち付け鳴らしアタシはリングの上に登った。
相手──というよりも懲罰対象者の三人を一瞥した。
一人は轟タケル。狂乱の一言で片の付く気が狂った表情で炯々と目を輝かせて頬が裂けんばかりに笑顔を浮かべていた。
そして轟に対峙するように立つ男二人。革命兄弟、暫定的に『“
「風紀員が一体何の用かな?」
「風紀員でも委員長である爆川あかね殿自ら出向くとはいったい何の用で」
「闇喧嘩の取り締まりだ。お前たちは作法を守らず喧嘩をしている。喧嘩のルールを守れない奴は地獄にも行けないぞ」
二対一の喧嘩は無作法。正しく礼儀知らずと言えよう。
口が二つになれば紡がれる
罵詈雑言、一方的な主張のぶつけ合いで見るに堪えないそれに国民もほとほと嫌気がさしているだろう。
それを制するのは喧嘩でも国会中継でも一つだけだ──威力、
発言者の確固たる意志を主張、それを捻じ曲げない信念のそれが心と言うものだろう。
喧嘩もそう、己の拳がモノを言う。
命一、命二の双方が別々の相手に向かって構えた。
一人はアタシ、もう一人は轟に。
八面六臂。完璧完全な構え。どれだけ多方向から攻めようと全方位をカバーする二人だからこそ出来うる戦略。
攻め難く守り易い。正しく肉の城、筋肉の城壁。
アタシも構えた。
腕を前へ、拳は完全に握り切らず、ゆで卵を握っているかのように優しく無を包むように。
完全に拳を握ってしまってはいけない。完全に握った拳の指には腕に力を戻す作用があるからに、それを避けるために完全に拳は握り込まないのだ。
力を打ち出す方向と、肉体の伝わり易い筋肉構造を把握していなければ完全なパンチは繰り出せない。
アタシの場合はそれだけでは足りない。ただでさえ女という人間の構造的に喧嘩に物理的に差のある人種なのだから、より強い力が必要になってくる。
故にアタシの流儀は二つ──截拳道+カポエイラ。
聞き慣れない武術だろう。截拳道はかの有名な映画スターのブルース・リーが使っていて有名だろうが、カポエイラは元はと言えばブラジルの奴隷たちが看守の目を逃れるために手枷を付けたままダンスに見せるように足技を突き詰めた技だ。
立派なブラジルの文化であり無形文化遺産にも指定されている。
格闘技と音楽、ダンスの要素が合わさった革新的とも取れるアクロバティックな足技を繰り出すのかと思うだろう。
しかし截拳道とカポエイラの相性は悪い。
截拳道は下半身の使用稼働率は低い。より素早く上半身を動かすために素早い摺り足にじり足を重視している。無論蹴りもあるが専らが上半身の運動に依存している。
対するカポエイラは截拳道の素早さとは埒外。リズムと大きな可動域を持った下半身から繰り出される蹴り技が特徴だ。
上半身が主体の截拳道、下半身が主体のカポエイラ。双方が双方必要とされているモノが全く違う。
だがこれも先達たちが残した技であり新たにそこから編み出すのも後進を歩む者たちの宿命。
アタシは編み出した。カポエイラに使われる独特なリズムを心臓の鼓動に照らし合わせ蹴り、鼓動の隙間を埋める拳を振るうカポエラジークンドーを。
飛び込むようにアタシはリングに腕を打ちて体を回転させ、全身を使った蹴りを放つ。
足の力は、腕の4~5倍の力を発揮する。
人間という不安定な二足歩行生物に進化する為には強靭な足が必要なたに足の筋肉量がより多くなるのは必然だろう。
それから繰り出される蹴りを侮ってはならない。
カポエイラ特有のリズムとステップを崩し我流に組み直し、繰り出されるこの蹴りは必勝の一手でもあった。しかし──。
「ぬッ、フッ! 軽い! 軽いぞ爆川あかね風紀委員長よ!」
「その程度で落ちるほど我々は柔な鍛え方はしていないのでな!」
「こちらこそこの程度で脱してくれるなよ。革命よ!」
所詮は小手調べ。この程度でノックアウトされるような柔なAランクいて堪るか。
この程度の軽い蹴り、カポエラジークンドーにとって小手調べもいい所。さらにギアを上げて攻めに入る。
回し蹴り、その後に蹴りを入れた足を強くリングに踏みつけて──諸手突き。
綺麗に鳩尾に入った感触があった。だがまだだ。攻めの手を緩めるにはまだ緩い。
肘鉄で首筋を狙う──しかしだった。
グシャリと嫌な音がリングに響く。
「っ!?」
アタシの見た光景。それに愕然とする。
ブリッチの状態でそれを掴み上げ叩きつけている革野命二。掴み上げられて脳天より墜落しているのは何を隠そう──轟タケル。
ジャーマンスープレックス。まさかあの大技を喰らったのか? アタシとあれだけの喧嘩をした男が、予備動作も容易に読み取れる大技に易々と掛かるとは思えなかった。
だが、心当たりはあった。
奴の技。あの肩甲骨を回転させて繰り出すあの技は少なくとも準備の予備回転が必要になってくる。
恐らくだが、その暇を轟は得られていないのだ。
あの技の特筆たる肩甲骨の回転を得られなければそれはただの無用の長物。意味がない。
恐らくここまでやって来てそれは轟自身が重々承知したはずだ。しかしこのような状況に至っているのは等しく言える事は──それしか知らないのだ。
あの技しか知らない。故に他の技を繰り出せないのだ。
「他愛無い。他愛無いにも程があるぞ。“
その声に応じるように飛び起きた轟。まるで獣のそれの表情で血眼に、必死に、懸命に、死物狂いに革命の片割れへと飛び掛かった。
もう型など存在していなかった。
引っ掻いて、噛みついて、組み付いて、醜く無様な幼稚な喧嘩のそれであったがだがしかしその喧嘩に賭ける心意気だけは必死で懸命──決死に挑みかかっていた。
もう見るに堪えない。
技ある高等な高尚な拳の語り合いではない。ただ単に感情を全身で表現する幼児のそれと同じで芸がない。
「ア”アアアアアアアアアアッ!」
最早言葉も忘れ去ったのか。頭の血管が切れて誰の声にも耳を貸さないその様子にアタシは即時に判断した。
危険だと。この闇喧嘩の制裁以前に、この男を止めなければ轟タケルを止めなければただのケガ人だけでは済まない事になりえる予感があった。
「止めろ轟タケル! 喧嘩の承認は行われていない。これは闇喧嘩だ。貴様も処罰の対象にするぞ」
「そうだ! 目ぇ覚ませ馬鹿野郎が!」
外野より飛んでくるその声の主は三河リョウであり、取り巻きも轟を止めようと声を上げていたが当の轟タケルにはその声の一切が聞く気が内容であった。
聞えていないのではない。聞く気がないのだ。
聞いてなるものか、聞かずしてこいつらを潰す。そう言った意志が滲み出ているようですぐにでも革野兄弟を叩き潰せるのならばそうするといった雰囲気を漂わせていた。
無謀だ。無策だ。まったくもっての蛮勇だ。
やる気十分。殺る気も十分。
過度な興奮。過度な狂騒。冷静さを欠いた無意識的な敵意にも似た攻撃性を全身に滾らせている轟タケルにアタシたちの声はあまりにも遠すぎる。
この主張を届ける方法は一つしかないように思えた。拳しかない。
目には目を歯には歯を──拳には拳を。語る言葉は言葉で紡ぐ打撃の衝撃と痛み。
その二つで織り為されるのが喧嘩のいい所であり悪い所。やるしかない。
この狂気にも似た殺意を抱いた獣に拳の意味を叩き込む──覚えの悪いケダモノは体に教え込んでやるしかない。
拳を構えて打ち込もうとした瞬間だった──。
ボシュッ──という音と共に部室中を瞬時に覆う白い煙。
「っ!?」
「何事!」
「不届き千万なり!」
混乱するプロレス部たちの声。アタシも混乱した。
白風景の中で聞こえたのは混乱の怒声。その中に潜む喧騒の冷静沈着な支持の声。
「あのバカ黙らせろ!」
「了解っス!」
「グギャアアアアアアアアアッ!」
轟タケルの悲鳴の声にバタバタと暴れるその光景が脳内に浮かび、アタシは拳を轟タケルのいるであろう場所へ打ち込んだ。
しかし手応えはなく、感じ取ったのは粘膜の激烈な痛みだった。
「ッく──ぅうッ!」
目や鼻に突き刺さり焼いてくるような痛みだった。拳で繰り出す技ではない。
これはもっと別のそれだ。
涙と鼻水が猛烈に出そうになり、目も開けるのもやっとになりそうだった。
ゴシゴシと眼を袖で拭いリングを視認した。薄っすらと薄らいだ煙の中に見えたのは、何かを大人数で抱えてプロレス部部室から逃げていく何者かの姿だった。
「み……水ぅ……」
体が動かせない、というより力が入らない。顔の筋肉も満足に動かせず目と鼻が猛烈に痛い。
涙がボロボロ出て涎も止まらない。俺が涎も涙も鼻水も体中の汁という汁が顔から噴き出している最中に視界に入り込んできた顔は見知った顔であった。
「どうだい。化学部特製のCNガスとパンクロニウムの高分子ダブルアタック生き地獄は」
「し……し、死ぃぬぅ……」
口から漏れ出る俺の情けない微かな囁き声に、三河の顔は嬉しさと同時に怒りの感情も見て取れた。
「やってくれたなぁ。ええ?」
パンッ! と動けない俺の顔面に諸に張り手で叩きつけてくる三河。
当然動けない俺はそれを甘んじて受けるしかなく。ヒリヒリとしたい痛みが徐々に右顔面に浸透してくる。
「あれだけよう」
パンッ! 。
「大口叩いてよう」
パンッ! 。
「あのボロ負けとはどういう了見だぁ? ええ?」
「水ぅ……」
「当分それでいろ馬鹿野郎が」
喧爛性マーシャルアーツ 我楽娯兵 @mazoo0023
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