第10話 セイの香り

「────」


 俺は目を覚ますとそこは清潔なベットの上だった。

 記憶がまるっきり飛んでいる。現状どういう状況なのかまるっきり分からない。

 体を動かすとズキリと頸が痛んで俺は呻いて体を何とか起こした。

 辺りを確認するとそこは病院とでも言えばいいのか。俺の手首には点滴のチューブが伸びており、ぽたりぽたりと輸液されている。

 白い薄いカーテンから照明の薄明りが入り込んで、後ろを見ると何やら機器が音を一定刻みで音を鳴らしていた。

 俺は死んだのか? そんな勝手な妄想が広がりそうになったが、ナースコールのボタンを見つけたのでそれを押すと。


「お目覚めですかー」


 俺とさして歳が変わらないであろう女が現れてきた。


「ここ、どこ……?」


 俺は素朴な疑問を口にしてベットから降りようと体を動かす。

 しかしその女は俺の体を押さえた。


「あんまり動かないで下さーい。首痛めてますからねー」


「…………あぁ。そうか」


 思い出した。俺は喧嘩をしたんだ。

 あの化け物みたいに喧嘩が強い女子。風紀委員長の爆川あかねと喧嘩をして首へ肘鉄下ろしを喰らって気絶したのだ。

 ぼんやりとした記憶が徐々に鮮明になっていく。


「やっ──ちまったぁ……」


 あの時完全に俺はプッツリ切れて手の付けられない程キレ散らかして暴走した。

 不必要な喧嘩だ。ボーイスカウト部との部活対抗乱闘だけで片は付いていた筈だったのに。

 結果として招いたのは俺自身の奴隷落ちだ。


「フッ──俺に肩でも揉ませようってか」


 安っぽい奴隷の想像しかできない。エジプトの重労働で大岩を大勢で引いて巨大建設物を作ったり、それこそ家畜のように扱いを受ける。そんな安っぽい想像だった。

 ふとベットの脇に置かれた棚を見ると、俺の荷物、と言っても財布しかないのだがそれの横には──学生証があった。

 おかしいな。喧嘩に負けて奴隷になった生徒は勝った生徒に学生証を奪われて奴隷の証明を受ける筈だが、俺の手許にある。

 学生証を手に取ってそれを見ると表記が変わっていた。

『二年乙組、轟武瑠タケル。学生番号09006。所属部活ワンダーフォーゲル部。上記の物は当校の生徒であることを証明する。──Bランク92位』


「ランクが上がってる……」


 ランクの変動は、部活対抗乱闘の影響だろう。あの大人数相手とAランクを倒した事が影響しCランク一足飛びに飛び越えてBにまで押し上げられたのだ。

 他の生徒ならば声を上げるであろう判断であったが、俺にとってはどうでも良かった。

 喧嘩の優劣など毛ほども気に掛けない。弱くても強くても、俺は俺の波長と合う人間と和気藹々とするだけだ。


「体に変な違和感ないですかー」


 女医もどき……、恐らく極天地の生徒なのだろう。

 胸に付けられた名札は学生証であり、所属部活が保健委員会となっていた。

 極天地学園は極天地附属病院という病院が敷地内に隣接している上に、その運営に生徒と理事会が携わっている為に、乱闘や喧嘩の実情が外部に漏れない要因にもなっている。

 何が憎たらしいかというと、この附属病院、設備規模だけでいえば一介の国立病院や赤十字を越える最新鋭機器や医療体制を敷いている為に他に行くよりもここで治療を受けた方が完治する率が確実に高いのだ。

 看護師看護婦は基本的に研修医扱いの極天地学生が務め、手術等々の大掛かりな業務は医師免許を持つ女医、俺が入学検査でM検をしたあのエロい女医が執刀するのだ。

 医師免許も麻酔医としての免許もこの学園で一括して大学に入学させこの病院にリクルートしているのだから質が悪い。

 俺達は一言でいうのなら医師志望の学生のモルモットだ。


「腹が減りました」


「そうですかー。もうすぐ昼食何で待っててくださいねー」


 非常に間の抜けた喋り方をする生徒だ。名前を確認してこいつは俺の担当から外してくれと言いたくなるほど間が抜けていそうな喋り方だった。

 時計があったのでそれを確認すると、部活対抗乱闘から丸一日は経過している。

 道理でケツが痛いわけだ。丸一日ベットの上だと床ずれもするだろう。

 少し頭の整理をしよう。いろいろと事態を悪化させ過ぎた。

 まず俺は部活対抗乱闘と勝って、爆川あかねに喧嘩を売ったて負けた。そこまでは覚えている。

 だが止めの一撃を喰らってここに担ぎ込まれた事を覚えていない。気絶したから……山懸が附属病院に担ぎ込んだのか? 。と言うかここは本当に附属病院なのか? 。

 ここに入れられるまでの記憶がないのだ。まったく違うところに担ぎ込まれた……というよりも極天地学園というバカみたいな学校の悪夢を見ていたのでは、そう思えた。

 ゾッとする。あの長い経験は──もしや悪夢? 。

 ブルッと体を振るわせたとき、シャッとカーテンが開いてそこにいたのは──。


「轟君! 目が覚めたんだ!」


 元気溌剌の鮫島だった。

 ホッとする。変な夢で片付けずに済みそうだ。


「おう。久しぶり……ってほどでもないか」


「一日ぶりだよ。──僕たちには久しぶりに近いよ」


 俺は少し気まずく、頭を掻いて鮫島の顎先をチラリと見た。

 やはり絆創膏が張られ、僅かに皮膚が赤みを帯びている。俺のせいだ。


「その……悪かったな。急に殴ったりして」


「ぁ……うん。いいよ。そんなに痛くなかったし」


「気絶してたろ。力込めて殴り過ぎた。悪かったゴメン」


 人に向かってキチンと謝罪なんて今までどれだけしてきただろうか。両手足の指の数だけあれば良い方で、謝るよりも先に手を上げ続けてきた俺には不慣れで謝るのもぎこちない気がする。

 人を殴ることでしか意味を語ってこなかった弊害だ。もっと人とコミュニケーションを取っていればこんなぎこちない事はないだろうが、やっぱり悪い事をしたならば素直に謝ならんければなんだろう。


「そんなに謝らないでよ轟君。あ! そうだそうだよ。あの部活対抗乱闘で僕たちの部室を新築する事が出来るようになったんだ!」


「え? あの燃えた?」


「うん。部長がね僕たちの勝った時の条件にボーイスカウト部の部費を今後永遠半分渡す様に条件だししてたんだ! ボーイスカウト部は大部活だし、部費が相当入って、新築することが決まったんだ!」


「そりゃあ……よかった」


 いつまでも野晒しで野宿をすることは勘弁だと思っていた所だった。

 キャンプ道具があるにしろいくらテントの中でシュラフに包まろうと石凹まみれの地面で寝るのは背中が痛い。きちんとした部屋で寝るのがいい。

 衣食住は人間には必須だし野晒し雨曝しの風通しのいい場所で寝るのは体調を崩す原因だ。


「鮫島さあ。学生証って──」


「あ、うん! 見てよこれ!」


 鮫島は嬉しそうに学生証を見せてきた。

『Bランク93位』と俺と同じようにランクが上がっている。やはり部活対抗乱闘がランクの変動に影響していたのだ。


「俺ってさ……爆川に喧嘩売ったよ……な?」


「うん。らしいね」


「なんで奴隷に落ちてないんだ。これ俺の手許にあるってことは勝ったのか?」


「部長から聞いた話じゃ。あの喧嘩は引き分けドローになったみたいだよ」


「引き分け?」


 なんでも爆川きっての嘆願で俺の奴隷落ちの取り消しを申し出だそうで。俺は奴隷になっていないそうだ。

 なんだか釈然としなくもないが近いうちに挨拶をしなければならないだろう。


「…………」


 何故だろうか。あの喧嘩は、怒りに支配されていたが──心地が良かった。

 初めて自分を一気に表せたようで、ストレスのそれをすべて爆川にぶつけて発散しているような。

 何を馬鹿げたことを、爆川は俺のサンドバックでもなければ、心を完全に開ける仲でもない。

 だが確かに感じたのは。あの女の気持ちの籠った拳の感触だけだった。






「爆川さんのお部屋は250室ですね」


「そうっすか」


 俺はナースステーションで爆川の部屋割りを聞き、見舞いに行く事にした。

 幸いに俺は頑丈に出来ていて今日中には退院できるそうだが、評議員会に問い合わせてあいつの怪我の具合を聞くと膝の骨の骨折という状態なのだという。

 見舞いの品もろくに持っていないが、見舞いなんて顔を出してなんぼだ。

 手ぶらで構わないだろう。

 本当にこの極天地は金の掛け方がいちいち大掛かりだ。この病院だって、敷地内に普通立てるかと思う程にデカい。

 まあそれで俺達は十全な五体で学園生活を満喫できるのだから文句は言えない。

 250室の辿り着き俺は扉を開いた。


「爆川いる──か……」


「…………」


 沈黙が一瞬だが流れた。

 それもそうで何せ爆川は今、体を拭いている最中だったのだ。

 豊満な胸が見事に出ている上に、それを見られてもケロッとした表情で俺と顔を見合わせていたのだ。


「す、スマン!」


 俺は勢いよく扉を閉めて、妙な恥ずかしさに胸が高鳴った。

 そうだった。扉を開けるには先にノックが必要だった。

 義務教育をろくすっぽ受けていない俺だから常識を頑張って覚えたが、意識しないと出来ない。

 それを言い訳に婦女子の肌を見て喜ぶほど俺は浅ましくないし、何より変態ではない。


「何をしている。アタシに用があるんだろ」


 患者服を羽織っただけの爆川が扉を開けて俺を驚かせた。

 なんてこったこいつ女としての恥ずかしさはないのか。いくら大事な部分は隠せていると言っても胸元はばっちり見えるし、何より男にとって刺激が強すぎだ。


「で、出直した方がいいか」


「二度手間だろう。用があるなら入れ、立ち話も無粋だ」


 松葉杖をついている爆川の後に続いて部屋に入ったが──。


(やりづれぇ……)


 ベットに戻るなり爆川は再度体を拭き出し、俺はその羞恥心から耐えられず、背を爆川に向けてしまった。

 丸椅子の感触が嫌に硬く感じる。

 この爆川が体を拭く中で布がその体を撫でる音が生々しく部屋に響いて、やりづらい。


「やっぱり出直した方がいいだろ」


「アタシがいいと言っているだろ。何をかしこまっているんだ」


 頼む感じ取ってくれ。この状況は男子にしてみれば夢のように刺激が強すぎる。

 いやでも後ろで裸の美少女が自らの体を拭いていると想像し、その音を過敏に音を耳が広い、その状態を想像してしまう。

 タポタポといった音が聞こえ、その音だけで想像が膨らんでイヤらしい想像に拍車がかかる。

 脳内で爆川が自らの乳を持ち上げてその下にタオルを当てて汗を拭っていると考えると、無意識に俺の元気な元気なチンポが反応してしまう。


(堪えろ……堪えるんだ俺……)


 今は謝りに来たのだ。それがこんなラッキースケベを望んできたわけではない。

 下心見え見えの謝罪より、誠心誠意の謝罪の方が重要だろう。

 だが、状況が──。


「手短に言う。この間の喧嘩は済まなかった!」


「何が済まないのだ?」


 紛らわせるように謝ると爆川の疑問の声で聴いてきたので俺は顔を真っ赤にしながら言った。


「あの喧嘩は完全に俺の暴走でフラストレーションを解消しようと喧嘩を売っただけだ。意味のない喧嘩だった。そのせいでお前の膝を砕いたんだ。それを謝りたくて」


「そんな事か」


 タポンと大きな音が聞こえ、その音が激しく脳内でイヤらしい妄想を大きくする。

 爆川のあのデカ乳がブルンブルンして音を鳴らしたのなら一体どれだけ絶景だろうか。

 インポでもない限りそれを自らの手で弄べるのは至上の悦びだろう。

 いやいや、こんな濫りがわしい妄想をしていることが失礼だろう。だが、男のサガか、チンポが勃ち上がってしまう。

 俯いて煩悩を押し殺そうとしていると。

 爆川が俺に止めを刺してきた。


「済まない背中を拭くのを少し手伝ってくれ」


「へっ!」


 俺は素っ頓狂な声を上げて油を差し忘れた歯車の軋むような首の動きで恐る恐る爆川を見た。

 いっその事殺してくれ、殺して給う殺して給う。恥ずかしさで死んでしまいそうだった。

 そこにあったのは綺麗な綺麗な肌を露わにした爆川の背中だった。

 一本に纏めた髪を俺に背中を拭かせるために避けて、何とも艶やかな首筋がエロい。

 なにより後ろから見ても分かる爆乳の横乳が太陽光のように俺の目を突き刺してきて、それに余計にチンポが反応して破裂してしまいそうだった。


「早く拭いてくれ。そろそろ寒くなってきた」


「はい!」


 声が裏返っている。

 俺はタオルを受け取ってその背中に震える腕を伸ばして──触れた。

 俺には少し小さいタオルなせいでタオルから俺の手が溢れ、指先が爆川の肌に触れる。

 衝撃だ。女性の肌とはこんなにきめ細やかで触っていて飽きず心地いいものなのか! 。

 背中でこれで、手や足、顔や胸もこんなに触り心地の良いものだと思うと──。


(いかん……)


 思わず頭の中で爆川のいやらしい姿を想像してしまった。

 雌に堕ちて、チンポに媚びる淫らな顔で俺を手招く姿がありありと容易に想像できて、そしてその姿と今の、今迄の凛々しい姿とのギャップから更に興奮が高まった。

 ふわりとうなじから香るフローラな柔らかな香り。

 男の汗の匂いとは違い、何と言うか花の蜜のような甘い香りに余計に興奮してしまう。

 拙い手つきで背中を拭くだけでこんなにセクシャルな女がいるのか。というよりも俺はここまで女への免疫が落ちていたのかと思うとやはり少年院は地獄だ。

 鼻息が荒くなって獣のように襲えるのならそれだけで極上の快楽を得られるだろう。だが、人間は理性と倫理がある、そんな獣のように盛っていい謂れはない。

 グッと性的興奮を押さえつけていると、爆川は言った。


「フラストレーションの発散だっていい。あの喧嘩はアタシも楽しかった」


「え?」


「初めてだったんだ。アタシと同じように言葉を使わずに拳でモノを語れる奴と殴り合ったのは」


 何ともしみじみと語る爆川に俺は黙って聞いた。


「アタシはちっさい頃からこんなんだった。だからやっかみがられて、よく怒られた。私から喧嘩を抜いたらただの女だ。喧嘩で私は語っていたんだ。だがこれは誰にも理解されない。──でもお前は違った。お前もアタシと同じように拳でモノを語ったそれが嬉しくて、アタシも同じように拳を振るっただけだ。気にすることなどない」


 俺は背中を拭く手を下ろして俯いてしまう。

 不甲斐ない。そしてダラしがない。硬派な男ならこんな事で興奮も勃起もしないだろう。

 それをこんなに優しい女の甘さに付け込んで興奮しようなど──破廉恥にも程がある。

 俺は立ち上がって言った。


「俺は馬鹿だ。お前に甘えただけの馬鹿野郎だよ」


「どうした?」


「スマン。やっぱり出直してくる」


 俺は部屋を出て、自らの『己自身に対する怒り』を押さえつけて部屋を出た。

 部屋を出で、深呼吸をして──己を殴った。

 拳でモノを語る楽しさを何よりも知っているのは誰を隠そうとも。この俺だ。

 この特異なコミュニケーションに性的なモノを持ち込むなど無粋にもほどがある。なのに俺は勃起して止まない。今も勃ったままのチンポを押さえつけて自らのベットに戻った。

 不甲斐ない、ホントに不甲斐ない。男としても人間としても──。

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