第9話 深淵の呼び声に応じるは

『ざまあないな。立てタケル!』


 その声に俺は苛立って反撃しようにも、体に力が入らなかった。

 地面を舐める事が俺の幼少期からの癖のようになって板に付いて、毎日血尿を垂れ流してすすり泣いたのはいつまでだっただろうか。

 親父の苛烈な特訓に子供の体なんて容易に壊れる。

 壊れてそしてより強くなって、より強い力で再度砕かれる。

 荒行と言えば聞こえがいいが今にして思えばこれは虐待だったのだろうか。

 親父にらしい事なんて一切してもらった覚えはない。

 親父の肩に乗っけて貰って笑った事も、悪さして怒られたことも、一緒に卓を囲んで飯を食った事すらなかった。

 ここまで親らしくない親もそういないだろう。いつ殺されてもおかしくない。

 母さんはいつも泣いていた、俺を抱えて泣いていた。だがその泣き声もいつの間にやら消えていて、親父の荒行も相変わらず続き続けた。


『死にたいのかタケル! 立て! 立って戦うのだ!』


 名前を呼ばれるよりも拳骨を喰らった方が多い。そんな親を持って俺はよく中二まで耐えた。そう褒めて貰ってもいいのではないか。


 ──お前に何が分かんだ! 父親なんて気取ってんじゃねえ! ──


 そん叫んで飛び出して、やる事と言っても喧嘩しか取り柄がなく、親父の仕込まれた技と体力で地元とその周辺に響くだけの悪名を打ち立てるのは須らく当然のことで、世間の波など何の事無く、この腕さえあれば何でもできる気になっていた。

 ヤクザなんて怖くない、警察なんて怖くない、何も怖くない。

 地獄に飛び込む事になることも怖くない。

 俺は望んで地獄へと身を投げたのだ。

 自業自得、因果応報──末路は少年院という名の地獄であって、どこにもない地獄。

 俺はこれで良かったのか? それでよかったのか? 。

 俺はただ普通になって見たかっただけなのだ。ただ普通になる方法も知らなない。

 ただその『普通』が俺には分からない。──普通になりたかった。

 親と一緒に笑って怒って泣いて、普通に学校に通って、そして友達が欲しい。

 それだけだった──嗚呼、気分が悪い。

 苛々する。あのクソ親父の事を思い出すと苛々する。

 さあ、起きる時間だ。強烈な熱の熱さでお目覚めだ──。






「終わらせましょうよ! この茶番を!」


 喜島は甲高い声で鮫島ににじり寄って自らの一部、その髪の毛ぶきを振り回し仕留める方法を模索していた。

 この子だけは出来うる限り無傷で手に入れたかったためだ。

 喜島の勘。ホモ特有の直感とでもいうのか、鮫島の気配は自らと同じ気配を感じ取っていた。

 己をホモという気はない。ホモではあるがLGBTと言って欲しいものだ。同性愛者にも恋する権利はある。

 ──この子にも同じ権利がある。

 この雁字搦めの窮屈な社会から解放するには鮫島と寄り添う理解者が必要なのだ。

 鮫島自身も、喜島自身も。

 同じ人種なら、傷舐め合うだけの情けを掛けるのが人の情というモノだろう。


「さあいらっしゃい。降参しなさいな。手荒なことはしないから」


 駄々っ子をあやす様に喜島はいい、ゴム棒の武器を必死に握り締める鮫島の覚悟を撃ち砕かんばかりに髪を振り、風切り音を鳴らして威嚇して見せた。

 山懸の隠し玉であったあの轟も所詮は少し喧嘩慣れしただけのDランク、Aランク35位の喜島には敵わない。きっとこの会場に訪れた誰もが締め落とされた轟を見てそう思っただろう。

 ──だが、神というのは悪戯を心得ている。


 グシャリっと嫌な音が聞こえ、喜島は振り返るとそこに立っていたのは。


「もう復帰したっていうの! 貴方!」


「────」


 ボーイスカウト部の残存勢力9人中で今の一瞬で二人を制圧していた。

 どのようにやったのか。どのように制圧したのか。見て分かる──互いの頭をぶつけ合わせたのだ。

 脅威の復帰速度で立ち上がった轟が背後ががら空きになった部員の頭部を捕まえぶつけ合わせ脳震盪のノックダウンを量産したのだ。


「最悪な夢見た……あのクソ親父の夢みたぜ……」


 何故だろうかその声に宿るモノは異質な、悪意と苛立ちが感じられた。

 不可解おかしい。確実な気絶を轟にはくれてやったはずだ。自らの得物を疑うほど狭量ではない喜島、その手応えは確かにあった。

 髪の毛を首に巻き付けて、締め上げてしっかりと失神して、轟の体が柔になる弛緩をこの体全体で感じ取ったはずだった。なのになぜ──


「とか思ってんだろ。ええ? 煙草に感謝だぜぇ。ばっちり気合が入った」


 首元を見せつけるように見せるとそこには蚯蚓腫れの様に赤く焼けついた火傷の跡があった。

 ハッとする。そう言えばこいつは──咥え煙草で喧嘩をしていた。

 失神の弛緩によって咥えた煙草が首元に落ちて根性焼きの様に気付けとなって起き上がった!? 。

 何たる偶然。何たる強運。何たる悪運。

 運も実力の内というが、あまりにも強運が過ぎると神を疑いたくなる。

 ──これが神に愛された強運の賜物。

 武器を投げ捨て、首をバキバキと鳴らす轟に異質な恐怖を感じる。

 獣の気配。人のそれとは懸け離れた異様な圧力に気圧される。


「最悪な夢を見させてくれてありがとよう。──俺は忘れてたぜ」


「っふ。何を忘れてなの?」


「人を殴る意味ってのを、忘れてた。無理して偽善ぶっても理由はやっぱり至極当然な結論しか出せない。人を殴る意味──気に入らないから、それだけだ!」


 吼えた轟。その動き今迄の戦い方とはまるで別物であった。

 無頼漢のように得物で敵を蹂躙するそれとは違う、合理的でそして徹底して理詰めされた動き。

 何かしらの武術の足捌きか、その足運びは素早く喜島との間を殺した。


「っシ──」


 その拳から撃ち出された高速のジャブ。打つと分かっていたが、反応が追い付かなかった。

 顔面に一撃──喜島の鼻から血が噴き出た。

 全てが、そう、全てが番狂わせだった。何から何まで全てを狂わせてくる。

 轟を落とし、そして鮫島を優しく制圧し、ワンゲル部を吸収合併すれば事は成ると考えていたのは何だったのか、予定なんてあったモノではない。

 全部打ち砕くように、この男は立ちはだかってきた。

 しかも、今の轟の状態は言うなれば──狂気じみていた。

 理性的でありながら狂気的なとはこれ如何に──しかしこれしか形容のしようがないのだ。

 眼は炯々と光り輝き、頬は裂けんばかりに釣り上げられて笑い顔。傷を傷とも思わないような、痛みを感じていないような動きで、その動きは何かしらの武道の片鱗を感じさせる動き。


「小賢しいわ!」


 この間合いでは自らの最大の武器である髪の毛ウィップを十分に発揮できない。

 距離を取ろうと後退しようとするが──。


「っ──」


 背に当たる金網の感触。冷たい冷たい鉄の肌触り。

 リングの端にまで気づかぬ間に持っていかれていたではないか。

 元より鮫島を追い詰めるためにリング端にまで寄っていたが、精神的な余裕が、轟の急激な復活がそれを削ぎ落したのだ。

 全てが振出しに戻った状態と変わらない。戦闘状態の精神が一気に崩れ去ったのだ。

 必死に打開策を模索しようともう遅かった。


「お止め!」


 見かねた他の子たちが轟きを止めようと動いたが、しかしそれも空しい。

 高速なジャブ、鋭利なハイキック──そして瞬時に喜島の部員の呼吸に合わせた鳩尾への掌底打ち。

 恐ろしい位に精度の高い動作、特に最後の掌底打ち──ヘーリング・ブロイウェル反射を熟知した掌底打ちであった。即ち失神ゲームの高度な攻撃版の一撃だったのだ。

 他人の呼吸を接触なしに読みとるのは至難の業だ。それこそ眼力、観察眼、洞察力と眼を培わなければ成しえないであろう一撃。

 喜島ももう余裕は残されていない。

 やけくそ気味に放つ髪の毛ウィップ連打ラッシュ──しかし。


「ッシ──」


 微かな掛け声とともに放たれた轟の拳が髪の毛ウィップ先端、その髪留めを打ち抜いた。

 パッキンと軽い音と共に髪の毛は解け風に束びくただの糸へと様変わりだった。


(──あの一瞬で先端を見取ったというの!)


 髪の毛を鞭と化すには一本程度では威力は皆無。蜘蛛の巣程度の不快感しか与えられない。

 それをこれまで見せてきた音速マッハを越える撓り物に変えるには、髪留めの存在は絶対なのだ。

 髪留めはポリイミド樹脂を使った強固な素材で容易には破壊することは不可能。しかしそれをたったの腕一つで砕くなど──音速マッハを越えているそれを。


(──化け物!)


 その瞬間縮地を使ったと思うほど瞬時に間合いが詰められ轟の横凪の拳が喜島の喉仏を打った。


「ッか……はっ!」


 気道が裏返り呼吸が瞬く間に閉ざされ、倒れてしまう。

 嘔吐反射で倒れ涎が汚らしく漏れ出て──意識は途切れた。






「ッし────」


 俺は現代格闘技であれば反則技である行いを行った。頸部、延髄に対し握り拳で応じたのだ。

 手刀で首をトンと叩いて気絶させる技など漫画やアニメで見た事あるだろう。それの握り拳版だ。

 無論その技はこの極天地の学園に措いても反則に近いスレスレギリギリの技であるのは重々承知しての行いだった。

 だが、やらずにはいられなかった。いや、言葉を変えよう。

 ──やりたくて仕方がなかった。

 もう我慢できない。あんなクソみたいな夢を見せられ、さらにこんなクソホモブサイクと喧嘩だぁ? 。

 ふざけるのも大概にしろ! もう俺の頭はプッツンと何かが切れたように弾け飛んでいた。

 勝負は決した。残り三人のボーイスカウト部の部員は降参を決めたようにで学生証を上げて、降参の合図を出していた。

 だが、この昂ぶりはこの興奮は、この闘争心は抑えられない。


『番狂わせだ! 負け必死のワンゲル部。下馬評をひっくり返し強豪部活ボーイスカウト部を打倒したー!』


 騒ぎ立てる放送部の声に大穴を当てた歓声と貧乏くじを引いた観客のブーイングに俺は更にさらに今以上に、更に『異常』に気が立ってくる。

 狂気にも似た異常な興奮と殺意。足りない、足りない、こんな程度じゃ足りないんだ。


「やったよ! やったよ轟君!」


 駆け寄ってくる鮫島が嬉しさを爆発させんばかりの笑顔を俺に向けているが──。

 ──手が出てしまった。

 俺の裏拳が鮫島の顎を打ち抜いて、瞬間的に鮫島の意識を奪い去った。

 白目を瞬時に向いて倒れ伏す鮫島の姿に会場を揺るがしていた声が消えてこちらを見ていた。


「これだけかよ……たったのこれだけかよ!」


 俺は吼えて、更なる敵を求めていた。

 この苛立ち、この不快感は拳で払拭するしか手はないのは明白。

 狂犬、猛犬。野人的で暴虐な感情を押さえつけるなど出来ようものか。

 静まり返った会場を見渡して、敵を求めて腕を広げて敵を求めたが誰も応じようとしなかった。

 当たり前だ。とち狂っている。誰もが俺を見てそう言うだろう。

 狂っていると指差して嗤うのならそれでも構わない。今構うべきなのは俺のこの尋常では似あ『怒り』の矛先が欲しいのだ。

 敵を、相手を、宿敵を──。


「ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼」


 誰も俺の喧嘩の相手に応じようとしない。

 その狂った現状に、状態に、冷ややかで、夢から覚めたように引いていた。

 ガッカリだ。何が喧嘩で物事を決める学園か。こんな茶番、初めからしなければいいのに。

 俺はギロリとその視線をある一点に向けて学生証を向けた。

 そこにいた生徒は──爆川あかねだった。

 あの預けた喧嘩の続きをここでやろう。飽くなき戦いを、果て無き闘争を、終わりなき喧嘩を! 。

 冷ややかに俺を一瞥した爆川は自らの学生証を俺に向けた。


『二年乙組、轟武瑠タケル。二年丙組、爆川あかね。喧嘩の承認が行われました』


 学園内に流れる機械的なアナウンス。それに目を向いて震えた声で発せられる声の主は放送部。


『ま、ま……まさかのエキシビジョン・マッチ! 喧嘩ランク最下位が喧嘩ランク『S』5位の風紀委員長爆川あかねに喧嘩を売ったぞ!』


 次第に精気を取り戻した観客たちはざわめき、そしてその現実を目の前に歓声を再度上げた。


『“暴風雨ブリザード”! “暴風雨ブリザード”! “暴風雨ブリザード”!』


「喧嘩売ったんだ! 負けんじゃねえぞ!」


「今度はお前に賭けたんだ! 粋がってくたばるなよ!」


「勝て新人! 負けんな!」


『割れんばかりの歓声! 期待の新星『狂犬』の名が相応しい気性の荒さ! 下剋上なるか『S』ランクの壁は高いぞ!』


 喧嘩に際し貴賓席から降りてくる爆川に俺は荒い呼吸で冷めぬ闘志を漲らせ続ける。

 理性はどうした自制心はどうした? 俺は少年院で更生しただろう? ──馬鹿かプッツン来ている人間に更生どうこうじゃねえんだ。

 何もかもに切れてる。この世の全てに怒りを覚えている。謂れなき怒り、不当な暴力性。

 隠しきれようか──唇の下に仕舞っていただけのこの牙は人を食い殺すためだけに育てられた凶気なのだ。

 リングに上がってきた爆川に俺は頬を釣り上げて嗤って言った。


「三つ良い事教えてやる。一つ、俺は今プッツン切れてる。二つ、俺は今手加減が出来ない。三つ、俺の拳は男女平等だ。──さぁ、この間の『喧嘩ころしあい』しようぜ」






 まさか相手の方から喧嘩を売ってこようとは思いもよらなかった。

 Sランクに到達して以降アタシに喧嘩を売ろうなんて剛毅な連中は軒並みいなくなり、いたとしても口先ばかりの調子のいい奴ばかり。

 強い奴など両手の指程の学園にはいない。

 確かにアタシよりも上のランカーはまず喧嘩をしないし、Aランク同着9位の革命兄弟やAランク11位の壁沢リョウなどいるにはいるが厄介といった程度。

 “暴風雨ブリザード”の名前まで賜って、結果として得たのは孤高の孤独。

 対等にアタシと同等に語り合う拳を持った者などいなかった。

 しかし──この男は違った。

 アタシと同じように言葉を必要としない対話の方法を、感情の表現方法を持っていた。

 ほんの僅かだが嬉しかった。この方法で今まで語り合えたためしがない。

 喧嘩は武道に似ている。

 静謐な道場の中で言葉を返さず互いの主張をぶつけ合う様な、そんなコミュニケーション。

 拳で互いの意見を肉体にぶつけ合い、心を通じ合わせそして互いを知るたしかな方法なのだ。言葉で心を深く理解することを拒み、肉体言語でモノを語るなど野蛮人と母さんは言ったが、私はそれしか己を表現できなかった。

 極天地に入るまでは暴力ばかりの凶暴女と言われ続けて、ここで落ち着いて最後に得たのはこの孤独とは笑い話だ。

 アタシの流儀で、アタシの方法で、語り合いたい。ささやかな、ほんのささやかな願いだった。

 それが今叶った。

 ──最悪な形だったが。


「──ッツ!」


 リングに上がるや否や火蓋が切られた。

 轟の初手──全身を砲弾に全力のタックル。二手、その踏み込みから放たれる二連撃の左右正拳突き、止めの左アッパー。

 タックルを受け止め、正拳突きを腕で捌き、左アッパーを避けて感じ取ったのは、異様な尋常ではない『怒り』。語り出せばきりあない怒りの感情の全てがその拳に乗っていた。

 感じる確かな意思を、その拳の全てをアタシは感じ取った。

 飢えども乾けども癒える事のない心の深くに抉られた埋め込まれた一種の自己同一性アイデンティティを現した怒りの拳。

 その怒りでこの男は今まで立ってきたのだろう、その怒りを意地に変え孤高の野を歩き続けてきたのだろう。その生き様に感じるのはひどい共感。

 語り合う事の出来なかったアタシ。語り合う事を分からない轟。

 双方似ているようで似ていない孤高の声なき悲鳴たち。

 共に泣く事も出来ず、振るわれる拳の感情は悲しみと怒りと──それらを是とした己への不快感。


「ハッ──」


 拳では完全に力負けしている。ならば脚だ。足で応じよう。

 人は人を完璧に理解することは出来ない。どんな手段を用いたとしても人はいつねに孤独な獣。

 ならば今感じているこの感情に、この感覚に従うことに正直で在れと生きるしかないのだ。

 今を楽しんでいくしかアタシは生きる。

 未来に夢見るのではなく、過去に縋るでもなく、『今』を生きるのだ。

 今この時を同じ拳に感情を乗せたこの男との対話を謳歌するのだ! 。

 轟の足頸を刈り取るようなローキックを放つが──跳び避け、空中からの胸へと向かって膝蹴り! 。

 腕を交差させ防ぐが──。


「ッつ──ぅっ!」


 重い! 当方もなくその『おもい』を込めた飛び膝蹴りだ。

 だがこれで潰れるほどアタシは喧嘩を熟してきたわけではない。轟の着地と同時に人中へと縦拳の一撃を見舞う──眼がいいのか、受ける瞬間に顔の位置をズラし額で私の拳を受けてきた。

 顎程威力は無いにしろ少しは脳に衝撃を受けたらしく、僅かにふらつきを見せた。

 それを見逃さず、顔面への肘打ち──掌底──顎へのアッパーカット──! 。


「カアアアッ!」


 奇怪な奇声と共に最後のアッパーカットをバク転で受け流し、その流れと共に蹴り上げがアタシの左耳に直撃した。

 キーンと耳鳴りが響く。鼓膜は破れていないが、音が聞こえにくい。


「ガアアアアアアッ!」


 理性も言葉も失われているのか。それでも攻撃の一つ一つに感じる怒りの感情だけは確かにある。

 人は捨ててはいない。この方法しか彼は知らないのだ。

 獣のフリをして気を引こうとする子供のそれなのだ。悲しい男だ。

 両腕を広げ、アタシを抱き上げてきた──凄まじい力だ。

 腕が悲鳴を上げている、背骨が軋んで内臓が捩じり切られそうな凶悪な鯖折り! 。


「ッ──ああああ!」


 思わずアタシの口から苦悶の声が漏れた。

 喧嘩に手加減無用。それを地で行ってきたがこれは流石のアタシでも強烈過ぎる! 。

 容赦のない腕の締め具合にミシミシと全身の骨が軋みを上げて脱出を急がせるが、脱出などこれに出来るのか──して見せる! 。


「はァあああああっ!」


 何とか腕を抜き、轟の肩から頸椎へ向け肘鉄下ろしの断頭──超至近距離からの絶対的な絶命技! 。

 禁止事項スレスレの──轟が喜島へやって見せたのと同じ技。

 腕が緩んでアタシは解放されその機を見逃さず、右胴へキック──しかし獣は斃れず! 。

 足を受け止めアタシの膝へと技を返す様に肘鉄下ろし。


「ぐッ──!」


 確実に感じた骨の割れる音。バキリっと膝蓋骨膝の皿が砕き割られ、アタシは崩れてしまった。

 ヤられる! その実感を感じさせた轟の殺意にも似た怒り──だが。


「ウッ──くぅ、化け物並みだな……ようやくか……」


 もうアタシも立ち上がることもできない状態に追いやられてようやくだった。

 会場はどよめいた。当たり前だ──轟は立ったまま気絶していた。

 今回ばかりは喜島の締め技の奇跡的な煙草の根性焼きもない。完全な沈黙だった。

 ブーイングの嵐なのはさも仕方なし、会場をこれだけ盛り上げて、最後にはこんなお終いなど誰が望もうか、当然のことが起きたと確信にも似た失望の声で観客は応じている。

 しかし、当然なことなどあるものか。この男は確かに私を打ち倒そうと奮闘して、あと一歩の所まで来ていたのだ。

 アタシの左足は動かすことなど不可能な程破壊し、気力にて次手を打ったのなら間違いなくこの喧嘩を取っていたのはこの男だった。


「敗者に言葉なしとは──最後まで粋な男だな」


 満身創痍でアタシに喧嘩を売ったこの男の心意気。下剋上などといった簡単な言葉では表す事など出来ない確かな感情の通じ合いを感じた。

 気持ちが良かった。──初めてこのこえを他人に投げる事が出来た事に満ち足りた。

 満ち足りてアタシも地に伏した。

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