第6話 喧嘩の心得

 ボーイスカウト部野営地の広場にただ一人、他部活の人間がいた。

 何を隠そう件の火災被害者筆頭の山懸理人やまかかりあやひとその人であった。

 周囲の敵意もものともせず、背筋をピンと伸ばし目に宿っている炎はいつもの柔らかな温かさなどなく、大火のそれを彷彿とさせた。

 囲まれて袋にされる危険性はあった。しかし、ボーイスカウト部は部長がいる限りグレー部活であることは百も承知であった為に、安全に出入りが出来た。


「何の用ですか?」


 にこにこと笑って応じる部員に山懸は鋭い目つきで言った。


「喜島に合わせてもらえるかな」


「アポは取っていませんよね。お引き取りを──」


「部室に火を放った部員がここにいる筈だ。少しだけでも話がしたいんだが」


 圧、とでもいうのか。

 人が変わったというのはこの事を言うのだろう。対応をするボーイスカウト部員はそう思った。

 対応をしているのは副部長であり数か月前、この男、山懸理人やまかかりあやひとに部活対抗乱闘の意向をボーイスカウト部部長『喜島幸男』から受けワンゲル部を言い渡しに行ったのは正にこの副部長であった。

 その時の山懸はなんとも掴みどころのない、というよりも覇気のない男と思っていたが──これはあまりにも人が違い過ぎる。

 人の中身をそっくりそのまま入れ替えたような、雰囲気、気配とでもいうのか。あの柔らかくお人好しそうな感じは一切なく、その圧は頭から押さえつけてくるようなそんな圧があった。


『いいわよ。入れなさい』


 喜島のいる大テントの中から当の喜島の声で、副部長は入口から退いた。

 山懸は入り、ボーイスカウト部の部長の喜島と対面した。

 神聖隊ヒエロス・ロコスでも気取っているのか、どれも美少年たちが半裸の状態であちこちで荒い息遣いで倒れていた。

 そしてその奥、玉座の王様を気取った男が一人いた。

 醜い──山懸は心の中でそう言った。

 言うなれば女男。LGBTを公言しているのは知っていたがここまでとは思いもしなかった。

 最近勢力を増し、多くの部活を吸収合併して顔の良い青年たちを囲ってその貞操を貪る怪物とは誰だ。目の前にいる男だ。

 ボーイスカウト部部長、喜島幸男という男だった。

 全裸で玉座に座り、余裕綽々と言った笑みでこちらを見ている。異様に長い目に刺さるピンク色に染め上げられた髪に、下手糞な化粧で女を象徴しているのだろうが、ガタイの太さだけは女のそれとは懸け離れている。

 何より股間にぶら下げた逸物だけは隠し切れようのない男性の象徴がこいつは男であると主張している。


「なんのようかしら」


 甲高い声でいう喜島に毅然とした様子で言った山懸。


「これ以上、ワンゲル部への嫌がらせはやめてくれないか」


「嫌がらせ? 何の事かしら?」


「今日の放火は君たちのせいだろう? 部室は全焼だ。部員の人命を危険に晒すのは僕は好きじゃない」


「あら! 貴方たちの部室燃えちゃったの? 残念だわぁ。ちょうど良かったのに──物置代わりには」


 喜島の口調は完全に山懸を、ワンゲル部を舐めていた。

 それはそうだろう。部員数も設備も士気の高さもすべてに措いてワンゲル部はボーイスカウト部に劣っている。──隠し玉を覗いてだが。


「それでぇ? 今日はいったい何の用かしら? もう夜も遅いし早めにお引き取り願いたいのだけど」


「──部活対抗乱闘の条件を提示させてもらう」


「……ふぅん」


 部活対抗乱闘は極天地学園の評議員会が認可している部活同士のいざこざを解決するための制度だ。

 今回の場合ワンゲル部相手のボーイスカウト部が仕合を評議員会に指定し、日時、乱闘人数、武装等の決定権をワンゲル部が持っている。

 今迄その条件をのらりくらりと回避してきたが、ここでこれの制度が火を噴く時だ。

 ボイスレコーダーの準備は良し。


「君たちボーイスカウト部はこのテント内にいる人員のみ参加可能とする。日時は今日より二日後、変更はなし。武装等の部活で使用する道具だけだ」


「あら? このまま条件を提示せずに袋にされるのがお望みなんじゃなかったの?」


「残念だけど僕たちワンゲル部部員にマゾヒストはいないんでね。この条件を提示させてもらう」


「くくく……貴方、私がこの子たち可愛さに私自身だけが乱闘に参加するって思いて?」


 僅かに山懸の目元が歪んだ。それを見逃さなかった喜島は高らかに笑った。


「アハハハハハッ! 滑稽だわ! ボーイスカウト部の中でも選りすぐりよ。顔だけで選んでいるなんてちゃんちゃらおかしいと思わないのかしら!」


「ただの男娼ツバメじゃないって?」


「当たり前じゃない? 私が手ずから仕込んだ精鋭たち本当の意味での神聖隊ヒエロス・ロコスよ!」


「ボーイスカウトが聞いて呆れる。誓いも掟もあってないようなものだね」


「いくらでも囀っていなさいな。あの子は私がもらうわ」


 山懸はやはりかといった様子でため息を付いた。

 ボーイスカウト部、いや、喜島の狙いは十中八九──鮫島だ。

 鮫島の顔は喜島好みの中性的な顔、そして──これ以上は言うまい。

 ワンゲルの吸収合併も鮫島欲しさの欲望丸出しの喜島の欲の一端だ。


「あの子はこっち側なのだから。ボーイスカウト部、私の隣が治まりがいいのよ」


 確証にも似た言い方をする喜島に、毅然と言い放つ。


「鮫島は、ワンゲルの大切な部員だ。君の好きにはさせない」






「武器使用は部活で使用する道具……ボーイスカウト部の人数は二十一人だって……」


 鮫島はスマホで通知された部活対抗乱闘での条件を読み上げた。

 何もなくなったワンゲルの部室で俺は少しでも使えそうな道具を引っ張り出していた。

 入部の申請で評議員会棟に走って入部申請をして、これで俺も晴れてワンゲル部の部員となり、このイライラを発散する捌け口を二日後に決めて怒りを溜める。


「いいじゃねえか。大得物だ、二十人近く、ゾクゾクするねえ」


 俺は口調とは裏腹に顔は怒り満点と言った様子なのだろう。

 鮫島少し引いているような気がする。何だっていいどんな顔したっていい。連中越えちゃいけねえラインを越えてんだ。なら血祭がいい具合に釣り合いが取れるだろう。

 放火は犯罪だ、しかも大罪だ。日本国の法律が適応されてない極天地であってもある程度は倫理は必要だろう。

 悪い事は悪い。そう言わなきゃならねえ。


「武器を使ていいなんてゾクゾクするねえ。バットにナイフに──鉈で頭カチ割ってやる」


「一応喧嘩だよ。ルールがあるんだよ」


「そうなのか?」


 喧嘩にもルールがあるなんてなんてお上品な事なんでしょうか。ステゴロで殴り合って、噛みつき合ったり蹴り合ったり締め上げたり。

 路上ではそこかしこにある道具が武器になって、瓶があればこれ幸いと相手の頭に一撃を喰らわして破片で喉元を一閃すれば止めだ。

 だが流石に殺傷はマズいらしく、武器の指定があるようだ。

 校則ではないが、暗黙のルールとして部活で使用している道具、例えば野球部であればバットを使用して(だたし硬質ゴム製のバット)戦うそうだ。

 一撃で殺せる殺傷力さえなければ何でもいいのだが、となれば俺達は何を武器として使う事が出来るのだろうか。


「俺達は何の武器使うかねぇ」


 頑丈な煤に塗れた多機能シャベルを手に俺は考えた。

 流石にこのシャベルは殺傷力が高すぎる。頭に一撃入れれば即死だ、ワンパンで刑務所だ。

 ゴムバンドで刃の部分を覆えばなんとか行けそうな気がするがと考えていると、鮫島が燃え残りの中から武器を引っ張り出してきた。


「これとかどうかな。登山用ストック」


「おお、棒か。武器としてはありだな」


 武器としてはありだが、問題は──。


「鮫島、お前武器とか使った喧嘩に慣れてるか?」


「それが、僕はCランクなんだ」


「Cランクってことは喧嘩も数回くらいか……ちょっと俺の肩殴ってみろ」


 俺は肩を出して構えた。鮫島は少し驚いてしどろもどろしている。


「本気で殴れ。お前の力の具合を知らねえと作戦を立てる事も出来ねえ」


「う……うん」


 鮫島は俺の肩に本気で殴った。


「ふむ……」


 何とも言えない。確かに痛いが、芯の部分に響くような重みがない。よく言って『張り手』、悪くって幼稚園児のグルグルパンチの威力とでもいうのか。

 決定打には間違いなくならない。


「DからCに上がった喧嘩をしたときはどうやって勝った」


 俺は素朴な疑問を聞いた。これで喧嘩に勝って来たとは思えなかった。

 少なくともこの力で喧嘩を勝ち抜いたとは思えなかった。


「あちこち逃げ回って、相手が疲れたところで殴って──」


「股間か、鳩尾か? 逃げ回るってことは隠れるとは違うんだな」


「うん」


 機動力には自信があるという鮫島に俺は軽いジャブを打つと言って、その動きを確認する。

 確かにすばしっこい。これは使えるかもしれない。


合図インフォメーションなしで行くぞ。──これはどうだ!」


 右ローキックから左正拳突き、顔に向かって裏回し蹴りのコンボで行くと──。


「よっ──っと──」


 合図は多少あったが、それでも普通の喧嘩をするのだったらこのすばしっこさは驚異的だ。

 何より鮫島は柔軟性があるようで体が柔らかく、スイスイ俺の攻撃を避ける。

 右ローを後ろに下がって躱し、正拳突きを捌いて、回し蹴りをイナバウアーのように体を逸らして避けて見せた鮫島。

 なかなかだ俺には無い柔らかくしなやかなな動きだ。


「こうして逃げ回って敵を消耗させたのか」


「うん、バテたところで、股間にね」


 これだけ動ければ少なくとも足手まといになると言う事はないだろう。

『逃げ』は立派な戦術の一つだ。残りは『守り』と『攻め』だ。

 鮫島のパターンが読めてきた、右に少しずらして──。


「ぶっ──」


 腹に見事に一撃を入れる事になる。

 少し強く殴り過ぎただろうか、えづく鮫島を腰を叩いて落ち着かせる。


「少し動きが単調だ。もう少しパターンを増やそう。後、お前に守りの戦術は合いそうにないな。攻めの動きを覚えよう」


 そう言い俺は登山用ストックを渡して、レクチャーを始める。


「棒術の覚えは?」


「武器に関しては全然……少しだけ合気道を」


「そうか、じゃあ……どうだな」


 俺は手頃な棒切れを手にして簡単な覚えを教えた。


「人ってのは手心を加えがちだ。即ち手加減だ。これ以上やったら死ぬって自分でセーフティを掛けやすい。それを無くすのが先だ」


「どうやってそれ無くすの?」


「想像力──そこら辺にある物を兎に角ぶん殴れ、本気で。お前ならそうだな……昨日の連中に腹たつだろ。連中の顔思い出して物をぶん殴れ。得物の扱い方はそれからだ」


 おずおずと鮫島は当たりの物を兎に角頑張って全力で殴る。

 武器を持つことで人は自らを強化する。しかしその強化も、心が伴わなければ強化の意味がない。張りぼてになってしまう。

 活人剣殺人剣などと大層な事ではない。だた武器を振るうだけの度量が備わってなければそれはただの飾りになるのだ。

 まずは全力で──得物を壊すだけの加減を無くすことが先決だ。


「オラ! どうしたそんなへっぴり腰で木を殴っても蝉も殺せねえぞ!」


 俺は渇を入れるように罵声を浴びせて、鮫島の気持ちを奮い起こさせる。

 だんだんと気持ちが入ってきたのか、その棒の振り方に加減がなくなり始めそして──。

 バキッ! 。

 音を立てて登山用ストックが折れ割れた。


「そうだ! それだその感覚忘れんな!」


「う、うん!」


「良し次の段階。その感覚を持って冷静さを保て!」


 俺は首をバキバキと鳴らし煙草に火を付けて別の登山用ストックを鮫島に渡して前に立った。


「殴れ俺を。そんでもってさっきのすばしっこさ見せて見ろ。俺も殴るからよ」


 俺は構えて鮫島を威圧した。

 少し鮫島の腰が抜けた。駄目だ、これでは覚悟が足りない。


「覚悟極めろ! 腹括って親の仇みたいに俺を殴れ、でも、冷静に──避ける事も忘れずに──!」


 詰め寄って左ストレート。

 酷なのは分かっている。鮫島は喧嘩には向かない性格をしているのは重々承知だ。

 だが、それでは乱闘試合には出ても意味がない。手足も出ずに、ボコされて地面を舐めるのが関の山だ。それで奴隷落ち、笑えないし、何よりこいつにとっても惨めで仕方なくなるだろう。

 避ける事で必死になっている様子の鮫島に、罵声を浴びせ続ける。


「どうした! 玉無しか! 男女のおかまちゃんか! どうなんだ! 暴力も震えないフチャチン野郎か!」


「────!」


 確かに俺の罵声に反応しているだろうが決定的な殴るという『意志』が感じられない。

 もう少しだ。子供を闘士にする段階の一歩を。


「腑抜け野郎! 殴ってこい!」


「──っ。僕は野郎じゃない!」


 その一言でようやく鮫島は殻を破った様子で、横ぶりにストックを全力で振った。

 俺はそれを掴んで、勢いよく頭を撫でてやった。


「そうだ! それだ。よく殴った! ──でも」


「冷静に、でしょ?」


 俺はニッと笑ってまた構えて圧を掛けた。


「次のステップ行くぞ。今日明日で仕上げてやる」

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