第5話 覚悟の大火

 放課後のチャイムが鳴り、それに合わせて二年乙組の扉が再度宙を舞うこととなった。


「轟タケルはいるか!」


 吼えるように二年乙組に突入してきたのは何を隠そう爆川あかねであった。

 昼休みの恥、そして預けとなった喧嘩の勝負を果たそうと轟タケルの教室へと突入してきたのだ。

 本来ならば授業中であろうともお構いなしだが、評議員会の委員長『天武義信』の要注意転入生という通達もあり万全に事を運びたく、放課後を狙って再度喧嘩を申込に殴り込んできたのだったが……。


「轟君なら……帰りましたよ」


「何? この校舎から出た者はいないと報告は受けている」


 正々堂々とやり合う為に下校の合間に捕まえて強制的な喧嘩を狙い、他風紀員も動員してこの校舎を監視させていたが、その風紀員たちからこの校舎から出ていく者が居たなどという報告は聞いていなかった。

 それはそうであって、なにせ。


「帰りました……窓から飛び降りて……」


「何ぃ!」


 一つだけ開け放たれた窓から体を突き出して見れば、脱兎のごとくという言葉がまさしく適切な逃げを見せる轟タケルの姿が合ったではないか。


「すげえなあの勃起大魔神、まるで猫見てぇだったな」


 金髪の震災刈りの男子生徒が爆川と同じように窓から轟の動きに感想を述べながら、別の奴と語り合っていた。


「猫っているか。あれはどっちかというと猿みたいな動きだったよ」


「猫でも猿でもどのみち獣だ。あいつ、何から逃げようかってか……」


 横目で生徒たちが爆川を見ていたが、それを歯牙にも介さない爆川は苛立ちが募るばかりであった。

 昼休みに喧嘩の何たるかを説いたばかりなのに、それに泥を投げつけるような行いに。


「喧嘩を……バカにして……──ッ!」


 怒りから力が籠り、窓ガラスにヒビを入れてしまう。

 仕舞った、また始末書モノだ。


「絶対に逃がさないからな……轟タケル……ッ」






「あんな化け物とやってられっかってんだ!」


 二階の窓から飛び降りて、俺は野を駆ける猿のように逃げていた。

 二階とは下から見上げれば低く思えるが、上から覗けばかなりの高さだ。人間は凡そ一メートルからの硬度で頭部から落ちれば死んでしまう。

 それでだけ繊細な生き物なのだが、どういう訳か俺はかなり頑丈に出来ているようで、不良時代、ヤッさん相手にやり合った際に、チャカはださねどどうにかして俺にいた目を見させようとトラックで轢き飛ばされたことがあったがタンコブで済んだ。

 簀巻きにされて木刀で顔面を袋にされたのは流石に堪えたが、それでも俺は生きていた。

 だが流石にそれを学校にまで持ち込んで、どうこうしようなんてどうかしているだろう。俺は青春を取り戻したいのだ。こんなクソみたいな校則をおったてる学校であっても爽やかな青春を。


「さーて放課後だどこいくかねぇ……」


 と言っても行く当てなどどこにもない。

 友と言える暫定友人の鮫島は校舎に置いてきたし、あちこちの部活でも巡ってみるかっと思い。

 あの怪物女が追ってきていないかと警戒心丸出しで校内を見て回った。

 本当に広い学校だ。校舎が三棟に部活棟が四つ。寮が五つ。

 更に専門性が高くなる化学部や料理部為の施設に、テニス部やバスケ部、相撲部に空手部といった土地面積を必要とする部活動の為の土地すら用意している。

 大抵の学校は敷地面積で部活動を絞る筈だが、潤沢に土地を保有している極天地には関係ないようだ。


「スゲー……陸上かぁ……」


 仕切りのフェンスに張り付いて俺はコースを走る女子の尻にうつつを抜かしていた。

 にしてもここの学校の女子の顔面偏差値頗る高いように思える。

 爆川もそうだが、今陸上コースを走っている競技服に『壁沢』と名前がプリントされた女子生徒もなかなかの美少女。

 昨日殴った片山という女子も今にして思えば性格を覗けばなかなかの美女になるだろうという確信できる。


「でへへ……」


 鼻の下を伸ばして、女のケツに頬を赤くして見学する俺に後ろ指さされる気配があった。

 くるっと振り返ると遠巻きに他生徒が俺の噂をしていた。

 一体何事かと思っていた。

 俺はこの時知らなかったが、昼の喧嘩が相当極天地内で噂になっているらしく、新聞部が号外で『変態勃起魔人現る! 相手は男子生徒たちの憧れの的の爆川あかね!』といった見出しの新聞をばら撒いて俺は一躍有名人になっていたのだ。


「ねぇ……あれ……」


「嘘……っ! 例の勃起魔人?」


 俺を指さしてひそひそと噂話をしているようだが、俺はそれを聞く気にもなれず、煙草に火を付けて一服する。

 妙に噂になっている程度にしか感じず俺は肺一杯に紫煙を溜めて吐いた。

 煙草の箱を確認するともう、十本程度しかなくなっていた。

 授業中に吸うというのは流石に常識外過ぎると授業中は禁煙していたが、その反動かノンストップで煙をプカプカと吹かし上げていた。

 穴という穴から煙を吹いて俺は人間間欠泉かと思うが、残念ながら俺の発する煙は水蒸気ではなくニコチン交じりの副流煙だ。

 フラフラとあてどなく歩いて回り、ふと目に留まる部活動があった。

 ベージュの部活服で無数のテントを平地に設営してまるでそこで生活しているようであった。

 炊き出しも自らやっているし、水源も自ら押さえているようであった。

 かなりの人数だ。体格の良いのも何人もいる。


「我々に何か?」


 一人が俺に気づいて話しかけてきた。


「いや何やってんのか気になって。なんすかこの部活」


「ああ、ここはボーイスカウト部ですよ」


 少しだけ引っ掛かった。

 ボーイスカウト部──昨日世話になったワンゲル部のライバル倶楽部ではないか。

 敵情視察と言う訳ではないが、この倶楽部にあまりいいイメージが湧かなかった。見る限りでは野外活動倶楽部のようだが。一体裏で何をやっているのだろうか。

 二日後にはワンゲル部との部活対抗乱闘と山懸は言っていたが、確かにこれは戦力差があり過ぎるように思える。

 三十人近くはいる。体格もそこそこ、統率も取れた動きをしている。

 俺がもし相手をするのだとすると──頭を取るしかないように思える。

 これだけの士気の高さだ。頭のカリスマ性に心酔しているような妄信的な目の色に即座に俺はこいつらとケンカをするのだったら頭になるであろう人物を真っ先に潰す戦略を立てるだろう。


「入団希望ですか?」


「いえ、っちょっとね。部活の見回りって感じな訳」


 そう言って俺はその場を離れた。

 ワンゲル部には一宿一飯の恩がある。そのライバル部活と仲良くやるのは人としてどうかと思う。

 そして何より、ワンゲル部のあの二人。鮫島と山懸とは酒を酌み交わした中、安直な表現だがヤクザの盃のようなそんな思いを俺は持っていた。

 チープな考えだが、友情然り、そう言った仲間意識というモノは些細な事から生まれるモノだろう。

 ワンゲル部に所属すると決めたわけではないが、ボーイスカウト部には少なからず敵対意識を持ってみてしまう。


「ボーイスカウトって何する部活な訳?」


「ボーイスカウトは多岐に渡ります。野外活動、奉仕活動、地域交流と三種の行動内容で活動しています。野外活動であればキャンプ、筏に釣りといった活動を、奉仕活動は募金に赤い羽根などの販売をし、地域交流は他のスカウト団体との交流を主としています」


「ふーん。で? ──他の倶楽部との喧嘩は?」


 少し探りを入れるように俺は聞くと、まるで罪悪感などないように笑顔で言い放った。


「ええ、勿論しますとも。我々の精鋭二十人とリーダーの『喜島幸男』率いる喧嘩隊で部活対抗乱闘を行っております」


 二十一対二とは、完全に見世物だ。

 ワンゲル部に勝機は完全にないように見える。数=力の強さとまではいかないまでも、この結束力を見る限り俺単体でもかなり苦戦する気がする。

 善戦もワンゲル部は出来ないだろう。

 山懸に伝えるべきだろうか。いや、ここまでくれば不安要素が増えるだけだろう。

 猶予二日の部活生命に更に針を刺すなど俺には出来ようか。

 山懸は乱闘始まる前から降参をするような雰囲気であったし、戦えというのは酷というモノだろう。


「大体わかったわ。あんがとさん」


 俺はその場から離れ、フラフラと歩きだした。

 目指す場所は特にと言ってなく、寮にでも戻るかと思っていた所で轟音が聞えた。

 山の方だ。目を凝らし、耳を澄ませた。

 バキバキ、ドンドンッと何かを壊す様な異様な音が聞こえる。


「なんだ……」


 土煙が上がっている。しかもその先は──ワンゲル部のペンションの当たりだった。

 少し駆け足で俺は向かった。空気に混じる煙臭さ、何かが燃えている匂いだ。

 火事の匂いだ。ペンションの当たりに黒煙が立ち上ってくるではないか。

 ──マジの火事ではないか。

 ヤバい。たぶんあそこには山懸も鮫島もいる。

 巻き込まれるなど、それこそ人命にかかわる。俺は走って山道へ入った。

 すれ違う集団、手に持ったバールやら何やら物騒な凶器を持っていた連中に肩をぶつけるが、相手にしている暇はない。


「済まん!」


 そう言い。

 俺は山をそれこそ獣のように駆けてそして見たのは──。

 火の手の上がるワンゲル部のペンションだった。

 鮫島は消火器でペンション全体に燃え移った大火を消そうとしているが、焼け石に水である。

 山懸はポカンと呆けたようにそれを見て座り込んでいた。


「おい。何があった! おい!」


 山懸の肩を揺すって事情を聞き出そうとするが、放心状態でロクに口がきけない様子であった。

 俺も消火活動に参加しようと、鮫島が必死に集めて来たであろう消火剤と消化器片手に消火を始めた。

 途轍もない熱だ。顔の皮膚が遠巻きからでも焼けついてくるようでそれを直視することもままならない。

 何か変に引っかかる。火の燃え方がおかしい。

 山火事になるであろう火災なのに、山に火が回らない。学校側も特にと言って消防も呼ぶ気配がない。

 なんだ。何だこの違和感は。

 消火しながら俺は周囲を見渡した。

 ハッとする。ペンションの周辺の木々が──切り倒されている。


「鮫島! 何があった!」


「いきなり来たんだよ!」


「何が!」


「スカウト部だ。ボーイスカウト部だよ! 予定を早めて攻めてきた!」


 それを聞いた瞬間にすべて理解した。

 あの連中だ──ここに来るときにすれ違った連中。手に持った道具で周囲の木々を切り倒して、放火したんだ。あの剣呑な雰囲気、ワンゲル部が手出しできない事を良い事に無茶苦茶しやがる。


「クッソがァああああっ!」


 必死になってペンションの火を消して、最後に残ったのは、見るも無残な焼け落ちたワンゲル部のペンションだった。

 キャンプ道具もシュラフも、今朝使ったマグカップも。全部燃えて煤に塗れていた。

 何も残っちゃいなかった。全部燃えカスになっちまった。

 もう何も残っていない。ワンゲル部はもうオケラのスッカラカンの裸一貫だ。

 幾らなんでもやりすぎではないか。俺の頭に血が上って冷静さがどんどん失われていく。

 炭になった柱を蹴り折って俺は当たり散らした。


「……ざけんな。……ふざけんじゃねぇ! ああ!? これがこの学校のやり方ってのか?! ア゛ァッ!」


 叫んで吼えて壊して回る。

 もう日も暮れ始めて、切り開かれた森から山の麓が見える。

 それはボーイスカウト部の野営地のそこであった。


「もういいよ……ありがとう。轟君」


 山懸は俺を宥めるように肩を叩いて落ち着かせようとしてくるが、落ち着いていられるか。

 頭に血が上って、如何にかしてこれの仕返しを考えた。


「何もよくねえ。何にもよくねえっすよ! やられっぱなしでいいっすか!」


「負けは目に見えている。もう廃部になる部活だったんだ。これでもう未練もないだろう」


 すっぱりと諦めを決め込んでいるようであった山懸の態度に、俺はそれでもこの理不尽に抗おうとしていた。


「何もないなら──ヤッてヤッても変わらねえなしっすか……」


 俺は煤に塗れた多機能シャベルを持って吼えた。


「何にもねえなら。いくらでも奪わせればいい。窮鼠猫を嚙むつぅように連中に一泡吹かせましょうよ。山懸部長」


「君は部員じゃないだろう。もういいさ」


「もう部員みたいなもんだ。──言っときますよ俺は弱い者の味方だ。そんでもって理不尽な連中は大嫌いだ。ボーイスカウト部みたいなのは特に!」


 少し呆れたように肩を落とした山懸は下山の準備を始めた。


「息巻くのはいいが、二日後の乱闘。勝ち目はないんだ。僕は諦めさせてもらうよ」


 そう言い降りていく山懸に鮫島は何か言いたそうだったが、止めることは出来なかった。

 部長の言いたいことは分かる。確かに勝ち目はない。

 連中の戦力はワンゲル部の倍以上ある事など目に見えている。しかし──数=強さに結びつくことはない。

 数の不利は今までいくらでも体験してきた。それこそ死ぬほどだ。


「轟君……」


 鮫島は不安そうに見てくる。俺は決めた。

 連中、血祭りにあげてやる。そう決めたのだ。


「部員の空きあるだろ。ワンゲル部に入ってやる。入って──あのゴミ共殺してやる」

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