第4話 最悪の朝がやってきた

 取り留めのないモノを見た。

 それは過去であり現在であり、そして未来に繋がるかもしれない光景だった。

 俺の拳はいつも血に染まっていた、痛みに苛まれていた。小さい頃からそうだった。

 ガキ大将で皆を従わせて、ブイブイ言わせて先生たちをよく困らせた。

 誇れた性分ではない。だが時として褒めてくれた先生もいた。


 ──君は正直だ。駄目なことをキッチリ有言実行でダメって言ってる。


 そう褒められた。何が正しい事なのか何がダメな事なのか、俺には分からなかった。

 ただ気に入らない奴に手を上げて黙らせて、気づけば一端の不良の出来上がりだった。

 親父が俺に武術を仕込み始めたのはいつからだったか。たぶん両足で一人で立てるようになってからだろう。それだけ武闘派でアスリート気質の親父に俺は振り回されて、お袋も付き合わされていただろう。


 ──あなた! タケルを殺す気なの!。


 毎晩そういう言い争いを聞いた気がした。バチンと親父がお袋に手を上げた音を聞いてそれが俺の眠る合図となるまでそう時間は掛からなかった。

 ロクでもない。そう、何もかもがロクでもない。

 親父は腕っぷしばかりでロクに何もできない。お袋はあれだけ俺を気に掛けてくれて結局何もできずに消えてロクでもない。そして俺も御多分にもれずロクでもない。そう言った血筋なのだろう。

 中学に上がる頃には誰にも負けないくらいのその地域全体を仕切るくらいの特大の大悪党の降誕だ。

 井の中の蛙大海を知らずという言葉の通りなら、体格も経験も豊富な先輩たちにこっぴどく絞られている筈だった。

 だが俺は強かった。普通ならあり得ないくらいに親父に殴る事の意味を仕込まれていた。

 突っ掛かってきた奴らは皆片っ端から殴って黙らせた。気に入らない奴も殴って黙らせ、何ならガタイのいい奴は手当たり次第にケンカを売って回った。

 他校からの番と呼ばれる連中も総じて熨斗を付けてボコボコにしてやった。

 気づけば親御にも学校にも警察にも、何なら堅気でない奴らからも目を付けられて、あっちこっち追い回されて追ってくる奴らを返り討ちにした。

 公務執行妨害、決闘罪、暴行と余罪はたんまりあった──そして止めの……。


 ──親父‼。


 家に帰って実家の道場で血を流して首が一回転した親父の姿を見て俺は遂に御縄になった。

 警察署で拘留され、家庭裁判所──そして判決。

 今でもハッキリと覚えている。あの裁判官の言った言葉。

 親親族の来てない事を良い事に調子の良い事ばかり言いやがる。終いには──『更生の余地なし』とまで言いやがりやがった。

 俺は中指を立ててそいつに言ってやったさ。


 ──更生する気もないし、更生したとしてもアンタだけは許さない。


 きっぱりとそう裁判官に言ってやって俺は少年院にぶち込まれた。

 殺した覚えのない『親殺し』を背負って俺の少年院生活に──地獄を見た。

 濃縮された苦しみの中で、とにかく必死に生活する事だけに執心して。そしてあの裁判官とは真逆の更生の道を辿った。

 だが残っているのはとにかく胸糞の悪い人を殴った感触ばかりが手にこびり付いて仕方がなかった。

 俺の歩む道は他人の上に成り立った外道。それに俺は──。






 俺は飛び起きて辺りを見渡した。

 ワンゲル部の部室のペンションで外泊したようで、山懸と鮫島がシュラフに包まって寝ていた。

 だんだんと記憶がハッキリしてくる。そうだ、俺は昨日、鮫島を奴隷にしている奴らをボコボコにしてここに戻ってきたのだ。

 鮫島奴隷解放祝いと称して三人仲良くどんちゃん騒ぎをして騒ぎ散らしたのだ。

 料理酒があちこちに転がっている。嗚呼、そうだ。こいつで昨日は一献を楽しんだのだ。

 呑めたものではなかったが酒はこれだけだった。一応の酒で飲みかわし、あのバカ二人からカッパらった煙草を約二年ぶりに吸ったのだ。

 煙草は旨かったが、しかし人を殴ったことを酒の力でも忘れられなかったのだろう。

 悪夢で飛び起きる羽目になった。

 俺のシュラフの中は汗まみれで洪水のようだ。素っ裸でシュラフに入ったのか、気持ち悪くなってすぐに出てパンツを穿いた。

 朝日を浴びて俺は鏡を見た。

 相変わらずヒドイ面をしている。堅気のそれじゃない。

 何が楽しくて札付きの不良になったのか、なろうとしたなった訳ではない。なっていたのだ。


「何が楽しくて……人を殴ったんだ……」


 水は通っているようで顔を洗って俺は気を引き締めた。


「ス──……はァ……シャア!」


 頬を自ら張って気合を入れ直す。この胸糞の悪い気分を吹き飛ばしどうにかしてこの学園で『まとも』に戻るんだ。まだ入学して二日目だ、気を落とすにはまだ早い。

 俺はまともに戻ったんだ。そう呪いのように言い聞かせて気を引き締めて、服を着た。

 鮫島も山懸も俺の声で起き出して飯の支度を始めた。飯を食べ始める。

 さあ、戦場になるか。はたまた天国となるか。

 それを決めるのはまさしく運命だろう。






「喧嘩ランク?」


 校舎に投降してすぐに俺達は教室に入ると、鮫島は学生証をとあるリーダーに通しているのに習い俺もそれに学生証を通すと、通す前には無かった文字が印字されていて声に出してそう言った。


「Dランクだね。入学してすぐだし当然だよ」


 鮫島はニコッと笑った。


「喧嘩にランクなんてあんのか?」


「一応ね。強さの指標として設定されているんだ。S・A・B・C・Dの順番だよ」


「指標の基準とかあるのか?」


「承認された喧嘩の勝り数で決まるよ。一応Aランクからは一部授業免除の権利とか貰えるそうだよ」


「ふーん」


 差別的と言えばいいのか、何と言うか社会の縮図をそのまま落とし込んだような学校だ。

 権力を握る人間は優遇され、権力のないモノは隷属を強いられる。まァ、この学校の権力は喧嘩の強さなのだが。

 そうだったとしても俺には関係のない話だ、俺はまともな学生をしたいのだ。喧嘩なんて剣呑剣呑と言って茶を啜ってやろう。

 昨日の夜はある種の事故だ。事故の正当防衛で暴力を振るったに過ぎない。

 学生の本分はなんだ。勉学だ、喧嘩ではない。それを履き違えてはならない。

 席について、ホームルームが始まって俺は疑問になった事を聞いた。


「鮫島。もし喧嘩に負けて奴隷になったとしたらランクとか関係なくないか?」


「うん。殆どね。でもここは極天地。奴隷にも反抗の機会は幾らでもあるからね。昨日は運が良かった」


 何でも学生証はこの学園では人権と同じ意味を持つらしく、喧嘩の際にお互いに学生証を見せ合うと生徒会の評議員会に伝達が即時行き『正式な喧嘩』が承認されるそうだ。

 そして喧嘩の勝ち負けで、負けた者が勝者に学生証を一か月間譲渡され、奴隷となるそうな。


「てことは昨日の俺のあれって……」


「非公式の喧嘩。闇喧嘩だね、評議員会の承認外の喧嘩だから校則違反だけど。そんな事しょっちゅうあるから」


 聞く限りでは一応この学園の諍いは『統制』を目的として『制御された喧嘩』を目指している。

 しかしそうであったとしても喧嘩で物事を決めるなど野蛮極まりないだろう。

 もう二度としないと心に決めるが、しかしながらほんの少し、極微量に、些細な疑問をあの二人に持っていた。

 簡単な話で──煙草をどうやって手に入れたのか。

 アイツ等からガめた煙草は五箱と少し、これだけの本数三日もあれば吸い切ってしまう。

 せめてもう少し締め上げて出所を聞き出しておけばよかったなど欲を掻くが、強欲は七つの大罪の一つだ。いけないけいない、慎ましく、静かに冷静に生活せねばな。

 第一に俺は二年間禁煙できていたのだ。またヤニを吸ってどうする。

 肺は真っ黒になって息切れが早くなるばかりだぞというが、しかし──。


「拉麺食った後に吸うと旨いんだよなァ……」


 化学的なアプローチをするとニコチンは揮発性の無色の油状液体。即ち油とよく溶けやすいのだ。

 となれば豚骨やらなんやらと脂まみれの拉麵を食べた後に煙草を吸うと口の中に残っている脂と調和して非常に美味に感じ、満腹幸福ゲージがマックス100だとすれば煙草を食後に吸えば満腹幸福ゲージが110のゲージを突破してより幸福感が得られるのだ。これはマジだから是非、喫煙者は試してほしい。

 と言っても俺は未成年だし本来煙草を吸っていること自体間違いなのだが、喫煙歴五年のヘビースモーカーだった男だ。

 二年の禁煙期間があったとしても昨日の夜散々吸い上げた。巻き上げた五箱も気づけばもう二箱だ。

 今迄のペースを考えると持って今日明日で手元から無くなる。せめてあいつらの名前と所属学年クラスだけでも口を割らせば良かった。


「にしても轟君の喧嘩。凄かったね。何か習ってたの?」


「家がな……我流道場やってたんだ。マイナー護身術道場だよ」


「それであんなに強かったんだ」


「つっても技とか使ってないけどな。俺流喧嘩術」


 片田舎の弱小道場だ。立派な道場でもなかったプレハブに無造作に畳を敷いただけの簡易的な道場で、合気道のように護身性にも飛んでなく、ムエタイのように花はない。

 ただ教えていた教義はこの世のものではない。──徹底して破壊を目的とした武術。

 非暴力を叫ぶ日本にはあるまじき、破壊の権化のような技ばかりであった。

 組めば捩じり千切り、寝技は失神しても更に絞めて呼吸を止め、撃てばそれこそ粉砕を目的としている。

 力なき主張は馬鹿の囀りなりや。

 そう言った親父の言葉は今にして思えばまさしくイカれキチガイのそれだ。

 破壊を地で行き、人を殺す事もいとわない。一人で軍隊に匹敵する力を得ようと本気で思っていた大馬鹿野郎だ。

 ワンマンアーミーなんて映画の世界だ。唯一例外を上げるならシュワルツェネッガーぐらいだろう。


「噂になってるぜ。入学早々の大デビューじゃねえか」


 前の席の三河が意地悪ぶってそう言ってこちらを見た。

 何処から嗅ぎ付けたのか、恐らく昨日の喧嘩の事を知っている様子で意地汚い笑顔で厭らしく口元を歪めていた。


「ダチを助けただけだ。別に目立とうとはしてない」


「その割にはえらく手ヒドく痛めつけたみたいだな。椋野は大怪我、片山は精神障害だ」


「マジでそんなんなってんの……」


 ちょっと不安になってくる。自分で起こした事だが、さすがにやり過ぎた気がする。

 たぶん、椋野というのが男の方で、片山が女の方だろう。

 片山はともかく、椋野に関しては最後の一撃は余計だったろうか。

 倒れている相手の後頭部へ全力の踏みつけ。下手を打てば脳挫傷からの即刻入院レベルの仕打ちだ。

 体に染みついた暴力の癖のようなものだが、反省が必要だ。

 頭を抱えてさすがの俺でもへこんでしまう。やり過ぎた、後悔する位なら初めから喧嘩などするなと後ろ指さされても仕方ないがそれでも後悔する。

 何のための少年院だったのか。これでは昔の俺だ。


「やり過ぎた……」


「風紀員に嗅ぎ付けられないといいけどなァ」


 意地悪く笑った三河に俺は更にへこんでしまう。

 大馬鹿野郎だ。地獄を見ても天国へはいけない亡者のそれだ。

 それ即ち俺だった。






「ス──……はァ──」


 人目を避けて煙草を吹かして、白く立ち上る紫煙の旨さに脳が痺れる。

 ニコチンの何たる甘美な事か、そしてこれが飯の後なのだからさらに至福だ。

 ソー・スウィート──至福のひと時だ。

 俺は手の元の寂しさを覚えて学生証を取り出して見ていた。俺のヤクザみたいなツラが印刷された顔写真と名前、学籍番号、所属部活無所属と印字されており、そして喧嘩ランクのDランク563位と書かれていた。

 何がランクだ。何が喧嘩だ。そんな剣呑な物俺には必要がない。

 必要なのは勉学と、もしよければニコチンだ。


「何が楽しくて喧嘩をするんだか……」


 俺はそう言って煙草の灰を落とした時だった。ありもしない返答が唐突に返ってきた。


「喧嘩とは文化交流コミュニケーションだ。人と人の語り合うのに言葉など無粋な物は必要ない。武術の演武が美しいように、ダンスに心を躍らせるように人は言葉に頼らない文化交流コミュニケーションツールとして喧嘩を使用している」


「あ?」


 俺は学生証から視線を外した時、唐突に流れた大音量のアナウンス。


『二年丙組、爆川あかね。二年乙組、轟武瑠タケル。喧嘩の承認が行われました』


 学生証を俺に向けて鋭い目つきの女子がこっちを見ていた。

 その女子は見覚えがあった。昨日の昼飯の乱闘の当事者の一人だ。

 俺は目を白黒させて、爆川あかねに聞く。


「いや……なんで喧嘩せにゃならんのだ?」


「貴様は昨日の夜、校則違反をした。闇喧嘩は御法度だ」


 まさかあれを見られていた。

 いや待てあそこにいたのは間違いなく、俺と鮫島とバカ二人だけだったはずだ。

 なのになぜこの女が、風紀委員長様が知っているのか。


「昨日の夜、保健委員会の夜間病棟に二年己組の椋野竜也は大怪我、二年己組は片山梓パニック障害一歩手前で担ぎ込まれた。こんな症状、闇喧嘩にしても闇討ちのような卑劣な行いでしか起こりえない」


 あのバカ二人ッ……ゲロってこいつを差し向けやがった。


「いや待て俺は正々堂々真正面からやりあったぞ!」


「ならば何故承認を受けずに喧嘩をした。アタシの目の黒いうちは喧嘩の流儀は汚させない」


 構えた爆川にさすがの俺も焦った。

 いやホントに待て! 。あれは事故みたいなものだし、何より正当防衛の域だろう、過剰防衛だった気がするが……。それでも俺は正当防衛と声高らかに言おう。


「待て俺は喧嘩する気はない!」


「問答無用ッ!」


 距離を詰めて爆川の拳が俺の腹部へと伸びる。

 ゾッとしてしまう。この圧、オーラとでもいうのか、女のそれではない。

 それはもはや殺気にも近い。守らねば殺されるそう実感できるような、そんな気配に俺は珍しく気圧された。


「うっそだろ!」


 そのパンチを躱して、俺は身構えた。

 好き好んで女を殴るほど俺は拳骨魔ではない。それは昔の俺だ。

 だが、このままでは俺が病院送りになりかけない雰囲気を爆川は醸し出しているではないか。

 避けた拳、続けざまに放たれるローからのハイキック。


「ッ~!」


 背骨を逸らしてその蹴りを何とか避けた。

 メシメシと背骨が軋んだような気がするが、しかし俺の目に飛び込んできたのは──! 。


「白ッ!」


 ミニスカの癖してハイキックは爆川の下着、おパンティーをばっちり覗ける体勢だった。

 しかも俺は俺の避け方ときたらより見やすい仰け反りの姿勢なもんだから、純白の白色が俺の目の前に飛び込んできた。

 オオ何と神々しい白い光か。きっと柔軟剤のいい匂いがしそうなそのパンツに俺は思わず涎が出そうになる。


(服装……エロ過ぎんだろ……)


 ミニスカパンチら覚悟の上、しかもおっぱいはブルンブルン揺れている。ブラ付けてないんじゃないのか? そう思えるほどバインバインと揺れて、ちょっとだけ股間が滾ってくる。

 少し前屈み気味に俺は言った。


「女が暴力とはどうかと思うぞ……」


「女男は関係はない。言っただろう。喧嘩とは文化交流コミュニケーションだ。人と人との関わりを持つ大切なツールである」


「傷つけあうの間違いだろ。──第一にだ!」


 俺は声を荒げた。


「何だその服装! 誘ってんのか」


「さそ……う?」


 服装に然程意識していなかったのだろう。頭に疑問符が浮かんでいる様子が見て取れる。

 しかし俺は、それを見れば見るだけ股間に熱さが滾ってしまう。もう隠してなるものか──! 恥ずかしいお粗末な物は持っていない見せつけてくれよう! 。

 勃起した逸物がテントを張っていたズボンをこれ見よがしに見せて、言って見せた。


「お前絶対、女を武器にしてんだろ。視線そっちに誘導して、隙誘ってボコしてんのが目に見えんだよ。見ろこれ! 狙い通りだろうが!」


 ぱっつんぱっつんのおっぱい放り出しスタイルのワイシャツもそうだし、何より爆川あかねの体形は肉付きが良すぎるグラマーのだ。

 極上の雌だ。眼も切れ長でまつ毛も長い。ボンキュッボンを現実のものとして、しかもこの女が強いと来た。オオッ女戦士アマゾネスよ! 男はそんな気の強い女に弱いんだ。


「……なっ!」


 狼狽したように声を上げて胸元を隠した爆川により股間の怒張が激しくなる。気高い女にも恥じらいを最高のエッセンスではないか……。


「神聖なコミュニケーションに邪な感情を持ち込むなど……貴様ふざけているのか」


「大真面目だよ馬鹿野郎……」


 俺も少しだけ真面目に、そんでもって勃起しながら構えた。

 アナウンスを聞きつけたのか。何人かの生徒たちが観戦に来ていた。

 男子生徒は少しザワつき、女子生徒は少し顔が赤いように見える。まあ仕方ない何せ俺は勃起しながらファイティングポーズを決める傍から見れば間違いなく変態のそれだ。

 念のために言っておくが俺は変態ではない。至ってノーマルだ。ただ少々多感な時期にあるだけだ。

 第一に爆川も爆川であんな格好誘っていると言っているような物だろう。

 そうでないにしても些か煽情的すぎる。


「喧嘩の最中、乳にタッチしても文句言うなよ」


「その考え自体がもう邪だ!」


 容赦なく放たれるキック。その軌道は見事に股間を狙っている。

 マジか。こいつを俺を悶絶死させる気か! 。そんな事を考える暇などなかった。

 蹴りを足で受けるが──この重さ、女の蹴りか! 。

 まるで鉈で足を叩き切られているかのような切れ味のある鋭い蹴り。


「ッシ──」


 速いラッシュで、放たれるジャブ。縦拳の類か、まともに打ち込めない。

 下手に打ち込めば軽く払われ、顔に一撃喰らうだろう。そう容易に想像が付く。


「やりにくいなァっ! くっそ!」


 顔面を狙った爆川のジャブ。こんなことやってられるか! 。

 右ジャブの拳に手を添えるようにしてを左へと流す──俺のターンだ。

 体の軸が僅かにぶれる爆川に俺は見逃さず、右アッパ──―顎への直撃コースだ。

 しかし──


「っく──」


 咥え煙草のままやっていたせいか、煙が俺の目に直撃して目が染みて、拳の軌道がずれた。

 拳が直撃したのは柔らかな物体。ムチュンっといった擬音が適切か、非常に柔らかく餅やマシュマロと言った物より柔らかな感触が拳に伝わってくる。


「いっ──てぇ。ああクソ目に染みた……」


 眼を擦って爆川を見ると男子陣から歓声が上がった。

 何事か。パッとそれを見ると──拝んでおくべきか。爆川あかねの生乳がまろび出ているではないか。

 鼻血こそ噴き出さなかったが、俺の顔に熱が上ってくる感覚があった。

 俺の右アッパーの軌道が逸れて顎よりも手前、ちょうど爆川の胸に当たったらしい。

 その衝撃で爆川の爆乳を抑え込んでいたワイシャツのボタンがはじけ飛んだようで、ブラなしの生乳がブルンブルンと目の前に飛び込んできたのだ。


「なっ──なんてもんモノ見せんだ! 隠せ!」


「やってくれたな──!」


 片手で胸を押さえて乳首を隠しているが、俺はしっかりとそれを見てしまった。

 綺麗なピンク色のそれに親指の第一関節程大きさの乳首が自らを主張するようにツンと立っていたではないか。

 強姦魔なら今すぐにでも飛び掛かって犯すだろうが俺は流石にそこまでの根性はない。

 目を瞑って手で覆い隠すが、その隙が──。


「ゴッハッ──っ!」


 鋭い蹴りが鳩尾に突き刺さった。肺の空気が一気に抜けて呼吸困難だ。

 因果応報の報いだろう。少し足が震えている。


「き──くう。ゴッホ! ゴッホ!」


 咳き込んでえづいて見るが、やはり鳩尾の一撃は尾を引く……くそ。

 これで俺も奴隷落ちかと覚悟を決める前に玉砕を決める覚悟で踏ん張って立ち拳を再度構えた時だった。

 学校中に鳴り響く予鈴の音に、皆残念そうな声が聞えた。

 爆川も構えを解いて、ワイシャツを引っ張って胸を隠しながら踵を返す。


「あ。逃げんな! ようやくエンジンがかかってきた頃合だぞ!」


「アタシたちは学生だ。授業を疎かにして迄喧嘩をする事はない」


 ああそこは常識的なのね。俺は少しだけ安心したように息を付いたが。


「放課後に覚悟していろ。奴隷落ちじゃ済まさないからな」


 爆川の睨みの利いた声にサーっと血の気が引いた。あの目マジだ。

 殺意に近い目で俺を見ていた。

 しかしそんな中でも元気溌剌な俺の息子だけはどうしようもない。


「俺にその元気を分けてくれ。マイ・サンよ……」

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