第3話 ケンカのスイッチ

 世界が崩れ去るとはまさにこのこと言うのだろう。

 放心状態で授業を受けて、放心状態で寮に向かって手続きをして、放心状態で自室へ入った。

 大変綺麗な部屋だ。家具一式揃っているし新築の部屋のような新鮮な香りで清々しい。


「ハハ……ハハハハ……」


 完璧だ。すべて完璧だ。

 ただ一つの真実に目を瞑ればだ。


「俺の爽やかな青春……!」


 血が流れ出てしまいそうなほど拳を握り締めて俺はベットの上にダイブした。

 もう嫌だ。あんな灰色な青春に戻るなど。しかしながら現実はどんなタイミングでも非情だ。

 グッバイ、ブルースプリング。ハローグレイクラウン!。クソッタレ!。

 俺は俺の行いを反省した。あの独房の中で、反省し抜いて精神を砕いてこれまでの悪行の行いのすべてに首と地面に擦りつけて意地汚く謝罪をして回ったはずだ。

 なのに待ち受けているのはこの喧嘩上等の独裁学園とはどういうことだ!。

 責任者の所在を問う。


「ヌウウウッ! アアアア!」


 ベットの上でのたうち回って現実から目を背けたい気持ちでいっぱいだ。

 許されるのならこの部屋のドアノブで首を括ってこの部屋の住人になったものを片っ端から呪い殺していきく最悪の地縛霊になってしまいたい。

 もう嫌だ。喧嘩なんてなにが楽しいんだか。

 俺の拳骨を見るがいい。拳は痛めて奇妙に骨が変形しいる、皮膚もボロボロの傷物。

 それだけならばまだいい。俺のお頭は殴られ過ぎて知識というモノのすべてが殴られた衝撃と共に吹っ飛んで行ったようで九九を言えればまさしく奇跡だ。

 こんな駄々っ子のようにベットの上で暴れまわっているのがいい例だ。

 嗚呼、人生よ。我が愛しき人生よ。灰色の日常におさらばを……。


「あああ! おしっこ洩れちゃう~! うんこ垂らしてゴリラみたいに壁に擦りつけて遊びたい~!」


 まともな精神状態でいられようか。

 バッタンバッタン、ギシギシガンガン。ベットが俺の体重に悲鳴を上げて軋みを上げているのにさすがに騒ぎ過ぎで隣の部屋から壁ドンが来てもしたたがないと思い流石に迷惑を掛けるのはマズいと静かになった俺は、さっきとは打って変わって静かに天井を見た。


「知らない天井だ……何言ってんだ俺」


 何故だろう独り言が多いい。

 普段からこんな事ではないはず、一人作業をしているのなら鼻歌のそれが出てもいいが、今は本当に何もしていない。これ幸い初極天地の授業を受けて宿題を貰えてなく、今は自由時間。

 時計を見れば夕飯もいい時間帯の午後七時ぴったりだ。


「飯でも食うか……」


 ベットから体を起こして部屋に備え付けられている冷蔵庫開けて見ると、空っぽ。当然だろう。

 台所からの水は綺麗な透明。錆の影響もカルキ臭もしない。いい浄水器が付いている。

 がぶがぶと水をとりあえずの食料として、財布を開いた。

 一万五千円と小銭が少し。

 寮の一階にはコンビニがありそこで食料は調達できる。

 俺は財布を持って、部屋をでた。

 にしても広い寮だ。鮫島曰くここはマンモス校。三学年合わせて推定六千人が宿泊している施設の一つだと考えると、これでも手狭だろうと思える。

 一介の駅前ビジネスホテル顔負けの内観が故に、少しワクワクしてしまう。外泊はしょっちゅうだったが、友達の家に転がり込んだり野宿とは違いこうした施設は少しだけ気持ちを昂らせる。

 有料ビデオカードでも下のコンビニで売ってないだろうか。飯食ってシコって寝てしまえば少しは気が晴れるだらろうと軽く考えて、ダラダラ過ごすに限る。

 単車で爆走も少年院と共に単車を売っぱらわれたから走る手段がない。ならダラつくしかないのだ。

 単車は追々買い直すことを考えながら、コンビニに到着した。

 十分な品揃えだ。弁当に飲み物、アイスにお菓子、カップ麺に何ならコンドームも常備。

 生徒手帳の校則には不純異性交遊に関する条文がなかったために、いくらでもしっぽりしていいと言う事なのだろう。

 流石に煙草と酒類は置いていなかったが、それでも十分すぎる品揃えだ。

 弁当二つに菓子類、ジュースを数本カゴに投げ込んで、ついでにコンドームと有料ビデオカードも。

 レジにそれを持っていき、会計を済ませようとしたとき。

 非常に大荷物の見知った生徒がいた。鮫島だ。


「お、鮫島」


「こんばんは、轟君」


 少し頬が腫れているように思うが、何かあったのだろうか。

 大量の食糧に合わせて漫画雑誌が数部入った袋を持って重そうだ。

 部屋の冷蔵庫には入りきらないであろう食料の買い溜めに不思議に思いながら俺は会計を済ませた。


「やけに買い込んだな。料理好きか何かか?」


「着替えを取りに来たのと、部活の買い出しだよ。野外倶楽部だからこの位必要なんだ」


 そう言う鮫島に部活もあるのかと思い俺もどこに所属すべきか考えた。

 爽やかに野球というのもいいし、女に持てそうなバスケやテニスもいいだろう。

 夢は一杯だ。しかし校則の事ばかりが頭にチラついて嫌になる。

 一緒に部屋に戻ろうかと思っていたが、鮫島の進行方向は寮の外であった。


「もう暗いぞ。部屋に戻らないのか?」


「……いいよ。僕は今日部室で止まることにしてるから」


「部室ったって」


 道具やらなんやらでごった返す汗臭い部屋で寝泊まりは勘弁と思うが、暫定友人が少し気が暗いように思えて俺は少しだけ心配してしまう。何かあったのだろうか。


「丁度いいや。鮫島。部活紹介してくれよ」


「部活って僕の?」


「ああ、お前と一緒なら話も早そうだ。見学がてらにさ」


 そう言って俺は、鮫島と一緒に寮を出てだだっ広い極天地の校内を歩いて行った。


「にしても広いなこの学校」


「大体端から端まで五キロぐらいあるからね。横浜ともアクセスもいいし……校則さえ目を瞑れば、ね」


「とんでもない校則作ったもんだぜ。奴隷って、いくら何でも無茶苦茶すぎだろ」


「文武両道、富国強兵がこの学校のモットーだからね」


「ハングリー精神満載だな」


 そんな事を言いつつ俺は一緒に少し疑問に思った事を聞いた。


「着替えを取りにきたっつたよな鮫島?」


「うん」


「ずっと外泊してんのか?」


「……入学してからだいたいずっとね」


「あんないい部屋貰ってるのに、外泊する意味あるか?」


「あんなとこ人の住む所じゃないよ」


 なんだか陰のある言い方をする鮫島に疑問を感じる。設備も十分、住み心地も十分。

 あれを天国と言わずなしてどこが天国なのだろうか。

 俺の知らない何かがこの学校であるのだろう。俺は何も知らずにこの学校に入学した。そして案の定この学校での『喧嘩』の意味を当日に知る羽目になった。

 何かしらがこの学校にはある。そう思えたのだ。

 徒歩十五分と言ったところだろうか。

 鮫島の先導に付いて行き、行き道がどんどん獣道みたいに鬱蒼とした森の中に入っていくではないか。

 人工島のくせして、森やら、川やら、山やらを建造している極天地はやっぱりどこか頭のどこかが狂っているように思える。

 そんな森の中を突き進んで、到着したのはちょっとした山小屋であった。

 平屋造りのペンションで、十人程度なら収容可能な大きさだ。

 明かりが灯っており、鮫島はそこへ入っていった。


「部長。戻りました」


「うん。お帰り」


 中にいたのは、恐らくここの倶楽部の部長であろう人物だった。

 穏やかそうな目で囲炉裏に薪をくべてお湯を沸かしていた。


「ん? 鮫島。そちらは誰だい?」


「部長。転校生で、僕のクラスメイトの轟タケル君です。部活を見学したいみたいで」


「ッチッス! 轟っす!」


 俺は敬礼で応じて、その部長は優しげに笑った。


「まあまあ、そんなに硬くならないで。こんな寂れた部活だけど見学は大歓迎だよ。──私は山懸理人やまかかりあやひとだ。よろしく」


 座るように催促する山懸に俺達は腰を落ち着かせた。

 こんな山奥でやる部活とは一体何だろうか。もしかすると登山部だったりするのだろうか。


「ここって何の部活なんっすか?」


「ん? ワンダーフォーゲル部だよ」


「ワンダー……」


 聞き慣れない名前だ。ワンダー……なんて?。

 目を白黒させている俺に山懸は微笑んで説明してくれた。


「ワンダーフォーゲル部。略してワンゲル部。登山部やら山岳部と混同されがちだけど。ワンゲルは自然と戯れる部活だよ」


「ツー……とどういう意味っすか?」


「山ばかり登らないし、沢下りとかキャンプとか登頂を目的とせずより幅広く自然活動をおこなうのがワンゲル部だよ」


「へー」


 少し賢くなった。こういった部活もあるんのかと思う。

 ワンゲルなんて初耳だし、キャンプ自体も俺は初めてだ。路上野宿は不良時代それこそ山ほどやったが、部室を見渡せばキャンプ道具もチラホラみられた。

 シュラフやら折り畳みのイス、スモーカーやら珍しい調理器具に俺は少しだけ楽しい気分になる。

 新境地と言ったところか。キャンプなど何が楽しいのかと思うがやっぱり道具を見るというのは気分を上げてくれる。何より、手斧や鉈を見ると気分が上がる。

 男の性だろう。凶器はやっぱり綺麗だし、美しい。

 日本刀が芸術品であるように、俺にしてしまえば刃物全般はすべて最高の芸術品だ。

 十徳スコップと言えばいいのか、多機能シャベルを俺は特に気に入った。

 スコップ部分は刃になっており片面はノコギリ刃だ。曲がるようにもなっていて鍬にもなるようだし、何より棒の部分は分割出来てコンパス、マルチナイフ、銛、マグネシア棒ファイヤースターターが付いていて便利だ。切る、挽く、掘る、砕く、火を着けるとこんなに盛沢山の機能。

 俺は言ってしまえばガジェットマニアだ。小さな物に機能があればあるだけそれだけで興奮できる。


「どうだ。似合うか?」


「うん。山の男って感じ」


 俺は多機能シャベルを構えて鮫島にカッコつけて立って見せて、煽てるように鮫島は手を叩いて褒めてくれた。

 コーヒーセットで豆を挽く山懸が三人分のコーヒーをカップに注いでペンションの中に芳醇なコーヒーの香りが漂った。

 軽い夕食を山懸が作ったみたいで、俺の為に腕を掛けて作ったそうだ。

 俺は喜んで飯を貰うことにしたが、鮫島が腕時計を確認すると雰囲気が少しだけ曇った気がした。


「すいません部長。少し出てきます」


 そう言い鮫島は部室を出て行った。

 俺は夜飯を喜んで食べた。弁当二つも無駄にする事無く食べて、山懸の作ったホットサンドを平らげた。

 チーズにピリッと効いた胡椒が絶妙にマッチしていて旨い。


「転入で良くここを選んだね。君」


 山懸がそう聞いてくるので俺はコーヒーを飲みながら答えた。


「ここしかなかったんっすよ。ここだけの話俺は少年院を退院したばっかでどっこも学校側が受け入れてくれなかった。通信でも良かったんすけど。やっぱりコミュニケーションって大切じゃないっすか」


「確かにね。でもわざわざここじゃなくても良かったんじゃないかい? 関西方面なら、武相高校ってところもある」


「さすがに関西は遠すぎっすよ」


「関西の子とか一応こっちに通っているし、逆もありだと思うけどね」


「実家かがこっちですから。まあ、俺の親戚は全員門前払いっすけど」


「ご両親は?」


「母親は俺が六歳の時蒸発しました。親父は死にました」


「そうかい……」


 山懸と共に四方山話に色々と花を咲かせてみた。この学校の実態も知りたく色々と。

 まずワンゲル部は今廃部の憂き目にあっているそうだ。何でも昔は相当勢力の強い強豪部活であったそうだが、腕っぷしが物をいうこの学校で、その腕を持つ者たちが軒並み卒業してしまい今はその勢力はなく、この山懸と鮫島だけが部員なのだという。


「酷い話っすよね。ケンカでもの言うとか餓鬼じゃあるまいし」


「いいじゃないか。単純明快で、時には暴力も解決手段でもあるんだ」


「それでもだと思うっすよ。喧嘩で優劣つけるってまるでコロッセオの剣闘士っすよ」


「それだからだよ。明瞭で単純、だから陰湿なイジメも起きないし、言いたいことはハッキリと言える。拳で語るって言えばいいのか。……僕は苦手だけどね」


「俺も嫌いっす喧嘩は。痛いばっかでロクな事がない」


 コーヒーをもう一杯貰い膨れた腹をさすりながら一息つく、これで煙草を吹かせばさぞ旨いだろうと思うが残念ながらヤニは今手元にない。

 学生の本分はヤニを吸ったり酒をかっ喰らったりするだけが本分ではない。勉学が本業だ。

 やはり夜の暗さが昔のワルの頃の雰囲気を誘ってくる。いやいや、俺は更生したんだ。もう道は踏み外さない。勧善懲悪の精神だ。


「三日後にはお取り潰しの部活だけど。最後のお客さんを招けて僕も嬉しいよ」


「……三日後なんかあるんすか?」


「部活対抗乱闘でね。ワンゲル部対ボーイスカウト部の仕合だ。戦力差があり過ぎるんだ、こっちは二人、向こうは部員五十人近いいし、そのなかの精鋭を送り込んでくるだろうね」


「もう完全に見世物っすね」


「弱肉強食の学校だからね。ワンゲルとボーイスカウトの活動内容は似たようなものだし、いつかはぶつかり合う事は目に見えてたんだ」


「もし負けたらどうなるんすか?」


「吸収合併だろうね。部費もここも全部没収されて僕たちは運が良ければボーイスカウト部員だ」


 悲観するような笑顔で笑った山懸の笑顔が痛々しかった。

 指して害のある部活でもないだろう。過去はどうであったとしても今のワンゲル部はサバンナの瀕死のバンビと同じでか弱いで注視するまでもない部活だろう。

 そんなワンゲル部に襲い掛かってくるボーイスカウト部なる部活は相当な強豪なのだろう。それだけこの学校、極天地の弱肉強食の精神は相当に根深いモノなのだろう。


「にしても、鮫島遅いっすね」


 時計を見ればもう一時間近く経っている。

 寮からここまで大体十五分、行き帰り合わせても三十分あれば返ってこれる筈だ。

 このままではホットサンドが冷めて美味しくなくなってしまう。


「ちょっと探してきます」


「……うん。たぶん居場所はここを降りて右に行った公園だろう。……気を付けてね」


 俺はペンションを出て腹ごなしがれらにランニングしながら鮫島がいるであろう、公園に向かって軽く走った。

 夜の暗闇に少しだけ心を躍らして、小運動。誰も見ていないからオーバーに小石を飛び越えてみたり、シャドーボクシングもどきをやってみたり。

 そして当の公園に到着した。

 そこには確かに鮫島はいた。しかし、決して良からぬ状態でだった。

 苦しそうに這いつくばって、腹を押さえ呻いている。

 鮫島に駆け寄ろうとしたが、足が止まった。そこに佇んでいる二匹に眼がいったからだ。

 さも柄の悪い風貌の男女二人組だった。極天地に制服の指定はないが、一様に制服風なものを生徒たちは着ているようにしている。

 その一人は学ランを羽織って、ボタン全開けのシャツ姿。髪は奇抜な色に染め上げて目立とうとしているのがすぐに分かった。

 もう一人はコギャルを気取ってダルダルのセーラー服にルーズソックス。金髪に髪を染めて倒れて呻く鮫島を見て面白そうに煙草を吹かしていた。


「鮫島」


 俺は躊躇なく、その中へ入っていった。

 クソ胸糞悪い。弱い者イジメ程見るに堪えないモノはない。


「……と、轟君」


「お? なに? お友達系?」


 恐らく鮫島を痛めつけたであろう主犯格の男子生徒がそう面白そうに言って面白がって俺の顔を覗き込んできた。

 俺はこんなゴミ如きにかまけている暇はない。倒れて呻く鮫島を起こして、その体に不調がないかを確認した。この呻き方、腹を殴られたのだろう。肋骨は折れていない。


「いやーちょっとトラブルでねぇ。躾の悪い奴隷にお仕置きを」


「黙れ。お前に話しかけてねえよ」


 俺はバッサリとそう言った。

 鮫島は体型、拳の傷から見ても喧嘩をしてきていないのが目に見えて分かる。そして何より、こんな俺に警戒心なく話しかけてくるあたり世間知らず、関わってはいけない連中の見分けがついていない。

 大方、それが祟ってこんな連中に奴隷にされているんだろう。


「鳩尾か? 大きく息吸って息整えろ」


 介抱する俺に、そいつは気に食わないのか俺の肩を掴んで引っ張ってきた。


「何だよ」


「何だよはこっちだよ。何人の奴隷に手を出してる訳?」


「ダチを心配して何が悪いんだ? ア?」


 ただでさえコレで気分が悪いのに、さらに煽ってくるように絡んでくるこいつ等に、俺も最大限我慢をした。我慢をし続け堪える。ここで手を上げたら終いだ。口だけで済ませろ……。


「今俺らがこいつを躾けてる訳。分かってる? こいつは俺らの奴隷な訳、関係ないのは引っ込んでろよ」


「奴隷の前に俺のダチなんだよ。お前らの横柄に付き合わせて堪るか」


「なに? お前やる訳?」


「やる? 何を?」


「──喧嘩」


 学生証を出すそいつに俺は睨みを利かせて痰を吐いて言った。


「勝手にやってろ『ゴミ』」


 その言葉にそいつは切れたのか。いきなりの顔面パンチが飛んできた。

 顔のど真ん中に拳骨が直撃して、続けざまに左フックが俺の顎を撃ち抜いた。

 意識が揺れた。ガクンと膝が折れて地面に突いた瞬間に、ローキックが俺の顔面に炸裂した。

 見事な三連撃だ。


「────」


 嗚呼、煙草の香りがする。吸いたい。

 このムシャクシャしたクソみたいな気分を晴らすのにニコチンが必要だ。


「ザッコ。口だけマジンガーかよっ!」


 鼻で笑って、調子よくファイティングポーズを決めて軽くその場でトントンと跳ねるそいつに俺は流れ出た鼻血を力強く洟をかんで絞り出した。

 地面に湿る俺の血にさすがの俺もプッツンと何かが切れた。


「三つ良い事教えてやるよ」


「あ゛?」


 揺れる意識を治す様に頭をゴンゴンと自ら殴って直す。


「一つ。三発までは耐えてやる、仏の顔も三度ッているようにな。二つ、俺の前で煙草を吸うな。俺が吸いたくなる……──三つ俺の拳は男女平等だ!」


 バッタが唐突にその場で跳ねるように、弾けるように俺は体を跳ね上げて、そいつの腹に全力の一撃をくれてやる。久しく感じていない肉を殴る感触に、俺の凶暴性と言えばいいのかロクでもない感覚が戻ってくる。

 強く左足を踏み込んだ。

 俺のブローをモロに腹に受けたそいつが呻き屈んだ。勝機は見逃してはいけない、こいつにはまだ余力がある。

 体を捻って回転力を得て裏拳打ちをうなじに一撃──さらに逆回転からの腹部へのローキック!。

 選び抜かれた最善の喧嘩作法。流儀も流派もない、言うなれば我流、俺流のコンビネーション技。カッコつけて名前を付けるなら『旋風』とでもつけよう。

 瞬く間の三連撃を返す、だが──もう一度、とどめの一撃!。


「ラァッ!」


 倒れて呻いていたそいつの後頭部に容赦なく足を振り下ろし踏みつけた。

 グシャリという嫌な音と共に遂にそいつの意識が途切れ、地面に伸びて動かなくなった。

 死にはしないだろう。入院はするケガだろうが。


「ひっ!」


 俺がギロッと座っていた女の方を睨みつけてにじり寄る。


「や、やんのかオラ!」


 立ち上がって構える女。

 威勢がいい。だが駄目だ。──腰が抜けている。


「──ッ!」


 女がガードする前に腹部にパンチをくれてやる男女関係ない。喧嘩にフェミニズムを持ち込んだなら男は一瞬で消し飛ぶだろう。だが、闘争は男の本分。喧嘩こそ──雄の本能だ!。

 一撃で沈んだその女の持っていた煙草を摘まんで肺の奥底まで煙を吸い込んでその紫煙を口に含んで楽しんだ。

 この喉に伝うキック感、そして煙草の燃えるこの匂いこそ至福。──俺の闘争の匂い。


「フー……。大丈夫か? 鮫島」


「う、うん」


 第三者から見れば一瞬の光景だろう。主観からすれば濃密な時間だが、この感覚やっぱり後から来る。

 ロクでもない感覚だ。その瞬間は快感だが、後から響いてくる不快感に煙草の煙でどうにか誤魔化して俺は鮫島と肩を並べた。


「戻ろうぜ。部長が待ってる」

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