第4話運命

 聞き間違えかと思った。でも耳に聞こえた言葉は僕の頭の奥底にある記憶を引きずり出した。

 一枚のガラスが割られたように、その一枚一枚に眠っていた記憶が呼び起こされていく。半信半疑の間で揺れ動くが、彼女のその可能性はあまりに現実的だった。

 彼女はただ微笑み、呆然とただ佇んだ僕を見てなおも続けた。


 「あの日、あの時、私を助けてくれてありがとう。ずっと会いたかった」

 「……君が、あの時の……」


 どうにか絞り出した声を、彼女はしっかり受け取ってくれた。


 「そうだよ。よく学校で遊んでもらってた涼子ちゃんの猫だよ。やっと見つけた」


 間違えない。じゃあやっぱり、あの時の田宮先生の猫だ。だって田宮先生の本名を知ってるのはあの学校の生徒で僕しかいない。

 確かに彼女には既視感があった。最悪なあの出会いの時からなぜか初めてじゃない気がしてた。前世であってるのかとも思っていた。それから僕の記憶に関することが度々起こったことも偶然じゃないとも。

 まるで夢でも見ているようだった。そこまで接点があっっというわけでもないのに、彼女は僕のことを覚え、探してくれていた。こんなにも運命のような、小説や映画のようなことが目の前で、この肌で感じていることに感動すら覚えた。

まさに『猫の恩○しだ』これだけだと本当に映画見たいだ。


 「ずっと探してたの知ってる?ほんとこの体になって、何年も生活してやっと見つけたんだから!」


 僕の知っている彼女はもっと物静かで内気な猫さんだった気がするのに、人間になって過ごすことでえらく饒舌になったんだろうか。


 「あらたはいつこの世界に生まれ変わったの?」


 あらた。久しぶりに名前を呼ばれて少し戸惑う。

 

 「う〜ん、多分、意識が戻って一ヶ月もたってないと思うよ」

 「えぇ〜、私はこの体になってもう17年も過ごしてるっていうのに」

 「仕方ない。猫よりも人間の方がゆっくり時間が進むから」

 「まぁそうだよね〜、でも今度は長生きしたいな〜」


 不思議な気分だった。元人間の猫が、元猫の人間と寿命について話すなんて人類史上でも、猫史上でも類を見ない体験だろう。それほどまでに僕たちは異質で特別な存在なのだろう。


 「ていうかさ、聞くの遅れたかど、なんで猫の言葉わかるの?」


 彼女は「そういえば」と手をたたいたがすぐに首を横にかしげ、両手を振った。彼女もわからないのだろうか。ほんとに不思議だ。


 「そんなことより、この運命に祝福して一緒に過ごそうよ!私は君ともっとお喋りしたいし、あの時救ってもらったお礼もしたい」

 「具体的には?」

 「そうだね、これから一緒に住もう!君、寝床なくていつもあの路地裏で寝てたでしょう?あそこいたら空気も体も悪くなっちゃうよ」


 確かにあそこは汚くて、ネズミが一匹通った日には本能か何かで無性に追い回したくなる。こんな綺麗な寝床に泊まるのは嬉しいけど……


 「ん?どうしたの?」

 「いや、そのなんといいますか……裸を見るのは」


 彼女は大きく笑った。


 「大丈夫だよ、てか私が猫の時ずっと見てたじゃん」

 「いやそうだけど。人間の裸は特殊なので」

 「私は気にしないからいいの、それに恩人を外に住まわせる方が気がひけるよ」


 これ以上いってもキリがないな。仕方ない。ここはお言葉に甘えさせてもらおう。


 「それじゃあこれからよろしく!こっちでの私の名前はミクだから、ちゃんと名前で呼んでね」

 「じゃあ俺は……さすがに前のを使うのは違うし」

 「きみことはどう?」

 「なにそれ?」

 「感じだと生命って書くの。ぴったりじゃない?」


 妙に得意げな彼女の顔は腹がたつけど、まぁ嫌いじゃない。


 「いいよそれで」

 「じゃあ決まり!これからよろしくね、きみこと!」

 「よろしく、みく」


 こうして僕の記憶をめぐる物語は終了した。僕たちは運命という言葉に導かれるように再開を果たし、立場は変わってもまた新たに当たり前の日常がやってくる。それはいいのか、悪いのか。僕にはわからない。でも退屈しない未来なのは想像できる。


 「そういえば、なんで僕ってわかったの?」


 彼女は何かを懐かしむように微笑んだ。


 「猫は何でも知ってるの」

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猫は見ている。 (⌒-⌒; ) @kao2020

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