どうしても魔王様と会わないとダメ?

『うん、これまでの人生で一部だけ不自然に欠けている記憶はない?』


 う~ん……。

 そう言われても、心当たりがありません。


 いいえ、そういえば――




 あれは3歳のころでした。


「猫さん!」


 雨の日。

 城下町の路地裏で。

 人目見ただけで一目惚れするもふもふを見つけたような……。


 幼いころの話です。

 その毛並みは、幼い私にはあまりにも魅力的で。

 突如として現れた猫に、私の心はすっかり奪われてしまったのです。


 両親の制止をあっさりと振り切って。

 思わず人の少ない裏通りまで、追いかけて行ってしまってしまいました。

 そして、見つけたのが……


 傷だらけで伏せる鎧を被ったお城の兵士。

 そして、その傍で倒れた血だらけのアビー。


 私は迷わずアビーに駆け寄ると――


 必死でアビーに神聖魔法をかけたのです。

 お城の兵士はガン無視で。


 アビーにかけられたのは、発現したばかりの幼い癒しの奇跡。

 私の力は、まだまだ不完全でした。

 アビーの回復を待たずして、パタリと力つきたのでした。 

 

 倒れ込んだ私を受け止めたのは、このもふもふ。

 うっすらと、このもふもふは至福だった……ということを覚えています。

 それは幸せなひとときでした……




◇◆◇◆◇


 ――アビーは、あのときのもふもふだったんだ!


 ……じゃなくて。

 やけに感触が鮮明に蘇ってきたけど、他に思い出すべきことがあるでしょ私。


「アビー、思い出しましたよ!

 どういうことですか、どういうことなんですか!?」


 間違いありません。

 あの記憶は、間違いなくアビーでした。

 すなわち、アビーとお城の兵隊が戦っていたということでしょう。


「あなたは、やっぱり人間の敵だったの?」

『ひめさま、落ち着いて。

 人間の国に潜り込んだのは趣味だよ。そこで……いきなり襲われたんだよ』


 兵士に襲われたことを、不満げにいうアビー。

 ですが、魔族が結界内で見つかったらそりゃ大騒ぎですよ。


「……何の用だったんですか?」

『散歩』


 そうですか……。

 この短時間で、アビーの性格がちょっとずつ分かってきた気がします。


『思い出してくれたみたいだね、ぼくのこと』


 アビーが、ちょこんと私の肩に乗っかりました。

 カーくんと呼ばれた黒い鳥も、それに倣います。


「カーくんも、ごめんね。痛かったでしょう?」


 気にしてない、というようにカァとだけ鳴きました。


『カーくんは、やっぱり目つきが悪いんだよ。

 あれは歓迎してるようには見えないもん』

「食べられるかと思いました……」


 あ、しょんぼりしてる……。

 カーくんと呼ばれたカラスに似た鳥は、言葉を発することはありません。

 ですが、仕草から感情が読み取れるようで面白いです。


『その目つきで突っ込んで来られたら、誰だって怖いって』


 しゅん、と私の肩から降りたカーくん。

 ズーンという効果音が聞こえてくるようです。


 最初に追いかけられているときは、無我夢中で気が付きませんでしたが……。

 こうしてみると可愛い顔をしている、気がしないでも?


 ――うん、無いな


 たくましい翼。人の体ぐらい簡単に貫けそうな鋭いくちばし。

 何度出会っても、たぶん私は全力で逃げることでしょう。




◇◆◇◆◇


『生まれつきだから仕方ないって?

 ぼくばっかり、ひめさまに愛されててずるいって……?』


 カァ...


『まあまあ、贅沢言っても仕方ないでしょ。ゾンビとかよりはマシでしょ?』


 あ、ゾンビなら神聖魔法がよく効きそう。

 魔族全体によく効くと聞いたけど、中でもゾンビ相手ならピカイチね。

 そういう意味では、カーくんより怖くないかも?


『ひめさま、カーくんこう見えてかなり落ち込んでるから。

 素朴な感想で、追撃しないで。

 ついでに、魔族を倒すこと前提に話さないで!』


 癒しの魔法って、神聖魔法ですよね。

 過去の私が使った癒しの力は、神聖魔法にもかかわらずアビーの傷を癒せたんですね。


 慌てたアビーと、しょんぼりとうなだれるカーくんを見て


「ふふっ」


 思わず笑みがこぼれました。


『ひめさま?』

「ごめんなさい。でもおかしくて。

 こうやって魔族とお話をすることになるとは思わなくて」


 実は、人族も魔族も変わらない部分があるのかも。


 身一つで、魔族領に放り出されたときはどうなるかと思いましたが。

 こうしてアビーとカーくんに出会って。

 どうにか、ここでも生きていける気がしましたよ! 


 そんな中、アビーがおずおずと。


『ひめさま……お願いがあるんだけど』

「なに? 何でも言って」


『魔王様に、会って欲しいんだ』


 はい?

 ……一体、何の冗談でしょう。




◇◆◇◆◇


「魔王様って、あの魔王ですか?」

『うん。どの魔王なのかは分からないけど魔族の王様。ひめさまが想像してる通りだと思うよ』


 魔族の頂点。

 それは私たち人間にとっては、恐怖の象徴ともいえる存在でした。


「魔族の王様……。なんで、そんな偉い魔族が、私なんかと会いたがっているの?」


 それでも、アビーの頼みなら。

 ここで唯一の協力者を失うわけにはいきません。


『う~ん。内緒!』


 どこか面白がるような口調でアビー。


 わたしとしては気が気ではありません。

 私の脳内魔王が『今宵の生贄は、人間の少女か!』などと言いながら、むしゃむしゃと私を食べてしまいました。

 ……うん、魔王怖い。


 一度も会ったことはありませんが、まるで仲良くなれそうな未来が見えません。


「アビー? どうしても魔王様と会わないとダメ?」

『ひめさまお願い! 行かないなら魔王様、飛んできちゃうかも!』


 ヒエッ。

 なんで、魔王が直々に!?

 何か恨みをかうことでもしましたか!?


『もともと、カーくんとぼくがここまで来たのも、ひめさまをお迎えするためだったんだ。

 魔王様には信頼されてるんだよ!」


 さらにアビーから追加の情報。

 カァ! とカーくんが誇らしげに鳴き声を上げました。

 どうしよう……。

 と悩みましたが、考えたところで答えは1つしかでません。


「わかりました。魔王様に会いましょう」


 アビーたちの協力がなければ、魔族領で長生きはできないでしょう。

 ならば魔王に謁見するというミッションに挑むほうが、まだ生き残れる可能性は高そうです。


『ひめさま、ありがとう!』


 嬉しそうに足元に駆け寄ってきたアビーを抱きかかえます。

 目まぐるしく変わる状況には、ついていけません。


 ――ならば


 今たしかに腕の中にある、もふもふの手触りを楽しんで心を落ち着かせましょう。


 何やらもの言いたげな顔つきで、カーくんがこちらを見上げてきました。

 歓迎していた喜びを、殺気と捉えてしまった申し訳なさ。

 でも、それ以上に……


(やっぱり、この鳥苦手だわ……)


 特にあの鋭い目つきが。

 害意はない、と聞いた今でもその迫力は健在でした。


『ひめさま怯えてる。カーくん、笑顔!』


 カッカッカッカァァ!


 クチバシが大きく開かれ、こちらに向けられました。

 私は、人を安心させるのが『笑顔』だと教わったのですが、魔族領だと違うのでしょうか。


 あれは、どう見ても笑顔ではなく威嚇行為です。

 反射的にシールド魔法を唱えたくなりますよ!


『はあ、前途多難だね……。2人には、あとあと打ち解けてもらうとして。

 魔王様を待たせてる、行こう』

「どこに?」


 アビーは首だけちょこんとこちらに向けると、にっこりこう答えました。


『魔王城!』


 ですよねー?

 いかにも魔王が住んでいそうな名前をしています。

 生きて帰れるよう祈りましょう。

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