心から誰かを信じるのは難しいことです

「ここから魔王城までは、どれぐらいかかるんですか?」


 もふもふ、もふもふ。

 私が乗るのは、巨大化したアビー!


 その姿を最初に見た時は、思わず「そんな能力を持っていたんですね!」とテンション高く抱きついてしまいました。

 そして全身で柔らかな毛並みを堪能。


『このペースで、半日もあれば辿り着けると思うよ』


 それなり以上の速度で、荒野を駆けながらアビーはそう答えました。

 馬車よりも、速度はやや速いでしょうか。

 見慣れない景色が、次から次へと流れていきます。


「それで……カーくんは、あれで良いんでしょうか?」

『ひめさま、カーくんのこと怖いんでしょ?』


 はい……。

 小さく頷きます。最初に襲われたときからの苦手意識はぬぐえず。


『なら抱っこして一緒に乗って、とは無理強いできないよ。

 大丈夫、カーくんは飛ぶのは得意だから』


 ごめんなさい……、とパタパタと必死で着いてくるカーくん目線を向けました。

 対してカーくんは「気にするな」とでも言うように、カァとひと鳴きで返答。


『ひめさまは、何も気にしないで大丈夫!

 今は体力を温存しておいて!』


 アビーからは、そんな言葉を投げかけられたのでした。

 

 ……体力を温存、なぜ?

 私は魔王城で何をさせられるの?


 次々とわいてくる疑問に答えは与えられず。

 アビーとカーくんからは、悪意は感じませんが……。


 この魔族領という地、さきほどから見慣れない魔族ともすれ違います。

 みんな、人間である私のことを物珍しげに見つめていました。


 魔族の王、どのような存在なのでしょう……。

 考えれば考えるだけ、悪い想像が膨らみます。


「アビー、魔王様はどんなお方なんですか?」

『内緒!』


 考えるだけ無駄ですね。

 魔王についての情報が何か手に入れば、何か対策が取れたかもしれません。

 でもアビーが話してくれない以上、それは無理な話。


 だとすれば、うだうだ考え込んでも建設的な結論が出るとは思えません。

 神経をすり減らすだけです。




 ――そんなことより、もふもふだ

 

 幼少期に触ったきり記憶を失ってしまった、憧れのもふもふがここにある。

 今は、この毛並みを堪能することにしましょう。

 思考はとにかくポジティブに。


 ……別名、思考停止とも言います。



◇◆◇◆◇


『起きて、ひめさま! 右前にお城があるの見える?

 あれが魔王城だよ!』


 ……あれ?

 私、今眠っていましたか?


 ぼーっとする目をこすって、アビーの言った方向に目を向けて


「うわぁ……」


 思わず声を上げてしまいました。


 それは、たしかに「お城」と呼べるものでしょう。

 崖っぷちに立っているそれは、立派な建物ではあります。

 ただし、人間のお城とは違って"禍々しい"と表現できるようなもの。


『どう? 気に入ってもらえると嬉しいな』

「え、ええ。そうね。立派な建物だとは思います」


 相手を威圧するためにはね!


 心の声を飲み込んで、私はアビーの背中から飛び降りました。

 そして駆け寄ってきたアビーを抱っこ。


「アビーは……このお城を気に入っていますか?」

『うん! 魔王様のセンスの良さが滲み出る、素晴らしいお城だよ!』


 なるほど……。

 魔族のセンスだと、このお城は素晴らしいものなんですね。


 私はため息をつきながら、お城の入口に向かいました。




◇◆◇◆◇


「お待ちしておりました、フィーネ様。

 魔王様がお待ちです、どうぞこちらへ」


 お城の入口から出てきたのは、体が腐り落ちた人型モンスターでした。

 丁寧に一礼するゾンビに――


「で、出たーーー!!! シャイニング・レーー」

『ひめさまダメー!!』


 反射的に神聖魔法をぶっ放そうとしてしまいます。

 そんな私を慌てて止めたのはアビーでした。


「は、はじめまして。フィーネ・アレイドルですわ。

 ご丁寧なお出迎え、ありがとうございます」


 平常心、平常心。

 魔族の世界では、むしろ私が異端なんです……。

 悲鳴を上げたりしたら、相手に失礼ってもの!


 引きつった笑みを浮かべた私に、目の前のゾンビは何を思ったのか……


 首をゴキュンと取り外しました。

 そして、自らの首を振り被ると――


 私に向かって投擲。


「ギャーーーー!」


 元公爵令嬢、迫真の絶叫。

 だって突然、目の前にゾンビの生首が飛んでくるんですよ!?


 なんの嫌がらせですか!

 なんの嫌がらせなんですか!?


 キャッチしてしまいました。

 今すぐ放り捨てたい、トラウマになりそうです。


『ひめさま怯えてる! その首回収して、さっさと引っ込んで!?』

「むむ、緊張を解こうとして渾身の一発ギャグをやってみたのですが。

 不評でしたかね……」


 うわ、この首だけゾンビ。

 喋ったよ……。

 

 腕の中で、困ったように微笑むゾンビの生首。

 ドン引きでした。


「当たり前でしょ!?」


 なんてものを見せるのよ!

 首を回収に来たゾンビに、首を叩きつけるように返しました。


「も、もう少し丁寧に扱ってくれませんかね……」

「さっき自分で投げてたし、今更でしょ!?」


「いやあ、腐った部分が剝がれると修復もままならず。

 文字通り、身を削るギャグなんですよ」

「そ、そうですか。体を大事にしてくださいね……」


 ……よし! 深く考えたら負けだ。

 魔族の考えは、人間の尺度では図れない。


『うんうん、打ち解けたみたいで良かったよ』


 そんなやり取りをよそに、アビーはのんびりとひと言。

 うん……もう、それで良いわ。


「それでヴィル、私はこの後どうすれば良いですか?」


 気を取り直して。

 私は、ヴィルと名乗った案内役のゾンビに尋ねました。


「魔王様は、メインホールでお待ちです。着いてきてもらえますか?」

『ひめさまは、長旅で疲れてると思うから!

 一度、お風呂にでも入ってもらって。

 用意したドレスに着替えてもらった方が良いんじゃないかな?』


 気が利かないねー、と割り込むように返事をしたのはアビー。


「あ、お構いなく……」

『ひめさまは魔王様の大事なお客様なの!

 そういうわけにもいかないよ』


 とっさに出た遠慮の言葉を、アビーはシャットアウト。

 ここまで言われては、はい……と頷くしかありませんでした。


「すいませんな、ひめさま。

 こう見えてゾンビ歴が長いもので。

 すっかり人間だったころの感覚を忘れてしまいまして……」

「は、はぁ……」


 それにしても、ずいぶんと丁寧に扱われるんですね。

 魔族領に追放されたときは、このまま野垂れ死ぬしかないと思っていました。

 そのときからは、考えられない扱いです。


 それにしても、ヴィルの言葉。

 ゾンビってもとは人間だったのかしら……?

 謝るヴィルを見ながら、私はそんなことを考えます。


 ――はっ

 

 青ざめました。


 もしかして、人間界を襲うために、ゾンビ兵を補充しようとしているとか。

 その素体として、聖属性の魔力を持つ私は都合が良いとか?

 だからこんなに丁重に扱われている?


 そんな恐ろしい想像に行き当たっていたとき……


『ひめさまが、何考えてるかは分からないけど……。

 また僕たちに怯えてるときの癖。

 目線が泳ぐから分かりやすい』


 ――もう少しぼくたちのことを信じて欲しいな


 アビーの真摯な声。

 

『ひめさまは、ぼくの命の恩人なんだよ。

 絶対に悪いようにはしないってことは、信じて欲しい』


 そう……ですか。


 勝手に怯えてる、勝手に疑って。

 親切を素直に信じられず。

 情けないと、申し訳ないとは思います。


「ごめんなさい」

『謝って欲しいわけじゃないよ』


 アビーが諭すように答えます。

 カァ、とカーくんの同意するような鳴き声。


 人間相手であっても、心から誰かを信じるのは難しいことです。

 まして、魔族領への追放なんて目にあってしまった直後です。

 

 魔族を恐れる心は、消えてはくれません。

 仕方ないと思ってしまいます。

 見た目も生き方も、何から何までが違うのですから。


「ありがとうございます、アビー」


 だとしても……。


 もし心の底から誰かを信じられる日が来るのなら。

 それは、素敵なことではありませんか?


 いつか、そんな日が来ると良い。

 私は、ふんわりと笑みを浮かべてみせました。

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