来てしまいました魔族領、迎えに来たのは・・・ネコ?

「着いたぞ、ほらほら早く降りろ」


 追い出されるように馬車を降りると、そこは魔族領との境界でした。


 草1つ生えていない荒涼とした大地。

 乾いた風が頬を撫でます。

 わずかに隙間から生えている花は、たくましくも毒々しいです。

 岩の影で、何か巨大な生物がうごめくのが見えた気がします。


 何だあれ!?

 知識として知ってはいました。

 ひとめ見て理解します、想像以上です。

 

 あそこは、明らかに人間が生きていくための土地ではありません!

 そりゃ、魔族が支配する土地ですものね。




 ……いやいやいやいや。

 待って!

 か弱い令嬢を、本当にこんな魔境に放り出すつもりなの!?


 無理、死ぬ。

 惨たらしく魔族に殺される!


「考え直してくれませんか。王子の処分は絶対に間違っています。

 こんなやり方、間違っているとは思いませんか?」


 頼みの綱は、やっぱり御者。

 幸いここには誰もいませんし、逃がしてくれても良いんですよ?

 と縋るようなまなざしで、御者に視線を送りましたが……


「悪いが、魔族領に入って結界を貼り直すまでが仕事なんだ。

 戻って来られたらたまらないしな」


 そうだろ? と付き添いに来ていた兵士に確認。

 兵士は黙って頷きました。


 職務に忠実な方たちで何よりです。


 周囲にあるのは、光り輝く『結界』と呼ばれる光の壁。

 それは、魔族の侵入を防ぐために魔族領との間に引かれた防衛線のことです。

 魔族の侵入を防いでくれる、国の魔法技術の結晶。


 国の安全を守るための結界には、辛うじて人が1人通れそうな穴が空いていました。

 そこから出ていけ、ということでしょうか。 


「あまり手荒なことはしたくないが。

 このまま立ち竦まれると魔族が入ってきちまうな」

「やるか」


 やるか、じゃねーよ。

 おまえらには人の心がないのか!

 現実逃避していた私を現実に戻す、無慈悲な会話。


 あからさまな敵意を滲ませはじめた兵士たちを前に


「行きますから、ちゃんと行きますよ!」


 半ばやけくそのようにそう言うと、穴から光の結界の外側に歩き出します。


 やがて魔族領との境界線。

 恐る恐る一歩を踏み出し、足を付けます。


 当然ですが何も起こりません。

 ……それでも、少しホッとしました。


 ――ブーンと


 後で魔法陣が起動した音がしました。

 ああ、無慈悲な結界の貼り直しですね。

 これで、魔族領から人間の居住区域に戻る方法はなくなってしまいました。 


 来てしまいました、魔族領。

 結界により、もう国の様子を見ることはできません。


 目の前の荒廃した大地を見て絶望します。


 視界の端で、謎の雄叫びとともに謎の火柱が立ち上りました。

 次いで聞こえてくるのは、世にも恐ろしいズシンズシンと謎の足音。

 ついでのように、目の前には奇妙な音を立てながら毒々しい胞子を吐き出すキノコ。


 ……なんだここ。

 いればいるほど、人が生きていくための環境ではありませんね。


「ここで生きていけと!? どうやって!?」

 

 思わず空を仰ぎます。

 こちらを捕食しようと狙う、鋭いクチバシを持つ真っ黒な鳥とバッチリ目が合いました。

 それはもう、こちらを餌だと狙いを定めた捕食者のまなざしをしていました。


 ああ、なんと厳しい弱肉強食の世界。


 ――うわ、狙われてる!?


 真っ黒な鳥は、こちらの様子を伺うように頭上を飛び回っています。

 魔族領に入るなり、いきなりのピンチです。


 いいや、諦めてはいけないわ!


 魔族にとっても、人とのコンタクトは久々のはず。 

 珍しがられても、敵意は持たれていないはず。

 ……いないよね?


 この人外魔境の地で、生き残れる可能性が少ないことは理解しています。

 それでも、どうにか生き残ることを目指すならば。

 まずは、魔族の味方を作らなければなりません。


 来てしまった以上は、仕方がないですからね。

 厳格な父の教えを思い出します。


 与えられた環境の中で精一杯あがく、最後に胸を張って死んでいけるように。

 今までだって、馬鹿王子の婚約者という、最悪の環境で頑張ってきたんです。

 それが魔族領に変わったところで、私の生き様は変わりません。


「私を食べても美味しくないですよ~!」


 魔族に届け、この思い。

 私の体には、適正のあった聖属性の魔力が流れています。

 学園で習った記憶によると、聖属性の魔力は魔族の天敵。


 美味しくないどころか、私は魔族にとっては劇物も良いところでしょう。

 戸惑ったように空を飛ぶカラスのような魔族が、旋回を止めました。


 ――もしかすると、魔族とも意思疎通できるかも!


 これは、もしかすると言葉が届いてる?

 

 わたし怖くないよ。

 だから、お友達になろうよ、と両手を広げてアピールしますが……


 ――カァ!


 うわ、突っ込んできた!

 こうなってしまった以上、一瞬でコミュニケーションを諦めます。


「シッ!」


 魔術で不可視のシールドを作りだし迎撃。

 弾き飛ばすと同時に、吹き飛ばした方向とは逆に走り出しました。


 シールドを選んだのは、なるべく傷つけないため。

 ここで魔族を害そうものなら、友好関係は築きようがありません。

 同胞を殺した人族を、誰がもろ手を挙げて迎え入れると言うのでしょうか。


 とにかく、意思疎通できる魔族を見つける。

 国から冤罪で追放されたことを訴え、どうにかこの地で生きる場所を提供してもらう。

 前途は多難ですが、やってやりましょう。


 決意を新たに逃げ出した私を、黒い鳥が追ってきます。


 ――しつっこいな~!


 連続してシールドを展開。

 振り返り、鳥を迎え撃とうとしたところで



『ひめさま!』


 突然の背後からの声。

 かわいらしいハスキーボイスに振り返ると――



「ね、ねこ!?」


 クリクリッとした愛らしいつぶらな瞳。

 ふんわりと柔らかそうな毛並み。

 可愛らしいもふもふ生物が、こちらに突っ込んでくるところでした。

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