第21話 もう遅いはこっちのセリフ

 * * * *


 名前を聞くのすら忘れてしまった警備員の男のことを気にかけつつも、俺たちはリリアンを連れてウィズダム魔法研究所を出た。天は荒れ、地は裂け、淀んだ空から雨のように降り注ぐ魔物たちは結界を乗り越え侵入し建物を破壊し、逃げ惑う人々を狩っていく。


「いいねいいね、ようやく人間以外をたいぎめーぶん振りかざしてぶん殴れるってもんだ!」

 フレイヤはぐっと拳を握りしめ、戦う姿勢に入る。襲い来る魔物を殴り蹴りを入れ、まるで楽しんでいるように見える。


「民の平和を守るのが魔法騎士たるもの。今なら全力で戦える!」

 ダグラスは剣と杖を両手に携える。いつも見ていた二刀流の構えが懐かしい。剣に魔法で属性付与をして斬りつけることで、大幅にダメージを与える技はいつ見ても豪快だ。


「俺は町の人に避難を呼びかけてくる、リリアンは二人の援護を頼む」

「はい、勇者様」


 凛々しい表情になったリリアンには二人のサポートを頼んで、俺は羊を追う犬のように街を駆け回った。


「うひぃっ! ライオネルだ!」


 すっかり神から授かった力も解けてしまい、人々は俺の顔を見るなり逃げていく。今はそれでいい。逃げてさえくれればどう思われたって構わない。アルトのことだ、俺が今どこにいるのかはわかっているはず、見せびらかすためにもここへ戻ってくるはずだ。それまでに人をここから出さないと。恥ずかしかったが、「ライオネルがやってきたぞ、邪神を連れてやってきたぞ、逃げろ逃げろ」と叫びまわった。


 魔導列車や魔法で動く機械の車に乗って次々に街から人気がなくなり、残された機械の動く重低音がはっきり聞こえるくらいになると、暗雲はさらに黒さを増して、空模様は大荒れになった。バケツを引っくり返したような雷雨が一瞬の内に訪れる。


「アハハハハハハッ! やあ無能勇者のライオネルくん。ボクこそは邪神さえ繰る最強のテイマー、アルトだ! 今更謝っても、もう遅いよ? ボクは今この世で最も力ある存在になったんだから!!」


 黒く翼を生やし、悪魔のような角を持ち、厳しい表情をした漆黒と赤の混じった体色の大型ドラゴンに乗って、アルトが戻ってきた。石版を持った連れのウィンドサーファーは配信を行っているようで、こちらにもその様子を見せてくる。コメントにはアルトを称賛するコメントが続々と集まって流れていく。


「さすアル!」「邪神まで従えたやべぇ!」「ライオネルざまぁwww」「役立たず勇者はもう一度ボコされてしまえ!」「アルト最強!」「お前こそ真の勇者だ!」


 もう俺の心はとっくに擦り切れて、侮蔑の眼でアルトの方を見た。上からこちらを見下すのは、さぞ満たされていることだろう。降りてきたアルトは、勝ち誇った笑みでゆっくりと歩み寄ってきた。俺から勇者の役割を取れば、降参すると思っているんだろう。

 怒りが、燃える。世界の命運がかかっているのに、危機感とか、当事者意識とか、そういうものが足りなさすぎるやつへの怒りが、心の中で燃えている。


「ああ、そうだな。もう遅いよ、お前はやってはいけないことをした」放った声は、なぜだかとても落ち着いていた。未練が吹っ切れたんだと思う。


「確かにお前は強いし、アイテムだってたくさん持ってるし、スキルも魔法も使いたい放題だ、弱いわけがない。どれだけ戦っても、俺たちは傷一つ付けられないだろう」

「だったら……」と言いかけたアルトを睨みつけ黙らせる。


「でもな、外から持ち込まれた、誰かによって与えられた力は、本当の強さになったりしない。最初から強い力を持っていたって、パーティに入る以上仲間のために使わないなら無いのと一緒だ」

「負け惜しみを!」外からの力と言われて、一瞬ぎくりとした表情を俺は見逃さなかった。


「いいや違う、俺はお前にはない絆がある。ここまで馬鹿にされて、コケにされて、人々から罵倒されて、それでも着いてきてくれた仲間たちがいる。だから戦えるし、お前の言葉になんか折れない。俺たちの使命は唯一つ、邪神を倒し世界に平和をもたらすことだ。そこに役立たずのテイマーなんて、いらない!」


 俺は全速力で駆け、アルトを無視して横を通り抜けて、邪竜に向かって切りかかった。

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