第22話 虚栄の剥がれる時

「その程度か勇者よ」


 俺の剣撃は厚い鱗に阻まれた。アルトは驚いてこっちを見ているが、もうそんなことは関係ない。迷いが消え、目の前のことに集中出来るようになった俺は、邪竜に何度も攻撃を仕掛ける。魔法も物理攻撃も通用しないとわかっていてもだ。元の装備を取り戻したところで、力も体格も全く敵わない。冒険もダンジョン攻略も妨害され続けていたから、強化のしようもない。

 だからって、戦わないわけにはいかない。どんな理由があっても、俺は勇者なのだから。


「我が名は邪神イブリース。いや、カオスドラゴンの成体を飲み込み強大な力を得た我は、邪竜魔神シャイターンと名乗ろう。ひれ伏せ愚民ども、頭が高い」


 復活した邪竜は雄叫びを上げ、声ごと重圧となってのしかかってきて身体が地面に押し付けられる。街の一部も潰されて、粉々になっていく。それでも負けるわけにはいかない。剣を補助にして無理矢理にでも立ち上がって、息も絶え絶えに邪竜を見据える。噛みつこうとした歯を剣で受け止め、尻尾で叩きつけられて足元を崩されても、俺は立ち上がる。


「雷よ我に応えよ! 【貫く閃光ライトニングスピア】!」

 雨が降っているおかげで、雷魔法を使うにはもってこいだ。空に限界まで雷の矢を呼び出して降り注げと念じれば邪竜に向かって一直線に降り注ぐ。


 しかし、殆ど効いていない。せめて翼を破れたらと思っていたけど、焦げ跡がついたくらいだった。防具はまだ平気だけど剣はボロボロで、後一発噛まれたら砕け散ってしまうだろう。


「いいぞ、やれやれ!」安全なところに避難した、のんきなアルトの声が聞こえる。よく見れば片手で魔法を使って邪竜を強化している。どこまでも邪魔立てしたいのか。


「……つまらん」


 邪竜の動きが突然止まった。さっきまで降り続いていた雨も嘘のように止み、空が晴れていく。重力は消え去り、身体が自然と軽くなった。


「え? は? 何してんだよ、早くそこのクソったれ勇者を殺せ!」


 アルトは邪竜の前に出てきて文句を言う。その間に深呼吸して、心を整える。


「我はお前の嫉妬や悪意を気に入って封を破ったが、肝心の欲望は透けて見える程度しかない。何だお前は、勇者にちょっかい出して構ってほしかっただけではないか。そんなやつの望みを叶えてやっても、何の面白みも感じぬ。興醒めだ」


 邪竜は心底興味なさそうに言い放つと、アルトを足蹴にした。


「クソッ、こいつめ、言うことを聞け! ボクはご主人様だぞ! 助けてやったのを忘れたのか!」

 アルトは操れないことに焦っているようだった。おかしい、自分はどんなものでも従えるスキルを持っているのにとぶつぶつつぶやいて、苛立ち体を揺すっている。


「どのみち封印は弱まっていた、遅かれ早かれ我は外に出られた。恩着せがましく祭壇へやってきて、封印を解いたのはお前の方ではないか。この生贄も、心は寂しさと悲しみで溢れていて美味くない。気に入らんぞ、小童が」


「わっ、馬鹿! そんなことを言うな!」


 邪神とアルトのやりとりは、魔導カメラを通じて世界中に配信されている。今の発言もバッチリ写っている。アルトは取り繕うが、「ひどい」「なんてことを」「自作自演だったの?」「最低」と、それまで肯定的だった人々の言葉は、失望へ変わっていく。今までどんなことをしても、否定的にならなかったはずの人々が、理性を取り戻している。


「そもそも勇者を馬鹿にしすぎ」「元とはいえ仲間を下げて自分を上げるとかないわ」

「やめろ! そんなコメントをするやつは配信を見せてやらないぞ! どうなってるんだ、魔法は切れるし、絶対幸運のスキルが発動しない……」


 アルトは配信機材をいじって人々の心を操ろうと試みているが、スキルが使えなくなっているようだった。多分、リリアンを助けてくれた警備の男が持っていってしまったのだろう。


「ふん、我もまた神。お前程度が使う魅了魔法を解くなど容易いわ」

「それなら、これでどうだ!」


 アルトは勇者の剣を手にし、闇市で俺を散々叩きのめしたときのように【剣聖】のスキルを持つものでしか発動できない大技【秘剣技:百花繚乱】を繰り出そうとして……空振りして地面に叩きつけられた。失敗するということは、スキルを所持していないということだ。邪竜はアルトを何度か蹴りつけると、俺の方に振り向き直した。


「さて勇者よ、これで邪魔は入らん、とことんやり合うとしよう」

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