第17話 ボクを認めろ!

* * * *


「はいっ、ということで、夜な夜な行われている闇市に乗り込んでみた! でした~。ライオネルが難癖つけてボクを悪く言っていましたが、なんてことない力もない口先だけのヘボ勇者でしたね!」


 アルトはカメラに向かって意気揚々と勝利宣言をした。今回の出来事も全て石版を通じて配信されており、違法な闇市を撲滅することを口実に乗り込んできたのだった。憎き勇者ライオネルを得た力で叩きのめし、仲裁に入ったリリアンを手に入れ、賞賛のコメントが送られて来るのを見てから彼は上機嫌で配信を切った。移動魔法でウィズダムの研究室に戻り、玉座のように豪華になった椅子に腰掛ける。


 その顔は決して笑ってはいなかった。ライオネルを散々叩きのめしたが、最後まで参りましたとも、ごめんなさいとも口に出さず、むしろ絶対にお前など認めないと強い口調だったのが気に入らないのだ。ついぞ心だけは折れなかったことに、無性に腹を立てている。


「あいつだけは絶っっ対に許さない。よくもボクのことを……認めろ認めろ認めろよぉ」


 作業で忙殺され、とんと洗っていない脂ぎった体を揺らしブツブツと呟きながら、彼はナナに繋がれた鎖を引っ張り、鬱憤を晴らす。ナナは小さい悲鳴を上げ、片言の言葉でゴメンナサイゴメンナサイと繰り返し泣く。


「やめなさいアルト、強き力を弱き者に振るうなど神が許しません」


 両手を後ろで縛られた状態で連れてこられたリリアンは、自分の身よりもナナの方を心配して言った。


「おっと、君には刺激が強すぎたかな。ごめんよ愛しのリリアン。でも残念、天使はいても神はいやしないよ」


 彼は急にねっとりした猫なで声になり、彼女は気持ち悪さを堪えて歯を食いしばった。顔が近づき、耳元に息がかかっても嫌がればますます興奮させるだけだと耐える。目を開き、キッと睨みつけ抵抗の意志があることを示す。


「本当に可愛いね。これからはずっとボクと一緒で幸せでしょ? あんな選ばれただけの勇者、普通の村人だったら君は旅について行かなかった筈だもんね」


 彼の妄想は強く、ライオネルが勇者だからパーティにいたものだと信じて疑っていない。勇者でさえなかったら、見捨てていただろうと信じ込んでいる。自分がパーティに加入する前から二人の間には信頼関係が築かれているのだが、知る由はない。


「勇者様は……」


 と口に出そうとしたところで、彼女は思い留まる。もし機嫌を損ねるようなことを口走れば、囚われの身の自分は何をされるかわかったものではない。言葉を途中で止め、顔だけを逸して沈黙した。


「まあいいや、そのうちボクの方がいい男だってわからせてあげるからね。そうだなぁ、一番手っ取り早く君にわかってもらうには、どうしたらいいかなぁ」


 と言って、彼は鼻歌を歌いながら、攻略本をめくっていく。


「そうだ、邪神を復活させればいいんだ! そうすれば世の中は不安と恐怖で支配される。ボクがテイムすれば英雄、ライオネルは何も出来ないただのクズだって、世界中の人が認めてくれる!」


「な、なにを考えているの貴方は! 邪神の封印を解けばどうなるかわかっているのですか!?」


「全ては君のためだよ。邪神さえ思いのままに操れるってわかったら、きっと君はボクのことを好きになってくれる。あ、前からボクに優しくしてくれてたし、本当は好きだったんだよね? もっと好きになってくれると嬉しいな」


 絶句する彼女をよそに彼は攻略本を読んで邪神の封印されている場所と解き方を知り、縛られたままの彼女を連れて研究室の地下に降りていく。暗い石造りの牢屋のような部屋に彼女を押し込め、愛しているよと投げキッスをして鍵を締めた。それをわざと見える位置に掛けて、逃げられるものならやってみろと挑発的な視線を送り、クスクス笑って戻っていった。


「ああ、勇者様……。フレイヤ、ダグラス……助けて……」


 彼の気配がなくなってから、彼女は冷たい床に崩れ落ちた。恐怖で体が震え涙が溢れていく。両手で顔を覆い、必死に堪えていた感情を声を出さないように漏らしていた。





「あーもう! 見てらんねぇよ! 俺ちょっと助けてくる!!!!」


 これまでの出来事をはるか上空から観測していた青苑は、居ても立っても居られなくなって、地上へ降り立とうとした。


「待て待て待て待て落ち着くっすよアオちゃん。自分ら死神は、転生者がいない世界では直接干渉禁止って散々言ってるっしょ」


 すかさず赤屍が肩を掴んで静止する。


「だからって、これだけ酷いことをされているのに、このまま指を咥えて見ているだけなんて出来ないよ!」


 青苑は元々正義感の強い人間だったので、アルトの所業に堪忍袋の緒が切れそうになっている。


「そうっすよ、だから、死神『は』干渉禁止って言ってるっす」


 赤屍はニヤリと笑い、含みもたせた発言をする。


「ん?どういうことだ?」鈍感な青苑は気づいていない。


「頭を使うんすよ、裏を返せば死神でなければいいってことっす」


「……! なるほど、そういうことか! あれを使えばいいんだな」ようやく思い当たることがあったようだ。


「そうっす。それは自分らの管轄外のことっすから、目をつぶってあげるっすよ」


「了解、んじゃ一発かましてやるぜ!」


 青いスーツから一瞬で警備員の制服姿に変わった青苑は、魔法都市ウィズダムへ降り立っていくのだった。

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