第18話 リリアン救出作戦

 * * * *


「……ネル、おい、ライオネル!」


 声に気づいてハッと目を覚ますと、ダグラスとフレイヤが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。悪夢が覚めたように、川辺は何事もなく水が流れている。


「よかった、二人共無事だったのか」


 ダグラスに肩を借りてふらつきながらも立ち上がる。身体のあちこちがズキズキ痛んで小さい呻き声が出た。


「おうよ、変な連中が絡んできたけど、途中でどっか行ったからな」


 フレイヤは黒いローブを着た集団がやってきたが、特に襲ってくることもなく通路を遮るだけでそのうちいなくなったと語る。なるほどアルトの狙いは最初から俺たちだったってわけか。なんでも見通されている。石版さえなければ大丈夫だと思っていたが、他の方法でずっと監視されているのだろうか。


「リリアンはどうした?」


 ダグラスは不安げな様子で言う。万が一のことがあったのかと、言葉を続けるかどうか躊躇っている。


「……。アルトに、連れて行かれた」


 情けないし惨めで認めたくないが、意を決して事実をそのまま伝えた。


「アイツ、ここに来たのか!?」


 俺は二人に闇市で起きたことを話した。結界を無視して無理矢理入ってきたこと、テイマーではありえないスキルとありとあらゆる魔法を持っていて、無茶苦茶な強さでボコボコにされたこと。リリアンが仲裁に入ってくれなければ死んでしまっていたかもしれないことを。


「……」


「……そうかよ」


 話を聞いて、二人は黙り込んだ。教会へ俺を運んでくれたが、交わす言葉はなかった。ただ、強い強い悔しさが伝わってくる。教会につくと、修道士たちは洗脳を免れていたようで治療してくれた。話を聞くと、アンジェリカという女はこちらの大陸では有名な盗賊で、足を洗うどころか指名手配の最中だったと知った。また一つ裏切られたかと思うと、もう乾いた笑いしか出てこなかった。


「ゆ、勇者様! 急ぎ聖堂にお越しください!」


 慌てた様子でやってきた神父に押される形で聖堂へ入ると、石版が壊れた時のような暖かく柔らかな光が差していた。そのまま進んでいくと、光は徐々に強くなり神が現れた。


「勇者ライオネルとその仲間たちよ」


 神は前見たときよりも若干疲弊したような顔をしている。どこか苦しそうだ。


「リリアンは魔法都市ウィズダムの中央、研究施設の地下牢に幽閉されています」


「ウィズダムの地下か、研究所の職員しか入れないと言われている場所だな」


「あの野郎、リリアンにキモいくらいすり寄ってたくせに、地下牢に入れるなんて!!!」


 フレイヤは怒り、ダグラスも燃え盛る憤怒を隠せないでいる。リリアンが良い待遇ではないだろうことを思うと、俺は胸が締め付けられた。心配だ、水も食料も与えられずに放置されてやいないだろうか。


「私の力が及ばず、貴方達には辛い思いをさせました。ごめんなさい」


 神は申し訳なく頭を垂れほろりと涙をこぼした。神も泣くのだと、可哀想に思った。どれもこれもアルトのせいなのに。


「アルトは邪神を復活させようとしています。一刻も早くリリアンを救出し、計画を阻止せなばなりません」


「なんと、あいつは邪神復活を……? どこまで愚かなんだ」


 ダグラスは信じられないと首を横に振る。俺も開いた口が塞がらない。俺たちに迷惑をかけるのだって許せないことなのに、あろうことか邪神を復活させようとしているなんて。世界に大災害に訪れるのだとわからない……はずないな。


 これは壮大な嫌がらせだ。俺が最後まで屈服しなかったら、今度はもっと迷惑をかけてやろうと、それだけなんだ。世界がどうなるとか、邪神がどうなるとか、知ったことじゃないんだ、あいつにとっては。


 どこまでも幼稚で、自分のこと以外は眼中にない危険な思想。そんなやつが巨大な力を持っているんだから、馬鹿に大鋏を渡したようなものだ。使えばこの世界は滅びるかもしれない。


「でもよぉ神様。アタシらこのまま戦っても勝ち目ないんじゃないの? ライオネルがこんなにボコボコにされてるんだぜ?」


「……。はい、フレイヤの言う通りです。実は、私でもどうにもならない力が働いているのです。何者かが世界の外から干渉し、アルトに不正な力を与えています。もはや私の封印など、指一本動かせば解けてしまうでしょう」


 神ですらどうにも出来ない力が動いていると聞いて、俺は唖然とした。でも同時にあれだけのスキルを持っていることに納得もした。ついでに、自分自身で身につけた力じゃなかったと安心もしてしまった。


「世界の、外? そんなの反則じゃないですか! 俺たちはどうすればいいのですか」


「封印に使っていた私の力を貴方達に託します。光よここへ」


 神が両手を天に向けて伸ばすと、小さな光の玉がふわっと降りてきた。それはむにゅむにゅと大きく膨らんで俺たちを包み、輝く防具と武器に変わった。付け心地は軽く、今までよりも強そうだ。


「今私に出来るのはこれくらい。それを身に着けていれば、貴方達の居場所がアルトに知られてしまうことはないでしょう。しかし、数時間程度しか効果がありません」


「それだけあれば十分です。必ず、邪神復活を阻止します!」


 こうして俺たちは、ウィズダムへ向けて出発した。待っててくれリリアン、必ず助け出してみせるから。

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