第16話 運命の再会
夜になって川辺へやってきた俺たちは、ボロボロの布をかぶった
俺たちは、手に入れてきた武器や防具が流されていないかテントを一軒一軒回る。アンジェリカの言う通りウィンドサーファーの眼からは逃れられているようで、誰も敵意を向けてこなかった。それがどれだけ安心できることだったか、多分ダグラスに帰って話をしても伝わらないだろうなと思った。
闇市の人々はいい意味でも悪い意味でも他人に興味がなく、薄暗いランタンの明かりだけが揺れる会場で黙々と金や物が取引されている。
「うーん、確かに珍しいアイテムが取引されているみたいだけど、俺たちの持っていた物はなさそうだな。手持ちの金で買い戻せそうなのは地図くらいか」
「そうですね、私も何軒が見てきましたがありませんでした。せめて杖さえあれば……」
リリアンはうつむく。僧侶や魔法使いが魔法を使うには、杖がなければ本領発揮に至らない。装備が弱く戦うだけで精一杯の俺たちの足を引っ張ってしまわないか心配なのだろう。彼女はいつも人のことを心配していて、自分のことは二の次三の次にしてしまいがちだ。
「仕方ないさ。それよりアンジェリカ、君の探しているものは?」
振り返ると、さっきまでいたアンジェリカが姿を消していた。と同時に会場がざわつく。誰かが無理矢理結界を抜けて入ってきたと騒ぎになっているようだ。
入口の方へ人の波を抜けて戻っていくと、
「……アルト!」
「こんばんは、薄汚いゴミ虫勇者のライオネルさん」
アルトだった。ウィンドサーファーを後ろに引き連れている。配信に映り込んでしまうのを恐れた人々はテントを畳んで蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。誰かが「勇者がアルトを連れてきたんだ! この疫病神!」と叫ぶ声が聞こえた。
「よくやったねアンジェリカ。君を教会へ送り込んでいた甲斐があったよ。あそこだけ壊れた石版が元に戻らなかったから、心配だったんだ」
アルトの後ろには、瞳から輝きを失ったアンジェリカが申し訳無さそうに立っている。
「ごめんなさいライオネル様。勇者一行を分断すれば、お金がもらえると聞いて私……」
「うんうん、そうだよね。アンジェリカは妹の病気を治すために盗みに手を染めちゃったんだもんね。でも大丈夫、神なんかに許しを請わなくてもボクが許してあげるし、妹の病気も治してあげるからね」
「ああ、ありがとうございますアルト様! 貴方こそ真の救世主です!」
足元にすがるアンジェリカを蹴り飛ばし、アルトは俺に近づいてきた。
「剣を返すんだ、アルト」
俺は今にも殴りたい燃える怒りを抑え、冷静になれと心の中で唱えながら言った。
「いや、それより前に言うことがあるでしょう?」
「ああ、そうだな。これまでずっと嘘を吐いていたことをみんなに謝れ。それが済んだら剣を返せ」
「だから、そうじゃなくて」
アルトはじれったそうにもじもじしている。なんなんだこいつは。
「何が言いたいんだ?」待っていても埒が明かないので聞いた。
「戻ってこい、ですよ。あなたが言わなきゃいけないのは。今まで散々役立たずだと罵って追放しておきながら、いざボクがいなくなったら何にもできなくなったでしょう?」
呆れた。本当に心の底から呆れた。俺たちにこれだけの仕打ちをした張本人が何を言っているんだ、知らないとでも思っているのだろうか。裏で引いている糸が見え見えたというのに。
「罵った覚えはない。役立たずなのは俺から見て本当のことを言ったまでだ。お前は虚言で俺たちを惑わせた。その上人の物を盗むような悪人だ、誰が戻ってこいなんて言うと思うんだ」
「ボクは全てを手に入れたんですよ? 毎日生きているだけでいいことがあるし、仲間だっている!」
「……仲間? なんでも言うことを肯定してくれるそこの奴隷がか?」
俺はアルトが鎖付きの首輪で従えている可哀想な少女の方を見た。
「環境さえ違えば、仲間さえいれば、お前はそればかりだな。俺には、お前が悲しい道化にしか見えないよ」
「っとにお前はあああああああ”!!!! ボクの逆鱗を撫でる天才だよライオネル! どうしてもボクを認めないっていうんだな!!!!!」
「ああ、お前はプライドばかり高くて嘘つきで協調性がなくて、苦労を嫌がって楽ばかりしようとしている。冒険者の風上にも置けないようなやつだ!」
向こうが感情的になったので、こっちも負けじと感情をぶつけた。怒りで勇者の剣を抜き振るうアルトに、俺はそれはもうコテンパンに打ちのめされた。防御の姿勢に入る間もなく【剣聖】のスキルを持つものでしか使えないはずの必殺技を喰らい、【大魔道士】でしか使えないはずの属性混合魔法を無詠唱で雨霰と浴びせられ、ボロ雑巾のように地面に何度も打ち付けられた。
「もうやめて!」
見ていられなくなってリリアンが割って入ってきた。両腕を広げて、もう勝負はついている、これ以上はやりすぎだと叫ぶ。
「いいよ、やめてあげる。その代わり」
アルトはニチャアとこれまで見てきた中で一番気持ち悪い笑顔になった。奴隷を従える貴族でさえ、あんな顔はしないだろう。
「リリアン、君がボクのパーティに入ってくれるなら、そこのゴミの命は助けてあげるよ」
「……その言葉、二言はありませんね?」
「もっちろん! 後で追撃したり不意打ちしたりなんかしないよ」
「…………。わかりました、今そちらへ行きます」
リリアンは俺の方に向いて(勇者様。お慕いしておりました……)と耳元でつぶやくと、アルトの方へゆっくりと歩いていった。
(よせ、リリアン! 行っちゃダメだ! 待ってくれ!)
気持ちを声に出すことすら、俺にはもう出来ないことだった。視界がぶれて、狭くなって、閉じていく。アンジェリカは分断と言っていた、つまりダグラスとフレイヤの身にも危険が迫っている。動け、動けよ俺の身体、こんなところで立ち止まっちゃいけない……のに……。
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