第14話 闇市の噂

「やっと起きたか、見ての通りだ。手伝ってくれ」


 宿の外に出ると、ダグラスが魔法攻撃でウィンドサーファーを撃ち落とそうと奮闘しているところだった。何事かと顔を覗かせる町の人々には洗脳装置だから、見たり建物に入れないように注意をする。設置されなければ大丈夫だろうと思っていたからだ。リリアンとフレイヤを起こして四人で攻撃するが、ふわふわと浮かんで躱されてしまう。


「ええい、面倒臭いね! とりゃあっ!」


 腕力は強いが魔は使えないフレイヤは、宿屋の屋根へ登って、勢いをつけて飛び出し一機体に飛びかかり、そのまま殴って地面に叩き落とした。寝起きでよくあそこまで身軽に動けるなと感心する。


 撃墜されるとは思っていなかったのか、ウィンドサーファーは一瞬動揺したような動きを見せたが、すぐに石版を持っている機体を守るように陣形を組んで、攻撃の届かない位置まで上がっていく。そして。


「はいどーも! アルトの冒険配信でーす! 今日も楽しく迷宮を攻略していくので、よろしくおねがいしまーす。ほらナナ、ご挨拶して?」

「コ、ンニチハ。ワタシハ、ナナデス。ゴシュジンサマノ、アシスタントニ、ナリマシタ」


 空に浮かんだままアルトの配信が始まってしまった。首輪の付いた少女がぎこちなく挨拶する。アシスタントというのは、助手という意味らしい。人々は家から出てきて、ウィンドサーファーの元へ光におびき寄せられた虫のようにフラフラと集まってくる。


「今回は、皆さんのご要望にお応えして、秘密の迷宮に挑戦していこうと思います! 入り口しか見つかっていないとされていた場所ですね。じ・つ・は、フォレストドラゴンの住む洞窟と繋がっていたんです。ナナ、洞窟に向かって炎を吐くんだ。出来るよね?」

「ハ、ハイ。ゴシュジンサマノ、イウトオリニ……」


 少女は炎を吐き、突然の敵襲に為すすべなく焼かれていく罪なきフォレストドラゴンの断末魔が配信に乗って響き渡る。大人しく、生きているだけで森を豊かにするので一部の地域では信仰の対象にもなる魔物を、しかもドラゴンを焼かせるなんて正気の沙汰じゃない。あいつは狂っているのか!? テイマーは魔物を従える職業であって、己の匙加減で生死を決めていいわけじゃない。


「みんなダメだ、あの配信を見たら洗脳されてしまう!」

 俺たちは必死に押し戻そうとするが、多勢に無勢で押し退けられてしまう。虚ろな目をした人々は無条件に扉を開け石版の設置に協力的になり、その後はナナちゃん可愛い、やっぱりアルトは強い、すごい、流石だと洗脳状態に戻ってしまった。


「……荷物を持って町を出よう。教会まで急ぐんだ」

 秘密の迷宮とやらの魔物を瞬く間にねじ伏せ、宝を奪取し、敵意を見せようものならカオスドラゴンの少女に焼かせる様は、残酷で見るに堪えない。俺たちは敵意がこちらに向かないうちに宿から逃げ出して森を抜けた。教会へ行くと修道士たちは温かく迎えてくれた。どういうわけか、ここにはウィンドサーファーが来なかったらしい。


「結局、昨日の努力は水の泡かぁ」

「教会が無事なだけでも幸運ですよ。心休まる場所があるのは大切です」

「……そうだよな、どこにも行けないよりはマシだ」


 一筋希望が見えたかと思うと潰えていく。流石に精神的に厳しくなって、落ち込む俺をリリアンが慰める。とはいえ石版を壊しても次の日には供給され、配信が一度始まると人々は無条件に見に来てしまい、洗脳状態になる。どうしたらいいのだろう。八方塞がりだ。


「あ、あの、勇者様」

 そこへ、話しかける機会を伺っていた修道女がやってきた。彼女が言うには、石版が設置されていないかもしれない場所があるというのだ。


「本当ですか!? それ、どこなんですか?」

「あの、その……言いにくいのですが、教会のある森を町とは反対方面に抜けた川辺に、毎夜表には出せないような品々を扱う闇市がありまして、そこなら、監視の目もないかと……」

「闇市……? まさか貴女は」

「は、はい。そうです、元々盗人だったんです。改心してここで修道女になりました」


 盗人から心を入れ替えて修道女になったという彼女は、名をアンジェリカと言い、参加するための合言葉を教えるから、一緒に連れて行ってほしいと言い出した。どうしても手に入れたい品があるのだが、それが今日の闇市で出回るかもしれないという情報を掴んでいたのだ。


「よしなよ、こっちはただでさえアルトのことでいっぱいいっぱいだってのに、これ以上の面倒事なんて」

 フレイヤは露骨に嫌そうな顔をする。ダグラスも口には出さないが、改心しても盗人は盗人だろうと言いたげにしている。


「でも、行くところも無いし、このままじゃ現状を打破出来るわけでもない。見に行くだけ行ってみたいんだ。もしかしたら、アルトに持っていかれたアイテムが流れてるかもしれないし」

「はあ~言い出したら聞かないよなお前は。アタシはこっちにいるよ」

「オレも残る。騎士たるもの、汚れた物品を手に取るわけにはいかないからな」

「わかった。何かあればすぐに戻ってくるよ」


 こうしてリリアンと俺と、アンジェリカの三人で闇市へ行くことになった。

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