第13話 振り出しに戻る
「お前っ、なんてこと……を……? あれ、俺たちこんなところで何やってるんだ?」
石版が壊れたことで、宿にいた人たちは正気に戻ってくれた。今なら話ができそうだ。
「よかった! 手荒な真似をしてすいません。実は……」
長くなるので端折りながら事情を説明すると、俺たちへの誤解は解け、なんとなくだけど状況を理解してもらえた。こっちの大陸にはまだ踏み入ったことがなかったから、俺たちのことを配信でしか知らない人たちばかりだった。
「よくよく考えれば、まぁ確かにアルトの手腕はすげぇけど、毎度毎度人を貶すこたないよな」
「そうだよな、なんで今まで疑問に思わなかったんだろうな。俺たち勇者のこと知りもしなかったってのに」
人々は顔を見合わせて、そう言えばそうだったと話をしながら眠い目を擦って家々に戻っていった。石版に仕込まれていたのは、自分の行動に一切の疑問を抱かせず、敵に対してのみ悪意や殺意を抱かせる魔法なのだろう。
どういう生き方をしたらそんな心無い魔法が使えるようになるのだろうと、内心ため息をついた。魔法は世のため人のために使えと、誰でも小さい頃教わるはずだろうに。
「いや申し訳ない勇者殿。なんとお詫びをしていいやら……」
「いえ、わかっていただけたならそれでいいんです。ところで、ここ以外で配信が見られるのはどこですか?」
人々がすっかり帰ってしまったので、残っていた宿屋の店主に聞いてみる。
「武器屋と道具屋くらいだね、この町だと。ちょうど通り沿いに並んでいるよ」
「ありがとうございます! フレイヤ、行こう!」
「よっしゃ、あと二つぶっ壊せばいいんだな! チョロいチョロい!」
宿屋を後にして俺は武器屋に、フレイヤは道具屋に向かった。アルトは宿屋で俺たちを仕留められるものだと考えていたのか警備は薄く、裏口からすぐに入ることが出来た。鍵が開いていたから嫌な予感はしていたのだが、店主はそれはもう魔物のように怒り狂っていた。
手に金床を持ち突進してくる店主に謝りながら店中を逃げ回り、ちょうど俺の背中に石版が来た時にギリギリまで引きつけて、フッと身をかがめる。
武器屋の店主は勢いのまま顔から突っ込み、脆い焼き菓子のようにバキバキと音を立てて、石版は粉々になった。それでも何事もなかったかのように顔を上げてきたのだから、店主は相当タフなのだろう。冷や汗が出た。
「すまんなぁ、俺ぁてっきりお前が武器を大事しないバカ野郎だとばかり……」
「勇者でなくても、冒険をする身なら誰しも武器は大事にしますよ。小さい頃から物がそこにある意味とか、扱いを口酸っぱく言われてきていますから」
石版が壊れ疑いが晴れると、武器屋の主人は俺が勇者の剣を大切にしなかったから見放されたものだと勘違いしていたことを謝った。深夜で、しかも配信でしか知らないにも関わらず真剣に俺の話を聞いてくれて、必ず取り返せよと激励を貰った。
「おーい、こっちも終わったぞ」
そこへフレイヤがやってきた。足元には完全に伸び切った道具屋の主人らしき人が倒れている。戦果として引きずってきたんだろう。
「これで全部かな。二人と合流しよう」
町の入口まで引き返すと、ダグラスとリリアンが息を切らせて走ってくるところだった。二人共泥と葉っぱで汚れていたが、目立つ怪我はなかった。執念深く追われ続け、村外れの崖まで追い詰められたところで、正気を取り戻して襲うのを止めたらしい。間一髪だったそうだ。
石版は一つ壊せばその建屋内にいる人は正気に戻り、設置された分全てを壊せば町全体が正気に戻る。つまり掛けられている魔法が解除されることがわかり、それぞれの破片を拾い集めて【鑑定】したダグラス曰く、町一つを小さな結界に閉じ込めているようなものらしい。
アルトは人々との交流を絶ち孤立させ、失った分の武器や道具の入手、安全な場所での寝泊まりを妨害しようと企んでいたのではないかと思うと、頭が痛くなる。こんなことをされるような覚えはないし、逆恨みにしても限度というものがあるだろう。一度気に入らないことをされたら死ぬまでやりかえしていいのだったら、とっくに世界は邪神復活よりも前に滅んでいる。そこまで考えが至らないとは思いたくない……。
いや、何考えてるんだ俺は! あいつは最低で卑劣なことをして、事実現状はようやく疑いが晴れただけで、まだこの町の人たちの信頼は得られていない。どうにかして、俺達のことをもっと知ってもらって、配信の効果を打ち消さなければ。また石版を運び込まれたら水の泡だ。
疑心暗鬼の夜は明け、朝日が登る頃になって疲れ切った俺たちはふかふかのベッドに横になった。時間にすれば大して長くないはずなのに、もうずっとこの感覚から遠ざかっていたような気がする……。
また、不思議な夢を見た。真っ白な部屋で、おちゃらけている男と真面目そうな男が俺に話しかけている。真面目そうな方は、俺が安心している様子を良かったと思っているっぽくて、おちゃらけている方は、そんなに上手くいくもんじゃないと笑っていたような。
それからまた内容が思い出せないけど大事なことっぽい話をしていて、分厚い本みたいな物を持っていたような気がする。俺は知らないと首を振ったけど、納得いってないみたいだったな。途中から雑音が酷くて何言ってるか聞き取れなかったし。
ん? 雑音? いや、これは夢じゃない! 機械の音だ!
気づいて飛び起きたときには既に遅く、町にはウィンドサーファーが降りてきていた。
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