第12話 石板をぶっ壊せ!
それから夜になるまで、俺たちは教会で過ごすことになった。使われなくなった空き部屋を借りて、狭いところに薄い毛布を敷いて、横になる。冷たいし硬いし隙間風は入ってくるし、お世辞にも良いとは言えない寝心地だが文句は言っていられない。神父に攻撃されたり神が降臨したりで一気に疲れたな。少しでも寝て、体力を回復しなくちゃ……。
不思議な夢を見た。床から天井まで真っ白な部屋で、見たこともない服を着た男二人と会話をしていた。一人はおちゃらけていて、もう一人は真面目そうだった。とても大事なことを言っていたように思うんだけど、ぼんやりとしていて覚えていない。ただ、二人共必死だったのは印象に残っている。誰だったんだろう。
考えても仕方ない。床から起き上がると、もう三人は身支度を整えていた。真っ昼間に突撃しても意味がないから、町が寝静まっている深夜にこっそり壊しに行く計画を立てていた。俺も頬を叩いて、気合を入れる。
「でもよ、ライオネル。ジャレッドやあの町の人は、配信をみてもおかしくならなかったぜ」
教会を抜け森を歩いていると、決行を前に、ダグラスがポツリと零した。
「これは俺の推測でしか無いんだけど、あの町にはかなり長く滞在してたから、皆俺たちのことをよく知ってくれていた。だから、効かなかったんだと思う」
「アタシらを知らない人に効果があるってか? そしたら今まで助けてきた町なんかも効果ないじゃないか」
「助けた後、感謝の心を持っているかどうか、ではないでしょうか。人間は喉元を過ぎれば熱さを忘れてしまう生き物です。魔物が退治されてよかった、くらいにしか思われていないところがほとんどなのでしょう。でなければ、あの町だけを焼き払う理由がありません」
リリアンの推測を聞いて、フレイヤは助けてやったのにと悪態をついた。でも勇者ってそんなもんだなと俺も思っていた。
「マダムを殺したのも、俺たちに好意的だったからじゃないかって考えてる。でなきゃ、あんな殺し方はしないだろう」
話しているうちに、生ぬるい風が吹いてきた。寝静まった町に忍び込んで物を破壊するんだ、雰囲気はこれくらい陰鬱で丁度いい。町の入口まで来ると、空気がヒリついている。人の気配がしたので茂みに隠れた。
「見ろよ、防柵作ってやがるぜ。アタシたちを入れさせないつもりだ」
「しかもご丁寧に見張り付きか。俺たちが壊そうとしているのを知ってるみたいだ」
町の入口は大きな松明に火が付けられ、木材や壊れた樽をかき集めた柵が作られていた。夜深い時間にも関わらず、城門のような厳しい監視が敷かれている。先回りをされているのか? いくらなんでも、アルトが未来予知まで出来るとは思えないけれど。
「どうする? あそこを突破するのは無理があるぞ」
「二手に別れよう。俺とフレイヤで石版を壊すから、ダグラスとリリアンは注意をひきつけてくれ」
「わかりました。ご武運を」
「おう、任せろ」
ダグラスとリリアンは警戒している人の前にわざと飛び出し、捕まえられるものなら捕まえてみろと挑発し、注意をひきつけてくれた。町の人が二人を追いかけている隙にフレイヤと町中へ入り、まずは石版の設置を確認出来た宿屋へ向かった。
「こーいう時は、この手に限る!」
フレイヤは迷うこと無く拳で窓ガラスを叩き割り、俺は申し訳ないなと思いながら後に続いて乗り込んだ。ああ、実家だったら死ぬほど怒られるんだろうなとか、ガラスは高価だから、修理費用が結構かさむんだよなとか、余計なことを考えてしまう。
「来やがったな悪徳勇者共め!」
「今夜お前らが石版を壊しに来るって、アルトが教えてくれたんだ!」
入った瞬間に松明で照らされ、周りを男たちに囲まれた。聞いてもないのにアルトが主犯だと情報をくれるのはありがたい。これで、人々が自分の意志で俺たちを攻撃しようとしているわけではないと知れたのだから。
「邪魔するなら容赦はしないよ!」
「悪いけど、この石版は壊させてもらう。皆アルトの言うことに踊らされているだけだ!」
「うるせぇ! 強いやつが正義なんだ!」
話し合いでの解決は、配信していない夜間でも無理か。俺は盾を構えて、なるべく傷つけないよう注意しながら押し付けるように前へ突き出して、殴りかかってくる人を突き飛ばす。尻餅をついて動けなくなれば好都合だ。
「オラオラ! そんなもんでアタシが止められるとでも思ってんのかい!」
一方のフレイヤは昼間絡まれたこともあって、溜まった鬱憤を晴らすように、遠慮もなく殴り倒す。俺たちが人々に手を出さないと思っていたのか、数人ほど倒すとたじろいで後方に下がり始めた。いつもならそうだが、今回は事情が事情だ。
「フレイヤ、今だ!」
石版の前から人を退かして、フレイヤを誘導する。強力な攻撃を打ち込めば壊れるはずだ。
「わかってる! 喰らえ、
腕っぷしの強いフレイヤの渾身の一撃が決まったはずが、石版は傷一つつかなかった。つやつやのままだ。
「なら俺が!
力だけでは壊せないならと俺は魔力を乗せて斬りかかったが、石版に届く寸でのところで弾き返されてしまった。見えない防御結界に阻まれているようだ。
「へっ、ざまあみろ! アルトの方がお前たちよりも一枚上手なんだ!」
「んだと! まだ殴られ足りねぇか!」
苛ついたフレイヤは一人の腕をひっつかんで振り回し、石版に体を思い切り叩きつけた。すると、バキンとヒビの入る音がした。
「これって……」
もしかして「俺たちだけ」に壊せないようになっているのか? あいつのことだ、そういう魔法をかけている可能性は十分ある。となれば、やることは一つ。
「すいません。ちょっとお借りします! フレイヤ、この人も使え!」
「あいよ、こっちに寄越しな!」
俺は近くで気絶している人の腕を持ち上げて、引き渡した。ヒビが入って壁からかずり落ちそうな石版に再度横から叩きつけると、いとも簡単に石版は砕けちった。他の人間が危害を加えることを考慮していなかったのだろう。
まずは一つ、石版を破壊した。
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