幕間:天使のお茶会

 ライオネルたちがいる世界とは遠く離れた天使の住まう楽園で、コスモスは紅茶をゆったりと楽しんでいた。テーブルの向かいには、燦々と降り注ぐ光と花に囲まれた庭園には似つかわしくない、会社員のような堅苦しい格好をした男が座っている。


「ご計画が順調に進んでいるようで、なによりでございますコスモス様。あの世界はいかがでしょうか?」

 ゴマをすっているのが言葉から滲み出るような、ねっとりした下卑た声に、コスモスは嫌そうにため息をつく。


「ええ、お陰様で出だしは上々よ。最近は死神の監視が厳しくなってきちゃって、日本からの転生が廃れ気味だったから、このやり方を紹介してくれて嬉しいわ。私も不幸な人々をに幸せをもたらす仕事が捗るもの」


「いやはや、日本だけでなく異世界でも不幸な人間たちを幸せにするとは、コスモス様は慈悲深いお方です」

「不幸な人間……ね、ふふふ。日本は死者と行方不明者に余計な詮索を入れられないから、都合がよかっただけよ」

 コスモスはカップに口をつけ、一口だけ飲むとまたふうとため息をついた。


「たかだか学生の頃にいじめられて、自己肯定感が育たず社会不適合になって、恋愛できないくらいで不幸? 笑っちゃうわ。火薬と血の匂いが消えない紛争地で草の根を喰み、五秒後には死ぬかもわからない中で、不衛生な泥水啜りながら生きる為に人を殺さざるを得ない少年兵士の方が、余程不幸だわ」

「でしたら、そちらを転生させればよろしかったのでは?」

 堅苦しい格好の男は、意地悪そうに笑って言った。するわけないと知っているかのように。


「私も日本人と同じ。一切苦労せず、楽して結果だけが欲しいの。血まみれの魂を導くなんてごめんだわ」


 天使は、不幸な人間を幸せにするのが使命である。数百年前までは真面目に病気や怪我を治したり、行くべき道を導いたり、迷える魂に癒やしを与えていたのだが、ある時、どこかの世界(現在は消滅してしまった)の神が過程を無視し結果だけを多く残した天使を褒め、守護天使に格上げした為に皆心が折れてしまった。


 そして『努力や頑張りは馬鹿馬鹿しいもので、一時的にでも人が幸せになればそれでいい』という考えが広がり、人間を軽視する風潮に染まっていった。

 そんな天使にとって、承認欲求が満たされない人間は格好の餌食であった。彼らは常に自分のことを不幸だと思いこんでいるので、満たされることがない。ほんの少しでも願いを叶えてやれば『一時的な幸せ』を感じるので、どんどん成果が溜まっていくのだ。


「左様でございますか。我々エンジェルテンプテーション社は天使様のご活動を支えるのが使命ですので、何なりとお申し付けください」

 堅苦しい格好の男は、ニヤニヤと不気味な笑いを浮かべた。


「御社の技術革新は凄まじいわね。ちょっと前までは日本人が異世界に持ち込んだものの回収すら苦労していたのに、今は穢れた力すら他の世界に持ち込めるだなんてね」


 コスモスはアルトに手渡したのと同じ攻略本を、床に散らばる雑多な物品の上に置いた。どれもこれもエンジェルテンプテーション社が回収、開発した物で、俗に言うチートアイテムだ。天使たちはこれらを使い、異世界に介入をしている。穢れた力とは、神から異世界に転生する日本人に与えられた力のことで、俗に言うチート能力の総称だ。


「技術は日々進歩するものでございます。既に次の商品開発を行っているところございます」

「貴方、死んでも勤勉なところは変わらないのね。それにしても、追放して孤立させるっていい考えよね。介入しやすくてとっても助かってるわ」

「ええ。導入として最高だと自負しております。『実は最初から最強の俺、実力を見抜けなかった奴らをざまあする。戻ってこいと言われてももう遅い展開キット』の為せる技でございます」


「実は最初から最強なんて、非現実的すぎるって気が付かないのかしらね? 天使わたしたちが裏で色々やって、たまたま古代精霊文字の本を売らせたり、たまたまドラゴンの血を引く美少女に出会わせたりしてるって、感づかないのかしら」


「人間は愚かな生き物でございますから。それに、最初は隠していた方が上がり幅は大きいかと。これなら死神共も、嗅ぎつけたところで手出しは出来ません」

「あはは! いい気味だわ、ざまあみなさい。魂だけ見てるから対策されるのよ」


 コスモスは天使らしからぬ下品な大声で笑った。これまで何度か『異世界転生防止係』なる死神に計画を邪魔されていたからだ。今回こそは成功させようと、堅苦しい男が持ってきたアイテムを手に取り、次にアルトに渡すものを決めることにした。




 一方その頃。死神は天使の期待を裏切るかのように水面下で行動を起こしていた。異世界転生防止係の死神、赤いスーツを身に包む赤屍は、後輩を連れてライオネルのいる世界へ降り立とうとしている。


「さあさ、きっちりしっかりばっちり働いてもらうっすよ、陽介クン。いや、今は青苑だから、アオちゃんって呼ぼうかな」

「どっちでもいいよ。それより、あの話本当なんだろうな、赤屍

「もちろんっすよ。死神は嘘つかないって有名っすよ?」


 アオちゃんと呼ばれている人物は、三年前に異世界に転移し、現地で好き勝手やっていた転生チーターを現代日本に連れ帰った功績者、日比谷陽介ひびやようすけである。彼が何故死神の後輩になったのかは、この物語では重要ではないので省くことにする。


 ともかく、ライオネルもアルトも与り知らないところで、天使と死神が静かに、だが確実に動き出しているのであった。

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