第11話 ここからはじめよう

「そんな、神がお間違えになるはずがない! どういうことだ!?」


 俺たちに天罰が下ると信じていた神父は青ざめた顔で、慌ただしく教会へ引き返していった。


「追いかけよう! 風向きが変わったかもしれない」


 なんだかそんな気がする。俺たちは神父の後を追って、木々の間を抜けて森の奥に進んでいく。息を潜め隠れるように佇む教会は、町で見かけるものより小さい。


 数人の修道士や孤児が怯えたように外に出てきて、ざわついている様子が見えてきた。ある者は木のロザリオを握りしめ、ある者は地面に伏し空に向かって許しを乞っている。


「神父様! 今雷が落ちて、聖堂に置かれた石版が粉々に砕け散りました!」

「な、なんだと!?」


 神父は高僧らしき赤い服を着た男を押しのけて、聖堂に飛び込んだ。綺麗に整えられた聖堂の中には、精霊と神を象徴する紋の刻まれた彫刻があり、その前で石版だけが、焦げた匂いを放ちながら崩れている。


 聖堂に駆け込む時に、違和感を覚えた。誰も、俺たちの姿を見ても恐れていない。罵倒もしないし、物を投げてもこない。むしろ、何故ここに来たのだろうときょとんとした顔をしていた。


「ああ、神は我々をお見捨てにはならなかったのですね」

 砕けた石板を見たリリアンは、安堵の表情をして祈りを捧げた。


「き、貴様ら、神聖な教会をなんと心得る! どんな手段を使ったのかわからんが、神のご意志まで偽ろうとするとは。もう一度神罰を喰らわせてくれる!」


 足音でこちらに気づいた神父は、誤解を解こうと話しかけようにも聞く耳を持たない。宿屋にいた人々もそうだったが、アルトの配信を見た人は話を聞こうとせず、攻撃して追い出そうとする。まるで操られているかのようだ。


 あいつの事だ、会話して打ち解けられたら不都合なのだろう。俺が村や町の人と会話をしている時、いつも不機嫌そうだったから。


 神父がロザリオを握ったので、戦いたくはなかいが剣に手をかける。詠唱しようものなら、手からはたき落とさなければ。高火力の魔法攻撃が飛んでくれば、怪我どころでは済まない。


 各々が臨戦態勢に入り、張り詰めた空気が流れる。お互いに出方を伺い、緊張の糸が揺らいだ瞬間に神父がロザリオを掲げた。

 対抗しようと俺が剣を抜いたその時、天井から聖堂内に清らかで暖かい光が降り注いだ。


「おやめなさい。この者たちに罪がないと、まだわからないのですか」


 聞き覚えのある声がした。勇者に選ばれた日に聞いた声だ。優しくて、身も心も委ねられる心地の良い声。見上げると、絵画や彫刻で表される麗しい神の姿があった。精霊には勇者の剣を授かる時に会ったが、神は初めてだ。眩しくて、文字通り神々しいことくらいしかわからない。


「あ、あ、あぁ……神よ! 何故ですか。この者たちは人を殺し火を放ったのです! なのに」

 神父は膝から崩れ落ち、祈る姿勢で震えている。


「それは真実ではありません。神父よ、貴方はその目で見たのですか?」

「い、いいえ……。ですが、配信では……」


「一方の意見だけを聞きもう一方の意見を聞かず、自分の目で確かめていないことを真実と捉え、思考を放棄し決めつけ、あまつさえ勇者を手にかけようとは。恥を知りなさい」

「お、お許しください! どうか、どうかお慈悲を!」


 静かに怒る神を前に神父はすっかり縮こまってしまい、床に頭を擦り付け、手からはロザリオが溢れるように落ちた。


「待ってください! 悪いのはアルトで、この人はただ配信を見ていただけです」

 俺は声を上げた。ここで裁かれるのは間違っている、根本を正さないことには、終わらない話だ。


「……勇者ライオネルとその仲間たちよ、困難に立ち向かう勇気を持ち続けなさい。道はきっと開かれます。私も、出来うる限り手を差し伸べましょう」


 俺の言葉を待っていたように神が微笑むと、教会は眩い光に包まれた。収まった頃に目を開けると神の姿はなく、どこか体が軽くなっていた。


「ありがとうございます。勇者ライオネル様、私は危うく道を間違え、神のお怒りに触れて焼かれるところでした」

「あなたは、やれることをやろうとしただけです。誰にでも間違いはあります。正せたなら、それでいいって、俺は思います」


 攻撃的な態度から一転、神父は穏和な態度に変わった。町でのこと話すと、ここを拠点にしても良いと言ってくれた。


 教会の敷地内にいる修道士たちは、石版が壊れてから暫くすると、何故配信の情報を完全に信じ切っていたのか、疑問を持つようになっていた。俺たちの話も聞いてくれて、ようやく人と対話できたことに感動して涙が出た。


「勇者様のお話から考えると、石板に何らかの洗脳効果がある、ということになりそうですね」


 騒ぎがおさまって、遅めの飯をご馳走になりながら、俺はここへ来た時の違和感のことを話し、石版が怪しいのではないかと言った。


「神父の様子からするに、ある程度力のある人間には壊れた後も効果が残っていそうだな。欠片を【鑑定】してみたが、何で出来ているのかすらさっぱりだ」


「よーするに、あの石板をぶっ壊しゃいいんだろ? いいねぇ腕が鳴るよ」

 フレイヤは指をバキバキ鳴らし、いつでも町に殴り込んでやれるぞと気合いを入れる。


「よし、ここから始めよう。微かだけど、光が見えてきた!」

「ああ、壊しまくってりゃそのうちあのバカにもたどり着く。思いっきりぶん殴って土下座させてやろうじゃないか!」

「あ、えっと、暴力は良くないですよ。謝罪してもらって、発言を取り消してもらえればそれで……」

「そうだな。それと、物も返してもらわないとな」

「お金もですよ、ダグラス!」


 四人で顔を見合わせて、久しぶりに笑った。

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