第10話 このままじゃ終われない

 * * * *

 俺たちは、アルトを讃える盛大な声を背に宿屋を出た。正しく表現すると追い出された。配信の内容を鵜呑みにした人々は俺たちを罵倒し、物を投げつけてきた。

 宿屋の主人にも、申し訳ないがこれ以上泊めてはおけないと首を横に振られて、虚しい気持ちが心を占拠した。反論したところで、大きな声にかき消されてしまうだろう。


「あんのクソバカチビがロクでもない配信なんてしてなけりゃ……! なんだってアタシたちがこんな目に!!」


 フレイヤは怒りも血も頭に上りきっているようで、顔を真っ赤にして木に八つ当たりをしている。年月が経って根本から横倒しになったそれは、バキバキと乾いた悲鳴を上げる。


 到底町にはいられそうにないので、外れの森まで歩いてきた。強いやつはそれだけで正義だと言った人の声が、頭の中で何度もこだましている。強ければ、どんなことをしてもいいと人々が思っていることが心に穴が開きそうなくらい悲しかった。


 勇者としての行動が認められてきたのって、魔物退治を力で示したからなのか? 迷宮も、力だけで攻略したと思われているのか? そんなことないのに。対抗して配信したら証明出来るが、そんな資金も資材も無い。


「あの様子だと、私たちの話を聞いてくださる方はいらっしゃいませんでしたね。これからどうしましょう……」


 リリアンはため息をついて、あっと口を塞いだ。心身共に限界だろうに、我慢していてくれたのだ。つい気が緩んで、出てしまったのだろう。


「…………。パーティを解散しよう、アルトの攻撃先はほとんど俺だ。みんなは俺に操られていたことにすれば助かる。だから」


「ふざけるな!」

 フレイヤよりも先に俺に掴みかかり、怒鳴ってきたのはダグラスだった。いつも温厚なだけに、驚いて言葉を失った。


「お前はそれでいいのか! 一人になったら狂った人々に取り殺されてしまうかもしれないんだぞ! それを、知らないふりをして見ていろというのか!!」


「俺だってこのままじゃ終われない、終わらせちゃいけないと思ってる! どんなに辛くても、苦しくても、誰にも認められなくても、前に進まなくちゃいけない。それが勇者だから。でも、そのせいで仲間に危害が及ぶなら、何もしないわけにはいかないだろ!!」


「このバカ野郎! これまでだって危ない場面は何度もあった! それをお前が諦めずに手を伸ばしてくれたから乗り越えて今のオレたちがあるんだろうが!! もっと仲間を信じろよ! どうしてそういつもいつも自分だけが犠牲になれば済むと思ってるんだお前は!!!」


 頬めがけて平手打ちをしてきたダグラスの目には涙が浮かんでいる。俺も、目頭がじんわり熱くなってきた。わかってる、解散しようと提案したところで、誰もうんとは言わないだろうと。でも俺には現状これ以上の策がない。みんなを守れるほどの強さもない。


 そのまま押し倒してきたので、掴み合いからの殴り合いになった。リリアンが止めに入ろうとしたのを、フレイヤが遮ったところが見えた。


 奇妙なことに、殴られているというのに何故かとても嬉しかった。普段はこんなに感情的にならないダグラスから、激しく思いの丈をぶつけられて動揺しているだけなのかもしれないが、言葉には出来ない感情を表現するにはこうするしかないのだと理解できた。

 真剣に向き合ってくれる人を、俺は失っていない。大丈夫だ、俺は立ち上がれる。


 お互いが渾身の力で殴った拳が交差して、決着がついた。引き分けだ。フレイヤは涙まじりの声にならない声でを上げて、リリアンは駆け寄って回復魔法をかけてくれたりした。



「騒がしいので様子を見にきてみれば……これはこれは旅の方、こんなところでどうされましたか」


 優しげに声をかけてくれたのは、精霊の紋章を入れた服を身に纏う神父だった。俺たちが揉めている声が聞こえてしまったようだ。


「お騒がせしてすいません。ちょっと今後の方針で喧嘩していただけですから」

 立ち上がって服を叩く。なんだか恥ずかしいところを見られてしまったような気がする。


「こんなところではなんですから、私の教会にいらしてください。静かな場所で話し合うことで道も開けましょ……ひぃっ!」


 俺が顔をあげると、神父の態度が一転した。怖気付いて下がり、嫌悪を顔に出す。


「人殺しのライオネル! この恥知らずの愚か者めが! 皆真実を知っているぞ! 占い師を勇者の剣で刺し殺し、町に火をつけた極悪人とその一味め! 証拠の剣をアルトが配信で見せていたぞ」


 やはり勇者の剣はアルトの手元にあるのか。それがわかっただけでも罵倒された価値はある。

 どうやら石版は人の集まるところならどこにでもあるらしい。教会の神父まで信じているとなると、もはや安息の地は無いのかもしれない。


「ああ、万物の主たる神よ。大地を守る精霊よ。何故罪深きこの者たちに裁きをくださらぬのですか。人を殺し町に火を放つ偽りの勇者を生かしておくのですか。我が声に応え罪ある者に罰を! 神罰執行パニッシュメント!」


 神父が魔法石の付いたロザリオ(※僧侶や神父などの聖職者が身につける装飾品。杖代わりにもなる)を握りしめ天に向かって叫ぶと、空が急激に暗くなった。雷鳴が轟き、地面が揺れ一瞬のうちに稲妻が走る。


 しかし、それは俺たちにではなく、木々の間から見える、おそらく教会であろう建物に落ちた。

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