第8話 嘲笑、侮蔑、絶望

 町を出た俺たちは、迷宮から戻ってきたばかりの身体を奮い立たせて国境を目指し走っていた。国の兵士といえど、大陸をまたげば管轄外。それ以上は追ってこない。


 しかし、何故国がこんなに早く兵を動かしているんだ? マダムが有名人だったのは確かだが、死んだ話が伝わったとしても、その日のうちに国が動く程の事態ではないはずだ。異常としか言いようがない。最初からこうなることがわかっていたのか?


 ダメだ、悪いことが都合よく重なりすぎて、全部アルトの仕業のように思えてしまう。いくら本来の能力が高くスキルも魔法も自由自在な超人でも、それを理由に王を説得するなんて到底無理な話だ。王族の関係者でも無い限りは。仮に王族の血を引いていたとしても、旅に出されるような継承順位だったということだし……。


 大陸の境は旅人や冒険者、商人の往来が盛んで馬車が止まっていることが多い。幸運にもこの時間に残っていた馬車に乗って一息ついていると、信じがたい景色が見えた。町の方角から火の手が上がっている。うっすらとだが、悲鳴のようなものも聞こえる。


「おい、あれってまさか」

「連中火を付けやがった! 非道な王兵共め!」


 ダグラスは拳を膝に叩きつける。怒りが限界を超えているように見える。放火は人殺しの次に重い罪で、王命といえど平和の為に魔物と戦う国の兵士がやるようなことではない。彼の騎士道精神に著しく反する行為だ。


「馬車を止めてもらおう! まだ間に合うかもしれない!」

「いけません勇者様! 追ってくる兵が【視え】ます。それも大規模な軍隊です、とても敵いません!!」


 御者に話そうと身を乗り出すと、リリアンに引き戻された。彼女は【敵意察知】のスキルを持っていて、特定の範囲内に限られるが、味方に対して敵意や悪意を持つものの居場所を視る事ができる。即ち軍隊は俺たちに敵意、いや殺意を持って行動している。勇者殺しの王命でも出たのか!?


「御者の方、申し訳ございませんが急いでいただけないでしょうか」

「こんな時間に急げだなんて無茶言うなぁ。まぁ可愛いお嬢さんの為だ、頑張りますよ。ハイヨォ!」

 リリアンが御者に声をかけると、鞭打たれた馬は嘶いて速度を上げ始める。


 木々を照らす炎の波が、少しずつ遠く小さくなっていく。さっきまで笑顔だった人々が、つい今朝方まで明るかった町並みが、黒煙を吐いて死んでいく。俺たちは、呆然としたまま逃げるしかなかった。



 荒れ地をゆく馬車は境を超え、隣の大陸に到着したのは夜も更けて満月が輝く頃だった。長旅に揺られた体を引きずって、ようやく空いている宿に滑り込むと皆そのまま泥のように眠った。酷い一日だった。こんなことは悪夢であってほしい。目が覚めたら人殺しも火事も無くなっていればいいのに……。



 ダグラスに起こされたのは昼過ぎで、見慣れない天井に昨日の出来事が夢幻でなかったことを思い知らされる。ため息をついて起き上がり、身支度を整えて部屋を出た。


「見ろよ、あれライオネルじゃね?」

 下に降りると、宿泊客の一人がぼそりと呟き、その場にいた人が一斉にこちらへ振り向いた。


「出たよ、愚か者一行だ」

「だったらなんか文句あんのか?」


 向けられるのは、嘲笑と侮蔑の眼差し。こちらの大陸の人々はアルトの話を信じてしまっているようだ。辛気臭い空気を牽制しようと俺の前に出たフレイヤに、差別的な声が飛ぶ。


「お前がフレイヤか。野蛮だって言ってたの、本当だったんだな」

「んだとぉ! 誰が野蛮人だ! もういっぺん言ってみやがれ!」

 熱くなったフレイヤは、客に掴みかかって椅子ごと倒す。相手も応戦してきて、もみ合いになった。


「よせ、売り言葉に買い言葉でどうするんだ。すいません、彼女ちょっと熱くなってしまっただけなんです」

 フレイヤを引き剥がして、相手に頭を下げると上から冷たい感触が流れてきた。熟成した果実の香りが鼻を突く。酒を掛けられたようだ。


「あんなに優秀なテイマーを追放するなんてどんなやつかと思ったが、案の定馬鹿野郎だな。女の躾もロクにできやしねぇ」


 と吐き捨てて、頭を上げた瞬間を狙って杯を投げられた。顔に当たる前に手で掴み長机の上に置くと、露骨に嫌そうな顔をされた。相手は酔っているだけだとは思うが、こんな仕打ちは生まれて初めてだ。


「そうだそうだ。アルトはすごいんだぞ、見てみろよ今回の配信を」


 宿屋の奥の壁に、ギルドのように巨大な石版が設置されていた。人々が集まって、朝から続いているらしい配信を見ている。俺たちのことをボロクソに貶しているのは、声だけで十分わかった。


 アルトは前回の戦果を売った金で装備を強化して、市場で楽しく買い物をしていた。高値で売れたのだろう、俺たちには手の届かないような高級品を日用品のように買い込んでいる。


「いやあ、そろそろ荷物持ちが欲しいですね。あーどこかに荷物持ちになってくれる人いないかなー、勇者ライオネルにこき使われてたボクみたいに☆彡」


 事あるごとに俺の名前を出しては、根も葉もないことを事実であるように喋る。なんて白々しい。あれだけの魔法が使いこなせるなら、収納魔法を使えばいいのに。薄っぺらい愛想笑いに寒気がする。


「あれあれっ!? あそこにいるのは奴隷商人ですね。声をかけてみましょう。すいませーん」


 この世界には奴隷制度がある。未開の地の種族や生き物を連れてきて、労働力や性的な下僕として上流階級向けに売っている。ほとんどの大陸で法的に認められているが、倫理的には批判の声も多く禁止している国もある。


「見てください! 一番ひ弱そうなドラゴンを買いました。商人さんに無理言って、お安くしてもらいましたよ。ぷぷぷ、馬鹿ですねあの人。こいつは最強の種族カオスドラゴンの幼体なのに、勿体ないな~でも、もうボクのものなんで。うんうん、怖かったよね。もう大丈夫だからね」


 アルトは商人から離れたところから指をさしてあざ笑い、黒いドラゴンに「人間であってこそビカムヒューマン」の魔法をかけて息を呑むような美女に変えた。服を与え、これから人間として躾けていきますと笑顔で言って配信を切った。


「すっげー」「流石アルト!」「あの商人前々から嫌いだったからざまあみろって感じ」

「最強のやつが強くなるのは見てて飽きない」「強いってだけで正義だよな」


 宿屋の中は、アルトを称賛する声で溢れた。

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