第7話 不本意な旅立ち

「……今は、出来ることをやるしかない」

 静寂を打ち破って、俺は言葉を絞り出した。


「何が起きたかは知らないけど、あいつは強くなった。ウィズダムへ乗り込んだところで、返り討ちにあうだけだ」

「それじゃあ、こんなふざけた配信指咥えて見てろってのかよ!」

 フレイヤが食ってかかる。


「そうじゃない、耐えるんだ。事を構えるなら、俺たちも強くならなきゃ話にならない。あいつがどんなに馬鹿にしてきても、名指しで批判してきても、払拭できるくらいにならなくちゃ」


 それっぽい事を言って説得に成功したが、俺はまだ現実が受け入れられなくて、頭の中で答えのない考え事が渦巻いていた。


 どうしてアルトは俺たちを信用してくれなかったのだろう。嫌なら出て行けばよかったのに、そうしなかったのは何故だろう。最初からいい関係になれなかったのは、俺のせいか?


 ウィンドサーファーは大量にいた。ということは、石板の設置はこの町だけではなく、冒険配信は世界中に伝わったと思う。

 これから俺たちは、有能なテイマーをむざむざ追放した馬鹿だと後ろ指を刺されるだろうな。いや、それだけで済むだろうか?


 目の前が見えなくなって、発言した後の仲間の声がどこか遠くでのやりとりのようにしか聞こえなくて、言われるままに迷宮へ向かい、鉱石を集めることになった。金がないことにはやれることもやれない。


 迷宮内の記憶はほとんどない。何故だか全ての動きが遅くて、魔物はもちろん仲間もゆっくり動いて見えた。言葉も音が伸び伸びで聞き取れない。後ろにいたリリアンはなんて言ってたんだっけ?


 帰路についてからじわじわ痛みを感じて、我に帰ったのは、町の入り口にジャレッドが仁王立ちしている姿を見てからだった。ギルドに雇われている冒険者たちもちらほら見える。


 誰もが険しい顔つきで、敵を睨むように俺たちのことを見ている。いつものゆるい感じはどこにもない。【鑑定】するような、埃一つ見逃さない鋭い視線だ。


「ライオネル、剣を見せろ。他のやつも武器をよこしてもらおう」

 ジャレッドから開口一番出た威圧のある言葉に、勇者の剣を無くしたことを見透かされているようで、心臓が締め付けられるように苦しくなった。


「ほらよ。好きに調べてくれ」

 躊躇しつつも、震えを悟られないように剣を差し出す。明らかに、罪人のような嫌悪感のある疑われ方をしている。


「これは……ふむ……。やはりそうか、疑って悪かった。着いてこい」

 パーティメンバー全員の武器、特に剣を念入りに調べると柔らかい笑顔に戻り、返してくれた。


 彼の【鑑定】はダグラスよりも精度が高く、物の真贋だけでなく嘘も見抜けるともっぱらの評判だ。偽物を売りつけようとして突っぱねられた冒険家は数知れずと聞く。


 周りを固められながら連れて行かれたのは酒場で、町に住む人が皆集まっていた。配信の影響か冷たい視線が一斉に飛んでくる。俺たちは軽蔑の的になってしまったのだろうか。


 それまでの平和な日々が壊されたような心地悪さを覚えて、理性がなければ叫んで飛び出してしまいたかった。


 ジャレッドが俺たちに杯を配り酒を注ぐと、凍りついた場が、ふっと緩むのを感じた。他人の杯に酒を注ぐのは、信頼の証だからだ。わっと歓声が上がり、安堵のため息が漏れる。


「マダム・エリザベスが殺された」

 和解の乾杯の直後、彼から飛び出したのは衝撃的な知らせだった。


「剣で背後から一突きだったらしい。それで、隣町の連中は、今日テントに入ったのはお前たちしか見ていないと言うんだ。疑いたくはなかったが、念のため調べさせてもらったというわけさ。人の血をいくら水で洗い流しても、このジャレッドの目は誤魔化せないからな」


「そうだったのか、てっきりあの配信を見て、俺たちのことを軽蔑したのかと思ったよ」


「あんな馬鹿な配信、この町の誰が信じるもんか! 大体あのアルトとかいう子は、愛想は悪いしもてなされて当然ように振る舞っていて、気に入らなかったぞ!」


 宿屋の主人が声を張り上げ、周りもそうだそうだと同調する。ああだったこうだったと愚痴大会が始まった。


(勇者様、今なら全てを打ち明けても良いのではないでしょうか)

(そうだよな。言わなきゃ、だよな)

 リリアンが耳打ちしてきた。確かに絶好の機会だ、ここを逃したら、もう言えなくなってしまうだろう。


(大丈夫ですよ)

 なかなか立ち上がれず、恐怖に震える拳を、リリアンは温かい手で包んでくれた。


「みんな、聞いてくれ」


 俺は深呼吸して立ち上がり、この二年間にあったこと、早朝にアルトを追放したこと、アイテムが全部魔物に盗まれたこと、行方を探す為にマダムのテントに行ったこと、そして盗まれた物の中に勇者の剣があったことも、包み隠さず話した。


「知ってたよ。伝説の剣が刃こぼれするなんて聞いたことなかったからね。まともな防具も付けてなかったから、何か事情があって履いていないんだろうって」


 武器屋の奥さんは笑って言った。俺の小さな虚栄心から出た嘘は、とっくに見抜かれていた。恥ずかしくなって、縮こまってしまう。


「馬鹿だねぇ、それくらいで信頼がなくなるわけないだろう。あんたは常に弱気を助け、悪きを挫いてきた立派な勇者だよ。皆口にしないだけで、助かってるんだからね」


 奥さんは俺のことを優しく撫でる。情けなくて、涙が出そうになったのを唇を噛んで堪えた。


「そういえばマダムは、今回のお金は後でいいと仰っていました。もしかして、殺されてしまうことを予知していたのではないでしょうか」


「なーんか様子がおかしかったもんな、あのばーさん。普通ならダルそうに出てくんのに、今日はアタシたちが来るのを待ってたみたいだった」


「予知、か。何か大きな力が動いているようだな。実はな、どっかの馬鹿が、マダム殺しの犯人はお前たちだと迷宮へ入っている間に通報しやがったんだ。もうすぐ兵がやってくる。急いでこの町を出るんだ」


「なんだって!?」


 一難去ってまた一難とはこのことだ。酒場は大慌ての事態になり、俺たちはまとめる荷物もそこまでないので外へ出た。

 町の人々はこれをあれをと食料をたくさんくれて、ジャレッドは約束通り鉱石を買い取ってくれた。


「じゃあな、負けるなよライオネル。どんなことがあっても」

「ああ、必ず取り返してみせるよ」

 見送るジャレッドの声が、どこか悲しそうに聞こえた。

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