第6話 冒険配信者
マダムが妙に優しかったのが心に引っかかったまま、宿のある町まで戻った俺たちは、ギルドと呼ばれる冒険者専用の買取所へ向かった。
この世界では邪神の力で理が捻じ曲げられてしまった森や洞窟の類を『迷宮』と呼ぶ。入るたびに地形が変わり、最奥部に進むにつれて珍しい鉱石や武器防具の素材が採れるので、金を稼ぐにはうってつけだ。そこへ装備を整え挑む者を『冒険者』と呼ぶ。
しかし、生息する魔物は地上のものとは比べ物にならないほど強く、冒険者たちはいつだって命がけ。俺たちも、何度か命の危機に瀕することがあったが、その度に協力して乗り越えてきた。
ダグラスは機転を利かせるのが上手くて、罠を逆手に取って魔物を陥れたり、フレイヤは力で押せないものはないと無理矢理扉をこじ開けて、実はそれが正解だったり、リリアンは危険を察知しやすく魔物の気配に敏感だから、戦闘体制をすぐに整えられるよう声をかけてくれる。
俺は鈍感だし、頭も良くないし、能力は平均的だ。出来ることと言えば一番前に立って歩くくらいだ。しかも迷宮攻略に重きをおいているわけではないから、倒れている冒険者がいるなら助け、攻略の途中でも脱出する。正しいのかわからないけど、自分の手の届く範囲は助けたい。それが勇者であるということだから。
おっと、話が逸れた。ギルドは迷宮で手に入るものをほぼ何でも買い取ってくれる場所で、高価買取のものは張り紙がしてある。
「やあライオネル! 聞いたよ、盗賊だって? 厄介なことになったな」
気さくに話かけてくるのは、ギルドマスターのジャレッドだ。この大陸全てのギルドを仕切っていて、昔は名うての冒険者だったらしい。
朝方起きた事件の話は、とっくに伝わっているようだ。噂話は風よりも速いとはよく言ったものだが、ここまでとは……。
「武器屋の主人には足向けて寝れないよ。今行けそうなのあるかい?」
「そうだなぁ、装備にちょいと不安があるが『草原の岩窟』なら十分やっていけるだろう。鉱石ならなんでも買い取ってやるから、頑張ってくれよな」
「わかった、夜までには戻ってくるよ」
草原の岩窟は元々は鉱山だった迷宮で、ここからそう遠くない。ジャレッドなりに配慮してくれたのだろう。
「ありゃなんだい?」
迷宮へ向かおうとすると、耳をつんざく音がした。フレイヤが不機嫌そうに空を見上げたので、つられて目線を上に向けると、大量の魔導飛行機械『ウィンドサーファー』が町の上空から一斉に降りてきた。魔力を込めた石を内蔵する機械で、風魔法を使って長時間飛ぶことが出来る。
「ウィンドサーファーか。魔導カメラを搭載して写真や動画を撮ったり、重いものを長距離運ぶことも可能な機械だが、一体買うには家が二件立つほど高価なものだぞ。それがなぜこんなところに……」
ダグラスは考え込んでいる。
「しかも、たくさんいますね……。あっ、ウィズダム魔法研究所の紋が書いてありますよ」
「本当だ、大都市お抱えの機関公認ってことかよ」
リリアンが指差す先には、金の紋章があった。こいつらはウィズダムから来て、アルトがいる場所も同じ。関連付けるのは早計だと思ったが、直感的に胸騒ぎがした。
俺の不安を知ってか知らずか、ウィンドサーファーは酒場や宿、ギルドに巨大な黒い石版を取り付けると、あっという間に去っていった。
「ジャレッド、何か買ったのか?」
「いや、こんなもの頼んだ覚えがない。誰の仕業だかまったく。悪いが、外すの手伝ってもらえないか」
「ああ、いいよ。お安い御用さ」
勝手に設置された石版を引き剥がそうとすると、魔法が作動して石版は大きな画面になった。そこに映し出されたのは、フードを外し堂々と自己紹介をするアルトの姿だった。傍らには大きなクマのような魔物を従えている。まさか、テイムしたのか!?
「はいどーも! ボクはテイマーのアルト。今日から冒険配信者デビューすることになりました! 皆さんよろしくお願いします!」
「冒険配信者だって!?」
冷水をぶっかけられた気持ちになった。なんて馬鹿なことを言っているんだ、冒険は遊びじゃないんだぞ。そんなヘラヘラ笑って、友人に見せる動画感覚で世界に配信するものじゃない!
「あの野郎、のんきな顔しやがって!」
「ああ、フレイヤだめですよ、石版は悪くないです」
フレイヤは驚きを通り越して怒り叩き壊そうとしたので、リリアンが止めに入った。
「はいっ、ということでね、今回はウィズダムの郊外からちょっと行った『魔獣の巣窟』に挑んでいきますよ~」
気持ち悪いほど饒舌だった。あんなにハキハキと喋るアルトは、初めて見る。魔物に成り変わられたと言われたら信じてしまいそうなくらい、人格が違う。今まで俺たちと一緒に冒険していたのは、なんだったんだ?
「魔獣の巣窟は、名の通り魔物たちがひしめく魔境だぞ、数多くの冒険者達が命を落としているところだ。テイマーだけで挑むなんて無茶だ、こいつは命知らずだよ」
ジャレッドは開いた口が塞がらないといった様子だ。俺もそうだし、皆も同じ気持ちだ。
信じられないような光景は続く。アルトは身一つで入って速攻で最奥部まで潜り、魔物は一撃で倒されるか、言葉だけでテイムされていく。吹き抜ける嵐のような暴力と速さで、魔獣の巣窟は呻き声の無い静かな洞窟に変わる。恐ろしくて、目を閉じてしまいたかった。
「ね、簡単でしょ? 最奥部まで十五分かかりませんでした! 今回の成果は白銀ライオンの爪、虹色ペリカンの羽、ゴールデンスライムのタマゴ、オリハルコン、くらいですかね? これからギルドに持っていきたいと思います」
両手いっぱいに希少価値の高い戦果を抱えた身ぎれいなアルトは、にこやかな笑顔をカメラに向ける。
「うそ…………だろ、こんなの」
ようやく出てきた言葉は、現実を受け止めきれず地面に落ちる。どんなスキルを使ったのか、どうやって攻撃したのか、速すぎて見切れなかった。
「実はボク、勇者ライオネルのパーティにいたんですけど、役に立たないからって荷物持ちにされた挙げ句、追放されちゃったんですよねー。なので、ソロの冒険者になりました! この配信を見て、ボクのこと応援したいって思ってくれたら、とっても嬉しいです! ではまた次回~」
配信が切れて石版が黒い画面に戻ると、俺たちの間には重い沈黙が流れた。
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