第5話 占い師のテント

 隣町までは、まっすぐ歩いていけば昼過ぎには着ける距離だ。宿屋に挨拶をしてから、俺達は出発した。

 道中歩きながら、俺は嘘を吐いてしまったことを後悔していた。だが真実は言えなかった。剣を携えていない俺は、ただの宿屋の息子でしかないから。


 今まで寄せられてきた人々の信頼は、勇者「である」ことで得られたと俺は思っている。それが失われてしまうかもしれないと考えたら、背筋に冷たい汗が流れて怖くなった。


「……ネル、ライオネル。おーい、もう着くぞ」

 フレイヤに声をかけられていたようだが、すぐには反応できなかった。頬を軽くぺちぺち叩かれて、ようやく声が鮮明に聞こえた。


「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた……」

「どうせ武器屋のおっさんたちに嘘ついたって、後ろめたく思ってるんだろ? お前、そういうとこだぞ? 取り返しゃ済む話なんだから、いつまでもぐじぐじ悩んでるんじゃないよ」


 気つけのようにばしばしと背中を叩かれる。痛い、でも温かい。そうだ、俺には信頼してくれる仲間がいる。正直なところ、今回の件で皆俺に愛想を尽かして出ていってしまうかもしれないと思っていた。本当、恵まれていると自分でも思う。


 隣の町は宿をとっている町よりも小さく、町のど真ん中には奇妙なテントが張られ、ずり落ちそうな看板に「占いはこちら」と書かれている。目が眩むほどのキラキラした装飾で、派手に飾られているので嫌でも目につく。俺は慣れて気にならないのだが、リリアンはこういったゴテゴテしたものが苦手で、目をつぶって苦々しそうに入ってくる。テントの中は暗く、ランタンが怪しげに宙に浮いている。


「あらぁ勇者御一行様! いらっしゃい! 何をお探しかしら?」

 魔術書の積み上がったテーブルから甲高い声と圧の強い顔がぬうっと現れた。不気味なほどテンションの高いこの女性こそ、占い師マダム・エリザベスだ。バリバリに腕が立ち、彼女が持つ銀色の水晶玉に映らないものはない……と自称している。技術は確かで、俺たちは何度も助けてもらっている。


「アルトって名前の少年を探してほしい。俺のパーティにいたテイマーだ」

「ほぉ、あの影が薄い子はテイマーだったの。わざわざ私のところにきたってことは、何かしらトラブルでもあったんでしょうけど、詮索はしないわ。人探しはっと……玉よ輝け、迷えるものをその光で導き引き合わせよ。答えは私の手の中にベストアンサー!」


 水晶玉が光り、中には俺たちにはもやにしか見えない煙のようなものが広がる。それを指でなぞったり本と照らし合わせていると、ある場所でピタリと止まりマダムの表情が曇る。


「……ねぇ、彼は本当にテイマーなの? 魔導士(※魔法使いの上位職。より強力で、多くの呪文を扱える)と同じくらい魔力にあふれているのだけれど」

「そんなはずは……初級の属性魔法すらまともに出来なかったよ」


「そうなの? おかしいわね、私の水晶玉が間違うわけないのだけれど。ああ、居場所だったわよね! 今調べてあげる。えーっと……待って、ここって」

「どうしたんだマダム? そんなに遠いところにいるのか?」


「遠いも遠い、魔法大都市ウィズダムよ」

 魔法大都市ウィズダム。世界中から魔法を使う職業の人々が集まり、日々研究をしている、世界で一番大きい都市だ。発達した魔法技術は、天気を自由に操り鉄屑を金に変えるとまで言われている。俺たちが現在いる場所からはかなり遠く、大陸を横断する魔導列車に乗り込んでも四日はかかる。


「ウィズダムにいること、広場に残っていた痕跡。認めたくはないが、アルトは本当に移動魔法を使ったんだろう。しかし、何故使えると言わなかったんだ、甘く見られていたのか?」

 ダグラスは唸って眉間に皺を寄せた。魔法を使うものとして、バカにされたように思ったのだろう。


「捕まえて聞き出そう。ありがとうマダム、助かったよ……って、そういえば俺たち、お金無いんだった」

 代金を支払おうと真っ平らになった布袋を取り出して、持ち金がすっからかんだったことに気づいた。町についた時点で思い出せればよかったのだが、朝からの騒ぎと戦闘で皆頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。


「あらあら、あなた達私がお金に厳し~いのはご存知よね?」

 甲高かった声色が急に低くなる。マダムは金に汚いのではないが、めちゃくちゃ厳しい。嫌いな言葉はタダ働きとサビ残だ。相手が誰であれ、金貸しや物貸しが手本にするくらい執拗に取り立てる。


「ご、ごめんなさい! 酒場の皿洗いとかで工面してくるから!」

「わ、私は協会でお祈りをして、お布施をいただくことも出来ますし……」

「オレは腕っぷしもあるし魔法も出来るからな、ちょちょいっと稼いでくるぜ」

「アタシもそこらへんで魔物倒して羽とか売ってくるからさ!」


 前に財布を忘れて占ってもらったとき、八時間耐久でボンテージ姿のマダムのセクシーダンスを見せつけられる、拷問に近い目にあった記憶の記憶がぶわっと戻ってきた。慌てて四人してテントを出ようとすると、マダムの笑い声が聞こえた。


「うっふふふ、今回はいいわ。ツケにしておいてあげる。その代わり、取り返したらきっちり払いに来ること、いいわね?」

 そう言うと、彼女はうず高く積まれた魔導書の山の中に消えていった。どういった心境の変化なのだろうか? 普段の彼女からは絶対に出てこない言葉だ。


「ありがとうマダム、約束するよ」

 彼女の気が変わらないうちに、テントから出た。行き先は決まった。あとはどうやって行くかだ。お金がないことを忘れてしまわないうちに、俺たちは宿をとっている街まで戻った。あそこなら、稼ぐ手段もあるだろうと。

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