第4話 町を襲う魔物、丸腰の勇者たち

 * * * *

 俺たちは広場を探し回ったが、結局アルトの姿は見つからなかった。朝早い時間だから、人影があればすぐにそれだとわかるのに。煙のように消えてしまったとでも言うのだろうか?


「勇者様、これを」

 リリアンが見つけたのは、地面についた焦げ跡だった。時間が経っていないようで、まだ少しばかり煙を残している。


「魔法を使った跡……だよな。いないってことは移動魔法(※思い浮かべただけで遠く離れた場所へ飛んでいけるもの)を使ったのか……? いや、あいつに魔法は使えなかったはずだ」

 もう頭がパンクしそうだった。情報が多すぎる。


「移動魔法だって!? おいおい、冗談はよせよ。移動や収納の魔法を使うには、高度な技術と経験が必要なのはお前も知ってるだろう? 一介のテイマーが使えるわけがない。誰かが手引していると考えたほうがいい」

 ダグラスは腕を組んで言った。


「なあ、あいつ邪神の手先だったんじゃないの? アタシたちを陥れようと入ってきたってんなら、説明がつくよ」

 フレイヤは面白くなさそうに石畳を踏みつけている。


「それなら、今まで協調性がなかったことにも納得出来るな。ってことは、俺は何も知らないまま敵を引き入れて、しかも二年近く仲間だと思ってたってことか……最悪だ。まぁそうと決まったわけじゃないけどさ」


 確かに、邪神の手先である可能性はあったな。やはり追放して正解だったと思う一方で、まだ証拠も無いのに決めつけてしまいそうになった自分が嫌になった。ただ人間として底意地が悪かっただけかもしれないじゃないか。


 あまり気弱なところは見せたくないが、ため息が際限なく出てくる。


「いないものはしょうがない。隣町の占い師(※水晶玉やタロットカードを使って人や物を探したり、天気を予知する職業。大体七割ほどの的中率)に会いに行こう。行方がわかれば作戦も立てやすいだろうし」


 鼓舞するように頬を叩いて、俺は自分に言い聞かせるよう声に出した。落ち込んでいる場合じゃない。一刻も早くアルトを見つけて、アイテムを取り戻さないと。

 四人で宿屋に戻ろうとすると、行く手を狼型の魔物「吸血オオカミ」の群れに阻まれた。狂った唸り声を上げ、隙あらば噛みつこうと体制を低くして構えている。


「そんな! 町に魔物が入ってくるなんて!」

 リリアンは手で口元を覆い、信じられないものを見てしまったかのように驚いている。 


 この世界では、どこの町にも聖なる結界が必ず張られていて、邪な心を持つ魔物は入ってこられない。……テイムされているなら話は別だが。これもアルトの仕業なのか? いや、そんなこと考えてる場合じゃない、剣を持って————。


「あっ」

 しまった。今の俺達は武器も防具も持っていない、完全に丸腰だ!


 吸血オオカミは見た目は厳ついが、さほど強い魔物ではない。しかし数が多いと厄介、雄叫びを上げて仲間を呼ぶからだ。戦いが長引けば不利になる。


「町の人たちが起きてくる前に倒すぞ! 火炎連弾フレイムバレット!」

 火球の連撃が、敵の顔面めがけて飛んでいく。ダグラスは騎士であり魔法も使いこなせる魔法騎士だ。武器がなくてもある程度戦える。


「あの馬鹿のせいで、こんな連中相手に素手でやりあう羽目になるなんてサイッテーだね! あああああもうムカつく! 上等じゃんやってやろうじゃないか! 女戦士フレイヤ様を舐めるんじゃないよおおおお!!!」


 フレイヤは両手を開いてオオカミの頭を掴み、そのまま力づくで何度も地面に叩きつける。ぴくりとも動かなくなり、仕留めたとわかると、よっしゃあ! と高らかに叫ぶ。


 それでも武器や防具を持たない二人は、接近されれば拳で殴るしかなく、反撃を受ければ身を捻ってダメージを最小限に留めようと地面を転がる。


 リリアンは後ろで回復呪文を唱えてくれるが、常用の杖が無いからか集中できていない。どうしよう、俺はどう戦えば……。


「おおい、どうしたんだライオネル。剣は?」

 頭の中が真っ白になりかけていたその時。建屋の二階の窓から、武器屋の主人が声をかけてきた。俺たちが苦戦している様子は、町の人に見られているのか。


「なく……あ、いや、刃こぼれしてしまったんです」

 盗まれたとは言えず、とっさに嘘を吐いてしまった。精霊の加護を受けた剣が刃こぼれするわけないよなと思ったが、主人は信じてくれているようだった。


「なんだ、刃こぼれならうちで研いでやるのに。ほら、これ使ってくれ!」

 主人が窓から投げて寄越したのは、店で一番高価な鋼の剣だった。勇者の剣よりも攻撃力は劣るだろうが、四の五の言っている場合じゃない。貸してくれただけでもありがたいことだ。


「ありがとうございます!」

 俺は礼を言って、剣を抜き吸血オオカミたちに斬りかかった。体毛が裂け、肉に食い込む手応えがある。よし、これなら戦える!


 俺は雄叫びを上げられないように、喉元を重点的に攻撃する。牙は受け流せるが、防具なしでの体当たりは痛い。喰らうと倒されて立ち上がるまでに時間がかかるが、数さえ増えなければこちらが有利だ。先に二人が体力を削ってくれていたおかげもあって、俺は一気に距離を詰めて剣撃を叩き込めた。


 倒れた吸血オオカミたちは灰になり、風にさらわれて消えていく。ホッとしたのもつかの間、生身で攻撃を受けたものだから痛みが走り、普段盾があることの大切さが染みる。

 体力回復薬のポーションもなく、傷の治癒は全部リリアン任せになってしまった。


 ひと段落したのでお礼を言いに武器屋へ立ち寄ると、主人と奥さんがどうしたのかと訪ねてきた。いつもの戦い方じゃないし、こんな朝早くに魔物がいるとはどういうことなのか、質問攻めにあった。


 戦い方が悪かったのは盗賊に盗まれたことにして、魔物が入ってきたのは邪神の力が強くなっていることにした。間違ったことは言っていないはずだ。


 アルトのことを尋ねられたらどうしたものかと考えていたが、彼は本当に誰とも交流しなかったのだろう、話題にはならなかった。


「なるほどねぇ。朝っぱらから盗賊とは災難だったな。うちのもんでよかったら持っていきな、ライオネルにゃあ荷卸しやら店番やらで世話になったからな」


 武器屋の主人は気前よく武器と、余っていた防具を渡してくれた。何度も頭を下げて、勇者の剣の話題にならないうちに店を後にした。

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