第2話 事の発端
事の初めは二年前。当時の俺は、パーティの現状に幾分か不安を抱えていた。勇者、魔法騎士、戦士、僧侶。戦力としては十分だが、月日が経つほど強さを増していく魔物を相手に、その分野に精通する職業の人間が欲しいと思うようになっていった。
その時世話になっていた宿屋の主人から偶然にも同じ階にテイマーがいると聞き、すぐに話をつけに行った。扉を開けた少年は挨拶しようと近づいただけでビクビクしていたが、珍しい職業に就くやつは大抵そういうものだと聞いていたので、特に疑いもせず手を差し伸べた。
仲間になってほしい旨を話すと了承してくれたので、三人の仲間を呼び、頼み込む形で五番目のメンバーを引き入れた。
ダグラスは知識があるならありがたいと頷き、フレイヤは見た目が弱そうなやつを入れるなんてと納得しかねていたが、リリアンは旅の仲間が増えて喜んでいるようだった。
「アルトです。よ、よろしくお願いします……」
その時のアルトは、今と変わらずフードを深くかぶり、なるべく顔を見せないように軽く頭を下げた。
テイマーは決して数の多い職業ではないらしい。邪神の影響で凶暴化した魔物を調伏し、自身の配下に置くことは非常に難しい。
さて、どんなものか実力を見せてもらおうという話になって、俺たち五人で町の外へ出て魔物を探す。草むらの影から飛び出してきたのは、最弱の魔物で有名なスライムだった。
アルトは餌虫を巻き、スライムがそちらに気を取られている間に専用の杖を構える。呪文を唱え、杖の先から放たれる光に包まれればテイムは成功する……はずなのだが、光に包まれてもスライムは何事もなかったかのように餌虫を食べ終わり、満足そうに去っていった。
え、嘘だろ? あんなに弱い魔物一匹テイム出来ないのか……?
「す、すいません。ボクまだなったばかりなので……」
そう言うと、すぐに杖を引っ込めてしまった。
「ああ、なるほど。そういうわけか。じゃあこれから少しずづやっていこう」
よかった、まだなりたてなだけだった。まだ時間はある。俺は、一緒に強くなっていけるだろうと、その時は信じていた。
しかし、その儚い信頼は一年半で崩れ去ることとなる。アルトは少しも成長しなかったのだ。テイムは運任せで、成功してもスライムや取り替えアナグマなどの小さくて弱い魔物を最大三匹程度。殆どは失敗して魔物が激昂し、戦況を悪化させるだけに終わった。
期待していた知識もからっきしで、本一冊分にも及ばない。それどころか生態や弱点を間違って覚えている始末で、はっきり言って役立たずでしかなかった。苦肉の策として荷物持ちになってもらうことで、どうにか丸く収まっていた。そうしなければ、怒り狂ったフレイヤが蹴り出していただろう。彼女は弱いやつが大嫌いだ。
また人柄についてもかなり問題のある人物なのだと、接するうちにわかってきた。いつも何かを隠すようにフードを被り、一人でいることが多く会話も少ないままで何を考えているのかわからない。
そのくせ鋭い観察の視線を向けるので、リリアンには、大人しくしているというよりは、常に寝首をかく機会を伺っているように見えた。
宿では洗濯や夕飯の準備も手伝わず、子供のように全てが整うのをじっと待っているだけ。文句を言われてようやく腰を上げるくらい動きが遅く、自発的にパーティの為に動いたことはない。行商の花売りからどうぞと笑顔で花をもらっても喜ばず、見えないところで捨てていたことをダグラスは知っている。
それでも接していけば心をひらいてくれるだろう。俺は最後まで希望を捨てずにテイムの練習に付き合い、できる限り夕飯は一緒に食べ、迷宮へ挑む時に声をかけるのを忘れなかった。仲間だと信じていたから。いつか、話しかけてくれるだろう未来を思い描いて。
希望が砕け散ったのは、数日前に魔物に襲われていた村を助けたときのことだ。無事魔物を撃退した俺たちは、好意で村長の家に泊めてもらうことになった。夜も深まり、習慣の日記を書き終わって寝ようとしたところへ、ダグラスがこっそり起こしに来たのだ。
「どうしたんだ? 何かあったか?」
「急ぎの話がある。フレイヤとリリアンも起こしている」
ダグラスの面持ちがいつになく真剣だったので、黙ってついていった。村長の家の外、使われなくなった馬小屋で、焚き火を囲むように二人が待っていた。
「ライオネル、お前は今回の魔物退治でこれを使ったか?」
ダグラスが手の上に乗せたのは、ほとんど燃え尽きて、炭に近しい魔物を興奮させる作用のある練香の欠片だった。村中のあちこちにばら撒かれていたものだという。
「それはフレイヤが使ったんじゃないのか? アルトから聞いたよ。強い魔物と戦いたいから渡したって」
「はあ!? そんなみみっちい真似誰がすると思ってんの? 最初っから強いやつと戦いたいんだよアタシは!」
「いや、俺もおかしいとは思ってたんだ。それで、明日になったら聞いてみようかなって。じゃああいつは……」
「嘘つき、ってことだな。おまけにアタシたちが少しでも苦戦するように仕掛けたクズ野郎だ」
フレイヤはきっぱり言い切った。
「信じたくはないが……」
「証拠も、揃っています」
リリアンは練香の入っていた袋ですと、ボロボロの布切れを取り出した。魔物の爪で引き裂かれ原型を留めていないが、これが畑の農具入れの後ろに土で覆い隠すようにして捨てられていたという。
ダグラスが【鑑定】したところ、針の穴程度の小さな染みがスライムの体液であることがわかった。
俺は気づいてしまった。ここに来る前に練習でテイムに成功した、小さいスライムだと。俺とアルトだけで練習していたから、他の三人は知らない。そういえば戦い終わる頃にはいなくなっていたな。練香がばら撒かれていたのは、こいつのせいだ。
俺は拳を握りしめわなわなと震えた。能力がないだけならよかった、鍛錬を重ねればどんな職業でも能力は向上する。知識がなくても間違っていても実践から学び、正しく理解していけばいいと。
だが仲間に息をするように嘘を吐いた。それが何より許せなかった。何故そんなことをするのか理解できなかった。
「……あと、これはあまり口に出したくなかったのですが」
と俯いてリリアンが切り出したのは、アルトに夜這いをされそうになったことだった。目玉コウモリに襲われそうになったところをテイムして助けたお礼に、胸を触らせてほしいと言ってきたので、とんでもないと断ったら、数日前の夜部屋に入ってきたのだと。
幸いにも直後に酒を飲んだフレイヤが戻ってきたので、窓から逃げていったらしい。この話には証拠が無いので、言い出せずにいたとも語った。
それを聞いて、俺はとうとう堪忍袋の緒が切れた。今すぐにでも叩き起こして殴りたかったが、ダグラスに諌められた。他所でやるようなことじゃないって。
「街に戻ったらすぐにでも追放する。元々新しい人員を入れたいって言い出したのは俺だ。みんな、本当にすまない……」
自身の情けなさに涙が溢れた。期待を裏切られて、思いを踏みにじられて、あまつさえ仲間が危険な目にあおうとしていたのに、俺は珍しい職業ってだけでパーティに入れて……。
もっと早く追い出せばこんなことにはならなかったのに。フレイヤと一緒になって蹴り出してしまえばよかったのに。言葉にしがたい感情がどっと溢れ出す。
「いいんだよ。アンタのせいじゃない」
「そうですよ。勇者様は精一杯やりました。応えなかったのはアルトの方です」
「見抜けなかったお前が悪い、なんて言わないさ。人の鑑定なんて大魔道士でも出来やしないんだから」
仲間に励まされ、意を決して追放して、結果がこの有様だ。今は涙を堪えて、歯を食いしばって広場を目指し走っている。仲間に嘘を吐き、襲いかかろうとし、その上アイテムを全部奪っていくなんて、許せと言われても許せるようなことじゃない。絶対に捕まえてやる!
しかし、広場には人影がなかった。宿からそれほどの距離はなかったはずだし、朝早い時間だからすれ違った人もいない。
「どういうことだ……?」
俺はますます困惑するのだった。
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