【完結済み】役立たずのテイマーを追放したら、勇者の剣を盗まれました~今更もう遅いってそれこっちのセリフなんだけど?ざまあだなんて言わせない!~

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第1話 追放して解決するはずだったのに

 これは、ここではないどこか遠くにある剣と魔法が息づく世界の物語。


 遥か昔。邪悪な力を以て災厄をもたらし、人間を滅ぼさんとした邪神イブリースがいた。木々を枯らし海も空も大地も裂き、火の山を噴火させ、地上にありとあらゆる疫病を広め、人々はただ縮こまり恐れおののく他なかった。


 これを憂えた世界を創りし神は、勇気ある一人の人間と共にイブリースを封じたが、邪悪な力は凄まじく、百年周期で封印が弱まってしまう欠点を抱えていた。神の百年は瞬きのうちだが、人間の百年は余りにも長すぎる。


 そこで神は、封印が弱まる時期が近づくと人間の中から勇気ある者を選ぶことにした。それこそが勇者であり、此度選ばれたのは小さな町の宿屋の息子、十六歳になったばかりのライオネルだった。


 邪神を封じ込める使命を背負い、一人旅立った彼は仲間を集め四人パーティを組み、行く先々で民を助け、邪神の力によって地形の理が捻じ曲げられた迷宮を助け合いながら攻略していった。

 迷宮では強力な武器や防具、珍しい鉱石などが取れるのでそのうちに資源は潤沢になり、旅路は順風満帆だった。


 ただ一つ、五人目の仲間を引き入れてしまったことだけが、彼の犯した過ちであった。


* * * *



 俺がアルトを追放したのは、晴れ渡る空に小鳥の囀りが聞こえる平和な朝だった。これから怒りをぶつけるのだから、誰も起きていない時間のほうが都合が良いと考えてのことだ。

 寝泊まりをしている宿屋の入り口で、眉間に皺を寄せて、震える拳を握って。理性さえなければ殴りかかってしまいたかった。


「アルト、お前には出ていってもらう」


 長い長い沈黙の後、俺の方から一方的に切り出した。


「えっ……ボクが? でも」


 テイマー(※魔物を調伏し使役する職業のこと)の少年アルトは、信じられないというような表情をした。昨日まで何事もなかったのに、どうして突然解雇を言い渡されるのか、身に覚えがないと言いたげに口を開きかける。


「悪いが俺の独断じゃない、みんなで話し合って決めことだ。このパーティにお前は必要ない、荷物をまとめてくれ」


「……はい、わかりました」


 この期に及んで言い逃れしようと思っていることに気づいた俺は、反論の余地を与えず、ピシャリと言い放つ。アルトは肩をすぼめ、もともと少なかった荷物を魔法の収納箱に入れて、逃げるようにそそくさと出ていった。そこに世話になった感謝の言葉も、恨みの言葉も、文句一つなかった。


 出ていく前に振り返って頭を下げるのが最低限の礼儀だがそれもなく、俺は扉が閉められた瞬間がっくりと肩を落とした。お前は最後までその調子なのか。


「……あいつ、行ったか?」

 重い足取りで二階へ上がり、同郷の魔法騎士ダグラスに様子を聞く。


「ああ、広場の方へ走っていったようだ」

 アルトが走り去る様子を見届けてから、ダグラスは窓辺から顔を離した。


「よ、よかったあ~~~~」

 身体を縛り付けていた緊張感が解けて、へなへなと力なく座り込む。他のメンバーも寝たフリをやめて、起き上がって集まってくる。


「名演技だったな! アタシも驚いたよ。やれば出来るじゃん優男」

 栗色の短髪女戦士のフレイヤはよくやったじゃないかと俺の頭を掴んでワシワシと撫でる。お前が許せば一発ガツンと殴ってやったのになと冗談を飛ばす。


「本当に、これでよかったのでしょうか。勇者様もあんな言い方をしなくても……」

 争い事が苦手な青い長髪僧侶のリリアンは心配そうに窓の外を見る。言い方が厳しかったのではないかと不安に感じている。


「いーんだよ、あんなのいない方が。アンタだって迷惑してたろ?」

「それは……そうですけど」

 フレイヤの言葉にリリアンは口ごもる。


「さあさ、しんみりした空気はここまでにして乾杯しよう! 今日はいい日だ!」


 俺は仲間たちと抱き合い、四人で下に降りた。この日のために用意しておいた酒を飲もうとすると、酒棚が空になっていることに気づく。つい先程までいつも通り瓶や樽で埋まっていたはずなのに。

 嫌な予感がして二階へ駆け上がると、アイテムを保管するための収納箱が開けっ放しになっている。


「…………無い。俺たちの集めてきた物が、全部無くなってる!!」


 これまでの冒険で入手した武器や防具、強化素材に魔法道具、通行証の類、昨日洗ったばかりの下着。

 何から何まで綺麗さっぱり無くなっていた。その中には、勇者として最も重要な大地の精霊から授かった『勇者の剣』も含まれていた。


「剣が……俺の剣が……」


 まさかそんなことが起こりうるとは予想だにしていなかった俺は、膝から崩れ落ちた。あれがなければ、戦うことも自身が勇者であると示すことも出来ない。どうしよう。これから、どうやって戦っていけばいいんだ……。


「こっちもやられてる、三日分の食料がごっそり持っていかれた!」


 フレイヤは食料が入っていたはずの木箱を乱暴に蹴り飛ばした。


「お金もありません。でも、誰がどうやって?」


 リリアンは空っぽの布袋を逆さにして、銅貨一枚無いことを見せる。


「調べてみよう」


 開けっ放しの箱を覗くと、中身はアルトが持っていったはずの古い武器と防具、魔物をテイムする際に使用する大量の餌虫と、その汁がベッタリ付着した汚い服が入っていた。ダグラスは文字通り苦虫を噛み潰したような顔で、中に手を入れて服を持ち上げる。


「これは取り替えアナグマの仕業だな。自分の持ち物を入れ替える魔法を使う、質の悪い魔物だ」


 【鑑定】のスキルを使い、残されたものに付いた毛から魔物の種類を割り出した。元々一人旅をしていた彼は、どんな状況にも対応できるようにと様々なスキルを取得している。


 手先も器用で、二つ年下だけど全然頭が上がらない。宿屋でベッド直しをしていただけの俺とは大違いだ。


「いててて……ん? 待てよ、あいつは良くてせいぜい三匹くらいしかテイムできなかったはずだろう。取り替えアナグマは一匹につき一つしか物を持てないから、短時間でこの量のアイテムを持っていくなんて無理だ」


 フレイヤの蹴った木箱が直撃して、はっと気がついた。この状況……なんだかおかしい。もしもこれがアルトの仕業なのだとしたら、どこにそんな力があったのか。スライム一匹テイムするのに二日もかけていた奴に、ここまで大掛かりなことが出来るはずがない。何かが変だ、上手く言い表せないけど不気味な気配がする。


「とにかく追いかけるっきゃないよ、まだそう遠くへはいってないはずだ」

 フレイヤが扉を開け、俺たち四人は急ぎ宿屋を飛び出し広場へ走り出した。


 それが長い旅になるとは、誰も思っていなかっただろう。

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