チョコレートはそのままに 6

「つまり、一日の三分の二を使っているわけだ」

「まあそうだな。睡眠も入れたらもっとだ」

「つまり、人生の三分の二を使っているわけだ」

「大袈裟だな」

「寿命が百年なら、俺達の時間は三十三歳までということになる」

「そういうもんかな」

「そういうもんだと思うな。今のこの時間が一番大事だ」

「そうだとしても、食っていくためには働かないといけない」

「カツヤは食っていくために働いていたのか? 俺には働くために食っているように見える」

 カツヤは、自分の中にあるはっきりとしない何かが、少しずつ形を変えていくのがわかった。

「コウジはさ、ただのキリギリスだ。甘ったれだ」

「アリとキリギリスの話か?」

「アリとキリギリスの話だよ。コウジはキリギリスだ、絶対いつか大変な目に合う」

「そりゃあ大変だ。そうなるとカツヤは働きアリか」

「次に来る冬を越えるための準備中だ」

「なあ、あの話、誰が幸せだと思う? 誰が賢いと思う?」

「そりゃあアリだろ。そういう話だ」

「俺はアリじゃないと思うな」

 コウジは時々変なことを言い出す。

「何言ってるんだよ。アリは冬の間にしっかり蓄えたから生き延びて、キリギリスは遊び過ぎたから餓死する。そういう話だ。賢いのはアリだよ」

「最後にはキリギリスも助けてもらうじゃないか」

「それは改変だ。本当は見捨てられて死ぬんだよ」

「そうなのか? しかしありゃあ人間のことを言ってるんだ。人間はそう簡単に他人を見捨てやしないよ。それに、思う存分楽しんだキリギリスのほうが、アリよりは何倍も幸せじゃねえかなあ」

「そんなの、甘ったれだ」

「甘ったれでも幸せだ。それに甘いものを好むのはアリのほうじゃないか」

「屁理屈だ」

「でも実はさ、もっと賢いヤツがいるんだよな」

「キリギリスのほうが賢いとは思わないけどね。一応、聞いておこうかな」

 カツヤは、コウジの話が好きだった。自分には無い考え方を持っていて、何より自信満々に話すその表情には、惹きつけるものがあった。あまりにも自信に満ち溢れているものだから、嘘を言われても気が付かずに信じてしまうかもしれない、と疑ってみたこともある。しかし、今の今まで嘘は一度も無かった。

「一番賢いヤツはさ、女王アリだよ」

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